脚本の妙から先へと向かう傑作 今こそ『カメラを止めるな!』を観なければならない理由
(C)ENBUゼミナール
「映画の8割は脚本で決まる。」と言ったのは『アパートの鍵貸します』などで知られる巨匠ビリー・ワイルダー監督だが、映画を観ていると時々そのような言葉を思い出すことがある。私の場合だと、三谷幸喜監督の『ラヂオの時間』や内田けんじ監督の『運命じゃない人』を観たときにその言葉を思い出したのだが、つい先日とある映画を観てこの言葉を思い出した。それは現在、イオンシネマ京都桂川で公開中の映画『カメラを止めるな!』である。
映画専門学校「ENBUゼミナール」のワークショップから生まれた本作。新人監督の長編デビュー作、さらには無名の俳優が多数出演しているにも関わらず、現在関東の映画館では毎回満席になるほどの人気を博している。内容はある自主映画の撮影隊が山奥の廃墟でゾンビ映画の撮影をしてるところに、本物のゾンビが襲来。映画監督の日暮は大喜びで撮影を続けるが、撮影隊の面々は次々とゾンビ化していき……といった話が37分間ワンシーン、ワンカットで繰り広げられる。しかし本作を観るとわかるのだが、この37分間ワンシーン、ワンカットが色んな場面において疑問点や不満が残る。ところが、この“疑問点や不満の残る作り”こそが本作の肝となる部分であり、脚本の妙へとつながっていく。
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おことわり
ここから本作における脚本の妙を語るのが本作のネタバレを含むため、ネタバレを避けたい方はブラウザを一度閉じてイオンシネマ京都桂川で『カメラを止めるな!』を観てから、再度このページを見に来てください。
脚本が面白い映画とは?
さて『カメラを止めるな!』の話をする前に、少し立ち止まって“脚本が面白い映画とは何か?”と考えててみたい。先に私が出した二人の映画監督、三谷幸喜と内田けんじ。双方ともに一般的には脚本に定評があると言われる映画監督だが、ではこの二人のどこに脚本の面白さがあるのか。私なりの答えを挙げるなら、それは「伏線回収の鮮やかさ」ではないだろうか。
例えば三谷幸喜の『ラヂオの時間』。この映画は主演女優のワガママや、様々なトラブルに合いながらも、何とかして生放送のラジオドラマを放送事故なく遂行させようとするデレクターの話であるが、つじつま合わせのため無茶苦茶になってしまったラジオドラマを、終盤に書き換える前の台本へ戻す場面は三谷幸喜の伏線回収が巧さが冴えわたっている。そして内田けんじの『運命じゃない人』だと伏線回収として、主人公が進んだ時間軸を一度遡り、他者から見た主人公の視点で時間軸を再度進めていく“スイッチバック的視点”を持ち込む事で鮮やかに回収を行っていく。そして『カメラを止めるな!』の場合においても鮮やかな伏線回収が行われる。
『カメラを止めるな!』の脚本の妙とは?
37分間ワンシーン、ワンカット以降、『カメラを止めるな!』は映画を撮影する人間たちの物語にシフトする。本作は主人公である日暮隆之がひょんなことからワンシーン、ワンカットのゾンビ映画をテレビ生中継特番として撮影することになってしまい、俳優たちのワガママ、そしてドラマ撮影起こる様々なトラブルに監督としてどのように対処していくのか、というのが中盤以降の話の流れである。そして前半のワンシーン、ワンカットのゾンビ映画の中で見られる“疑問点や不満の残る作り”が実は意味があり、ギリギリの決断な中でそうせざるおえなかった人間たちのドラマとして描かれるのだ。
とこの話の流れを見ればピンときた方も多いだろう。そう本作は三谷幸喜監督の『ラヂオの時間』を映画という素材でやり、さらには内田けんじのスイッチバック視点を“映画本編の時間軸”と“その関係者の時間軸”というメタ的構造の形としてやってのけた、まさに脚本の妙が詰まった作品であるのだ。
脚本の妙だけではない本作の凄さ
しかし本作は脚本の妙だけ押し切ろうとはしない。これだけ伏線回収が徹底したエンターテイメント作品でありながら、娘と父親が絆を取り戻す親父映画としても、ダメでどうしようもない監督が忘れかけていた情熱を取り戻すという成長映画としても、一級の価値を持つ作品である。そして最後には出演者とスタッフが文字通り一つとなる事で、映画を愛する全ての人へ送る映画賛歌的な作品となるのだ。
さらに注目してほしいのがエンドロール。その理由は『カメラを止めるな!』は「スイッチバック視点を映画本編とその関係者というメタ的構造としてやった。」と書いたのだが、エンドロールではそのメタ構造をさらに俯瞰をするといった事をする。そこではじめて、私たちは虚構から現実へと引き戻され、この映画の凄さを理解する。私は観た回では、上映後に映画を見ていた観客から「エンドロールが凄く良かった。」っていう声がいくつも聞こえてきたのだがその理由も納得だ。脚本の妙が冴えわたりながらも、その先へと向かおうとする本作。反論もあるかもしれないが、あえてこう言わせていただきたい。
上田慎一郎は内田けんじ、三谷幸喜を陵駕する逸材である。そして今こそ『カメラを止めるな!』は絶対に見なければならない映画だと。
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関西インディーズの水先案内人。音楽ライターとして関西のインディーズバンドを中心にレビューやインタビュー、コラムを書いたりしてます。
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