型にはまらない姿勢を貫く、どこにも属さない揺らぎの一作目
『FUJI ROCK FESTIVAL』のルーキーステージへの出演、Japanese Breakfast(ジャパニーズ・ブレックファスト)やTurnover(ターンオーバー)、Nothing(ナッシング)などの海外アーティストの来日サポート等、様々な経験を経てきた揺らぎ。その2ndフルアルバムとなる『Here I Stand』が4月5日(水)にリリースされた。本作は揺らぎに対して「シューゲイズ」という枕言葉が必要ではないことを証明した作品である。
『Here I Stand』の話をする前に、それまでの揺らぎの話をしておく。揺らぎの初のEP作品となった『nightlife EP』(2016年)は、このバンドが「シューゲイズ」というジャンルに括られるようになった作品であった。フィードバック・ノイズが生み出す甘くセンチメンタルでサイケデリックな轟音と可愛らしく囁く女性の歌声は、本作が My Bloody Valentine (マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン)の『Loveless』やきのこ帝国『渦になる』の直線上にいることを証明してくれた。
EP『Still Dreaming, Still Deafening』(2018年)は、シューゲイズにアンビエントやクラブミュージックの要素を取り入れ、初のフルアルバム『For you, Adroit it but soft』(2021年)は打ち込みのビートを取り入れ、ビートメイカーであるBig Animal Theoryも参加。ここまで変遷を追うとわかるのだが、揺らぎがそれまでにやってきたことは「シューゲイズという枠の拡張」であり、その結果を作品でリスナーに提示してきた。
そして自身がやってきた「シューゲイズの枠の拡張」という縛りからも解放されたのが本作である。
『Here I Stand』には甘美なサイケデリアは存在しない。まず表題曲“Here I Stand”はややディレイのかかったギターのイントロから地鳴りを起こすかのような轟音が入るのだが、これが音景で酩酊感をいざなうサイケデリアとしての役割ではなく、リスナーに緊張感を与え、自身のフィールドへと引き込む役割を果たしている。その後またスッと最初のようにディレイのかかったギターだけが鳴ることから考えても、本楽曲では音のボリュームで「緊張と緩和」を演出しているように考えられる。そこからのmiraco(Gt / Vo)の歌声は音楽として楽器群をミックスさせるような歌い方ではなく、ボーカリストとしての意志をもつものへと変化している。そして、聴き進めるとバンドメンバーのKntr(Gt / Synth)Uj(Ba / Cho)Yusei(Dr / Samplar)が各々がどういうフレーズを演奏しているのかがはっきりと聴こえてくる。
そしてこの粒だったサウンドは『Here I Stand』全編に見られており、それは奏者たちの音を混ぜてサウンドスケープを作るシューゲイズサウンドよりかは、Oasis(オアシス)やBlur(ブラー)のような各奏者のサウンドが輪郭を際立たせながら有機的に組み合わせ、整理整頓した音楽を作り出したブリットポップ的なサウンドの方が近いように感じる。そういう風に考えると本作に収録されている“Because”でセッション前から録りはじめ、楽器が入り、歌が始まるこの手法はもしかしたらOasisの“Cigarettes & Alcohol”を意識しているのかもしれない。
ただ重要なのは揺らぎのやろうとしているのは、ブリットポップでもないという点だ。その証拠に“Worthy of..”や“The More I Feel”などでみせるギターのざらついた感じはブリットポップのそれでなく、Nirvana(ニルヴァーナ)やDinosaur Jr.(ダイナソージュニア)などグランジと呼ばれたバンドたちの手触りである。では揺らぎはグランジをやりたいのかといえば、それも違うように感じる。なぜなら“Jason”でのフォーキーな弾き語りで紡がれる、シルキーな歌声にはとても「グランジだ」といえる要素はなく、インディー・ポップ、カントリーといった言葉が思い浮かぶ。では本作でインディー・ポップ、カントリーをやろうとしているのかといえば、そうではなくて。例えば表題曲“Here I Stand”はややディレイのかかったギターのイントロから……。
堂々巡りになるので、結論をいえば本作における揺らぎは1つの価値観にこだわるのではなく、さまざまな過去作に参照点を置き、それらをミクスチャーしてジャンルを横断することで、どこにも属さない価値観を自らに課しているのだ。そしてこの姿勢は結成当初から変わってはいない。今から5年前になるがmiracoにインタビューした際にこんなことを語っていた。
どこにも属したくないですね。シューゲイザーにも属したくないです。[…]最初、シューゲイザーをやり始めた理由の一つが、シューゲイザーをやっている最近のインディー・バンドとかを聴いても、なんかただ先人を追いかけている感じがして正直自分の中では良いと思わなかったんです。だからシューゲイザーが凄く好きだけど、最近のシューゲイザーが面白くないから、自分でやりたかったというのがあって。リスペクトだけになるほど、つまらないことはないですからね。(【インタビュー】インディーにも、シューゲイズにも属したくない。揺らぎが目指す新しいシューゲイズのかたち)
そういう意味では「シューゲイズの枠の拡張」というスタイルからも離れて、自由でどこにも属さない揺らぎの一作目がようやく生まれたのではないだろうか。
Here I Stand
アーティスト:揺らぎ
発売:2023年4月5日
価格:¥2,970(税込)
フォーマット:CD / デジタル
収録曲
1. Here I Stand
2. Falling
3. I Wonder
4. You’re Okay (Hold Me)
5. Worthy of..
6. Lost Sight of You
7. The More I Feel
8. Because
9. Jason
10. I Liked You Through The Veil
販売
https://www.flakerecords.com/rcminfo.php?CODE=38991
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WRITER
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関西インディーズの水先案内人。音楽ライターとして関西のインディーズバンドを中心にレビューやインタビュー、コラムを書いたりしてます。
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