つながりと問題のなかで灯を守り続ける – シネ・ヌーヴォの2023年
「ミニシアターが街からなくなる」そんな話を聞いたことがあるが実際のところはどうなのだろうか? 関西のミニシアターをリードし続けてきた〈シネ・ヌーヴォ〉の支配人、山崎紀子さんに街に人が戻り始めている今、話を聞いてみた。
シネマコンプレックスでは上映される機会の少ない国内外の優れた作品を中心に、過去の名作を集めた特集上映を行ってきた〈シネ・ヌーヴォ〉。インタビュー中に支配人である山崎紀子さんは現在ミニシアターがおかれている現状や、今、現場が直面している悩みを率直に話してくれた。
映画業界でのハラスメント問題に映画館はどう対応するのか。または新しいファンと出会うのに、どのような部分で運営をしていくべきか、などだ。そうした現状は、ミニシアターが持つ魅力に加えて一種の厳しさを伝えるものとなるが、〈シネ・ヌーヴォ〉の向き合い方を通じて、2023年のリアルさを伝えていきたいと思う。
INFORMATION
住所 | 〒550-0027 大阪市西区九条1-20-24 |
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お問合せ | TEL:06-6582-1416 FAX:06-6582-1420 MAIL:info@cinenouveau.com |
Webサイト | |
過去作におけるジレンマとの葛藤
大阪市西区、九条。駅前から直線に伸びるアーケードの商店街は昔ながらの飲み屋や雑貨屋が建ち並ぶ。そんな商店街から横道にそれた、住宅街のなかに錆びたバラのオブジェが飾られたマンションの一区画が目に入る。その場所こそ映画館〈シネ・ヌーヴォ〉である。劇団維新派の主宰・松本雄吉が内装と外装を手がけた同映画館は1997年の開館以来、アート系映画から日本の若手監督たちの映画まで多彩な作品を関西の映画ファンに届けてきた。
そんな〈シネ・ヌーヴォ〉を支えている支配人が山崎紀子さん。2001年に〈シネ・ヌーヴォ〉にアルバイトで入社し、2008年には支配人となり番組編成を担当している。繁華街である梅田や難波からも離れた九条という立地で、映画館をやっていくには突出した個性を出していく必要がある。そのように考えた結果、インディペンデント作品だけでなく、『木下恵介監督特集』、『生誕九十年 映画監督大島渚』など過去の名作を集めた『大回顧展』という特集上映などを行ってきている。
現在の映画作品はデジタルで撮影されることが一般的であり、映画館の設備もそれに合わせたものになっている。そのためフィルム上映ができる映画館は年々少なくなってきているのだが、同映画館は今もフィルム上映を行っている。
「ここ5年、10年はフィルム上映も珍しくなってきていて。いだからこそ、この上映方式をずっとやれているということは意義のあることだと思っています。それに過去の名作の中には、フィルムでしか見られないものも多いので」
しかし、過去の作品の上映に関しても、ここ最近は一筋縄ではいかないところがある。
「近年は、映画制作現場におけるハラスメントが問題になっています。私はたとえ内容が面白くても、そのような現場で作られた作品を上映することはハラスメントに加担することだと思っていて。自分が知りうる限りの情報や周りの映画館と情報を共有しながら、上映作品を決めているのですが、ただ、過去の作品に関して言うとわからないことも多くて」
近年では是枝裕和監督、深田晃司監督などが、映画界内部からハラスメントをなくそうとする動きが見られる。だがすでに評価の高いいわゆる名作や、日本映画界に貢献している監督作である場合、その作品の上映を心待ちにするお客さんのことを考えると上映中止に踏みきるのもまた簡単なことではない。山崎さんはジレンマを抱えつつ、一つひとつの作品と向き合いながら上映作を決めている。
映画チア部が映画館に風を運んでくれた
今回の取材では「〈シネ・ヌーヴォ〉の現状」を聞くことが多かった。特に印象に残った話がお客さんについてのことである。
「2003年、小津安二郎生誕100年の時に国内に現存する37作品を特集上映した際は毎日満席で、すごくお客さんが入りました。それで110周年の時も全作品を上映をしたのですが、前回ほど満席が続かなかったんです。生誕120年の時には、お客さんからは『もう全作品を観ているから、また違ったものが見たい』という意見が出てきて。20年以上、運営してきましたが、その時にお客さんに関しては常連さんとの関係性の中に〈シネ・ヌーヴォ〉はあると感じました。
東京だと映画を見に行く学生も多いし、大学生は4年に1回は入れ替わるわけじゃないですか。だから、常に新しいお客さんが映画館に入ってくる。大阪は大学が郊外に多いこともあって、学生のお客さんは少ないんです」
常連客が付くというのはそれだけ信頼を得ている映画館とも言える。だが採算面から考えると、常連客だけでなく、新しいお客さん、特に若い層の獲得は映画館の存続を考えるうえでは課題の一つだ。若者が映画館に来るようにするにはどうしたらいいか。そうした課題に対するアプローチとして、〈シネ・ヌーヴォ〉と親しい間柄である神戸・元町にある〈元町映画館〉は同世代の若い力で解決できないかと考え、2015年に有志の学生団体『映画チア部』を立ち上げた。その後チア部は、〈シネ・ヌーヴォ〉に大阪支部、〈出町座〉に京都支部を立ち上げ、活動の範囲を広げた。
大阪支部では、ある年では監督・俳優へインタビューを行い、別の年では自主上映会を開くなど、メンバーの自主性に任せて、山崎さんは協力をする形で関わっているという。このチア部・大阪支部の活動でもエポックメイキングとなったのは日本で初上映となった2021年11月に行われたサラ・レコーズのドキュメンタリー映画『My Secret World: The Story of Sarah Records』の上映会であった。
「ある日、チア部の一人が 『映画を上映したいです。音楽も好きだから、それにまつわる映画を上映したい』と言ったんです。でも映画を上映するには権利や字幕の問題など、いろいろとハードルがあるので厳しいと伝えました。そうしたら『とにかく全部自分たちでやってみたい』と言われて。だから配給については、Gucchi’s Free Schoolっていう東京の配給会社の方に協力してもらい、興業(のやり方)については私が直接教えました。でも学生たちは映画監督へのコンタクトや、字幕も自分たちで翻訳家の方を探したりして、とにかくパワフルで」
1日限りの上映であったが、以降この作品は京都〈出町座〉、東京〈シアター・イメージフォーラム〉でも上映された。協力をしたとはいえ企画・配給・宣伝を映画チア部に任せて不安ではなかったのだろうか。
「何かあっても、自分が責任を取るし大丈夫かなと。そもそも昔から映画館に学生が来てほしいと思い続け、料金を安くするとかいろんなことをやりましたが、手応えがなく、正直やり尽くした感もあり諦めかけていました。でもチア部の子たちは『〈シネ・ヌーヴォ〉がすごく好き』『(他の)学生にちゃんと〈シネ・ヌーヴォ〉の良さを知ってもらいたい』ということを言ってくれて。『もしかしたらチア部の企画なら、学生は来るかもしれない』という思いの方が強かったです。
あとそのアイデアが出た時期、ちょうど自分やヌーヴォの中だけで上映を完結させるよりも、外部からの企画を受け入れて、風通しが良いことをやりたいと思っていた時期だった、ということもありますね。正直、企画の受け入れってめんどくさいことも多いんです。でもコロナ禍となり営業が立ち止まり『このままではいなけない』と考えていて。今のチア部のメンバーは監督にインタビューしてそれを記事にするとか、映画を紹介したりとかそれまでと、違うやり方で頑張ってくれていているのですが、そもそも学生がヌーヴォに出入りしてくれるだけで、私は嬉しいんです。風が吹くみたいなところがあって」
苦悩の末の映画館同士の連携と超えられない壁
今回取材をする中で、悩みをミニシアター同士で共有するだけでなく、そのつながりから新しいアイデアが生まれていることもわかった。たとえば阪神のミニシアターで、次世代を担うインディペンデント映画作家の作品を特集上映する『次世代映画ショーケース』。これも悩みを共有するところから生まれたイベントであった。
「自主映画はいっぱい増えているし、すごい面白い作品もたくさんある。だけど、上映しても全然お客さんが来ない。それにもっとちゃんとおすすめしたいけど、作品本数が多すぎて、一つひとつに手がかけられない。そういう悩みを京阪神の映画館の支配人さんたちと共有したんです。その話の中で『映画祭みたいにやってみるというのはどうだろう?』というアイデアが出て。商業映画ではないし、ヒットの見込みもないけど『本当に面白い、これだけは見てほしい』みたいな触れ込みで、インディペンデント映画をセレクトして上映すれば、お客さんに映画の面白さを知ってもらえると思い、始めました。」
定期的に同じミニシアター同士で連携を図り、解決の糸口を探る山崎さん。最近では京阪神を飛び越えて、〈シネマ尾道〉の支配人である河本清順氏や〈横浜シネマジャック&ベティ〉の支配人の梶原俊幸氏、『高崎映画祭』のプロデューサーである志尾睦子氏などとも定期的に交流を行い、映画館の現状を話しているそうだ。映画館同士がこのような連携を密に行うようになったのも、実は近年になってからのことだという。
「今から10年ほど前ですが、フィルムからデジタルに変わるようになり環境設備投資みたいな問題がドーンときてたんです。他の映画館はどうする、みたいな流れの時に、もともと第七藝術の支配人だった松村厚さんが音頭をとって『みんなで情報を共有しないと』、『何館か集まってディスカウントできないか』みたいな話になり、そこがスタートだったのかなと思います。その後も京都、神戸、大阪で同じ映画をする際にチラシ代を少しでも安くあげようとか、3館で初日を合わせることで、東京からゲストを来てもらう場合の交通費を三等分しよかとか、経費を安く抑えたいとか、苦悩があった末に連携を図っている感じです」
そんな〈シネ・ヌーヴォ〉であるが、他の映画館の連携だけでは解決できない課題も抱えていると山崎さんは言う。
「今、映画館はうちだけじゃなくて全体的にすごく厳しい状況です。やっぱりコロナ禍を経て動員が戻らない。今、日本全国で大きな運動として、ミニシアターをどうやって存続させていくかみたいな動きがあり、例えば是枝裕和さん、諏訪敦彦さんらがフランスのCNC(国立映画映像センター)や、韓国のKOFIC(韓国映画振興委員会)のような、国をあげての助成もしくは利益を分配するっていう形の案を提唱してくれています。ミニシアターの人たちはそれを心待ちにはしているけれど、大手の映画会社は自分たちのプラスにはならないということで、なかなかまとまらないというのが現状。
それにデジタルシネマは10年スパンで規格が変わるし、保証も10年なので、その買い替えが今きている。他の映画館でも機材の入れ替えで、夏にクラウドファンディングするっていう話も聞いています。せっかくコロナを3年間乗り越えてきたのに、またこれから乗り越えないといけないものがあるというのは結構大変です。新規のお客様に来ていただくのも大事ですけど、存続していくための努力は結構、緊急を要しています」
ここのところ、東京〈岩波ホール〉、名古屋〈シネマテーク〉、京都〈みなみ会館〉など、歴史あるミニシアター閉館の知らせが立て続けに届いている。その理由はコロナ禍以降、客足が遠のき赤字運営が続いてきていることが原因の一つだ。現状、〈シネ・ヌーヴォ〉も近しい状態であることは、今回のインタビューを読めばわかる。
ミニシアターの魅力は大きな映画館でやらないようなインディペンデント作品を見ることができ、多様な文化に触れられることだ。また作り手側からしても、若手の作品が上映される場所が失われるというのは大きな問題でもある。その使命を理解しているがゆえに〈シネ・ヌーヴォ〉は、自分たちができることを一生懸命やっている。ミニシアターの灯が次々と消えようとしているその裏で、その灯を守ろうと努力をしている人たちがいる。その人たちのためにも、シンプルながらミニシアターに対して「映画を見に行く」「支援を行う」など、自分ができることをやろうと感じている。
現在〈シネ・ヌーヴォ〉では『シネ・ヌーヴォ FROM NOW ONプロジェクト2023』というクラウドファンディング企画を実施しています。気になる方はWebサイトを確認してほしい。
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関西インディーズの水先案内人。音楽ライターとして関西のインディーズバンドを中心にレビューやインタビュー、コラムを書いたりしてます。
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