Nagakumoがポップスを作る理由 – 実験精神を貫き、大衆性にこだわった最新作『JUNE.e.p.』とは?
Nagakumoが2023年8月9日(水)に3rd work『JUNE.e.p.』をリリースした。ANTENNAではバンドのソングライターであるオオニシレイジ(Gt / Cho)とコモノサヤ(Vo / Gt)にインタビューを実施。常に能動的に自身の音楽性や制作方法を変化させながらも、ポップスとしてリスナーに届けようとする理由を聞いた。
大阪を拠点に活動するバンドNagakumo。自身の音楽を「ネオネオアコ」と称し、フリッパーズ・ギターやブリッジなどネオアコを志した渋谷系の遺伝子をくんだサウンドを軸に、時にグランジやフュージョンなどの音楽ジャンルを越境ながら、急激なビートの変化も何食わぬ顔でサラッと組み込む。そんなNagakumoがリリースした3rd work『JUNE.e.p.』。前作1stミニアルバム『EXPO』(2022年)が目まぐるしく万華鏡のように展開する作品ならば、本作はシンプルさを求めた作品だ。音像はなるべくシンプル、展開も少なくしながら情報量を整頓。それによって、ボーカルがクリアに響き、トリッキーな部分はより効果的にフックとして機能している。
ただ彼 / 彼女たちにとって重要なのは、スタイルとしては渋谷系を踏襲しながらも、マインドは渋谷系のそれとはまったく違う点だ。つまり渋谷系のアーティストが敬愛していた音楽をサンプリングやコラージュ等を用いて編集者的に取り込んでいた姿勢とは違い、Nagakumoは実験的な精神をもって一から新しく何かを作ろうとするバンドマン的姿勢を感じる。つまり渋谷系とは全く違う方法論でネオアコの音楽性を拡張しているのだ。さらに彼 / 彼女たちの音楽はネオアコを知っている世代にも、知らない世代にも受け入れられている。それこそが「ネオネオアコ」の真髄である。そんなNagakumoの第一声を、ぜひ受け取ってもらいたい。
プロフィール
2021年1月1日より関西を中心に活動開始したネオネ オアコ・バンド。 楽曲は主に90年代以降のギターポップや渋谷系をはじめとするJ
実験精神とメンバーの個性を活かしてできた「ネオネオアコ」
大阪府出身のオオニシレイジ(以下、オオニシ)は小さいころから両親が音楽好きで、高校の頃に「バンドがやりたい」と思い、軽音楽部へ入部。作曲活動を始め、YouTubeなどインターネットを通して音楽理論やギターを学び、楽曲を制作。さらに作曲の際、和音の魅力にとりつかれ、自分の中で好きな和音を探すようになった。また在学中には自身のバンド、揺れるドレスを結成する。
一方、広島県出身のコモノサヤ(以下、コモノ)は小さいころから両親にソファーに座らせて、ローボードを「ステージ」と名付けて歌っていたくらいに、歌うことが好きな少女であった。高校入学時には「音楽をする人になる」という目標を持って、アコースティックギターを手にとり、地元のライブハウスで演奏。音楽で友人をつくる楽しさを覚えた。大学進学のため大阪に来てからも音楽活動を行ってはいたが、思っていたような活動は行えていなかった。そんなコモノの転機となったのがオオニシとの出会いであった。
SoundCloudに楽曲をあげていたんですが、どうしても自分はバンドがやりたかったので、一人で歌っている音源を出すのがあまり好きじゃなかった。だから一曲だけでもバンドのサウンドにしてほしいなと思い、友達の友達に当たるレイジさんに楽曲のアレンジを依頼したんです。
当時、揺れるドレスが活動休止したんです。でも僕とメンバーであったオオムラテッペイ(Ba)は「またすぐバンドやりたいな」と話していて。そんな時サヤちゃんが「バンドをやりたい」と言っていたので声をかけて、あと大学の友達であったホウダソウ(Dr)も加わって、Nagakumoを結成しました。
Nagakumoは自分たちの音楽を「ネオネオアコ」と言っているが、このスタイルはどうやって生まれたのであろうか?
揺れるドレスのころは自分のできることを楽曲にしてきました。ただある程度、作曲する力もついて、Nagakumoではメンバーの個性を活かすサウンド作りを心掛けました。そのほうがメンバー全員が楽しくバンド活動ができると思ったので。元々テッペイとソウはいいプレイヤーだとわかっていたので、リズム隊のタイトさや、アグレッシブさはNagakumoの武器です。そこに加えてサヤちゃんの歌のよさも活かしたいし、僕も今まで通ってきた音楽で、自分の個性を発揮できるジャンルは何かとなった時にネオアコはちょうどいいテーマでした。
もともとオオニシはフリッパーズ・ギターとCymbalsが好きであった。2組に共通することはストレートなポップソングを作りながらも実験精神を兼ね備えているという点である。例えばフリッパーズでいうならばサンプリング的要素や、Cymbalsだとコンセプチュアルなストーリーテリング。オオニシもまた自身の音楽に対して、実験精神を持ち制作していると語る。
僕の個性って「最終的にポップスにとどまる」点だと思っていて。難解な音楽にすることはできるんです。だけどあえて難しい方にいかずポップスの範囲内でさまざまな実験を行いながら、ポップソングを作るというのがポリシーとしてあります。
3rd work『JUNE.e.p.』でいえば“マシンガンキラー”のサビ部分でドラムが4ビートから2ビートに変わり、メロディック・ハードコアのようなテイストになる部分。“ボール”における中間部で4分4拍子から8分6拍子に変化することで、瑞々しく脈動感のあるサウンドからゆったりとメロウでありながらスケールの大きいサウンドスケープへと変化させる部分など。トリッキーな展開を見せながらも、違和感としてではなくフックとして機能させるサウンドがNagakumoの持ち味でもある。そういう意味ではフリッパーズ・ギターやCymbalsが実験を重ねてきたネオアコというジャンルは、彼にとっても自身の実験精神を活かせる土壌でもあったのだ。
ポップを維持するために必要なのはメンバーの意見とソロ活動
またオオニシのソングライティングやアレンジにはフリッパーズ・ギターとCymbalsといったアーティストだけでなく、さらに3人の音楽家の影響があると語る。
僕が主に影響を受けた作曲家は星野源さん、清竜人さん、津野米咲さん(赤い公園)。この人たちの魅力って音楽の難解な部分を楽しんでいるのに、結果的に大衆から受け入れられるポップスを作っている点だと思っていて。そこにすごく美学を感じています。
3人ともジャンルを越境し、複雑な要素をシンプルに見せ、ポップスへと昇華させているアーティストである。その点ではNagakumoの音楽スタイルにも通じている。現にNagakumoのライブには20代〜60代までの幅広い年齢層のお客さんが来るという。 また彼 / 彼女たちの音楽はネオアコを知る有識者からも評価されている。例えばYouTubeチャンネル『みのミュージック 』の、みのが注目アーティストとして取り上げたり、昨年にはカジヒデキのリリース記念ライブに共演相手として抜擢されたことからもわかる。
ネオアコの文脈を踏襲しながら、実験的な要素を織り交ぜて、どの世代にも受けるポップスを作る。このように書いてしまえば大変難しいことかと思うかもしれないが、オオニシは「それが楽しいんですよ」と笑顔で語る。そして楽曲の大衆性を担保するために必要となるのはメンバーの意見だという。
メンバーが全然僕と音楽の趣味が違うから、大衆チェックとして機能していて。みんなが「いいね」って言ってくれることが僕のNagakumoとして曲ができたっていう条件なんです。
常にメンバーの意見を聞きながら、全員が納得するような曲作りを行うオオニシ。このような状況下であると「自分だけの音楽をやりたい」というフラストレーションを感じるのではと思ったが、オオニシ、そしてコモノの二人はNagakumoと並行しながらシンガーソングライターの活動も行っている。
僕もさやちゃんもソロ活動で曲を作っていて。僕はそこで自分のやりたいことをいろいろとやっています。例えば、ラップに挑戦してみたりとか、極端に短い曲を作ったりとか。このバンドでできないことは、そこで発散できているのでフラストレーションは全くたまらないですね。
私もこのバンドを組む前にやっていたシンガーソングライター的な活動も継続はしていて。最近はNagakumoの活動も充実してきたので、親しい人に誘われたときくらいにしか出来ていないですが、自分で作る曲はここでやっていきたい。
お互いにソロとして活動し、自己表現ができる場を設ける。だからこそNagakumoは余計なエゴを出すことなく、このバンドのスタイルを維持して、楽曲制作を行えるのかもしれない。
柔軟に変化して生み出された最新EP『JUNE.e.p.』
今回リリースされた『JUNE e.p.』は昨年3月に行われた1stミニアルバム『EXPO』のリリースツアーの段階で曲作りを開始。ただオオニシ曰く、作り出すのは早いが、制作時間がすごくかかるとのこと。その理由はデモ作りの段階で、いくつものメロディパターンを準備し、それを当てはめながらアレンジを行うからだ。そして完成したデモ音源をメンバーに渡すのだが……
「デモ音源はあくまでニュアンスみたいなもので、全く別のものに置き換えてほしい」とメンバーに伝えて、各々の考えたアイデアを取り入れながら制作しました。以前はデモを活かすことも多かったんですが、メンバーから出たベースラインやドラムパートが反映されている状態の方が好きなので、今回から完全にこの方法を取りました。ようはNagakumoにおいて僕は作曲者兼最終調整者みたいな感じです。
完成といってもいいくらいに作り込んだデモ音源を、メンバーも加わりもう一度作り変え、そして再度オオニシの手によって仕上げられる。二度の作り変えという手間のかかる工程を挟む制作ではあるが「これが喜びなんですよ」「メンバー全員が納得したものが作りたい」と笑顔で語るオオニシ。だが本作では「アレンジを足すことを控えた」と語る。
僕はアレンジ作業がすごく好きで、楽しくなっていっぱいやる。だから『EXPO』を作った時はアレンジをやりすぎて、込み入った内容になったなと思った。今回はあえてアレンジを足すのではなく、ブレイクを減らしたり、フィルを減らしたり、そういう引き算を意識して、余白を残すアレンジを目指しています。あと最初に作った『PLAN e.p.』の音像が今回やりたいことに近かったので、それをもう一度やってみた感じですね。
完成したEPを聴いていて全曲ではないけど、たまに投げてくる球が「(オオニシは)こんな変化球も投げれたの⁉」みたいな驚きがありました。特に感じたのは“ボール”です。今まではボーカルの後ろでギター、ベースが忙しなく動いていたのですが、この曲の前半ではそれがなくなって、歌を前面にだしてメロディーのよさで勝負する感じになっていて。今までのNagakumoとはまた違ったテイストの曲になっていると思っています。
1st EP『PLAN e.p.』に収録された4曲は現在のNagakumoの作品と比べると展開も少なく、急なテンポ、拍子の変化などトリッキーな部分はあまり感じられない。だがカヒミカリィやCymbalsのような渋谷系の文脈を取り入れた“テレビショウ”から、90年代のオルタナティブロックを思わせる“CITY GIRL”まで、楽曲ごとに要素が分散されていた。オオニシも『PLAN e.p.』については「Nagakumoの、これからの進化先を4つ提示した」と語っており、そういう意味では彼らの原点と言ってもいい作品なのかもしれない。
その分散された要素を楽曲単位でまとめたのが1stミニアルバム『EXPO』であった。例えば“思いがけず雨”はネオアコを軸にしながらフュージョン、ジャズ、オルタナティブロックと、さまざまな要素が顔を出し、更に中盤ではスキャットや、ドラムソロも入り、同じ展開がない楽曲へと仕上がっている。そして最新作『JUNE.e.p.』は変化球的な要素を入れながらもシンプルさを目指し、今までのいいところを取った作品になった。常に変化しながら、よりフレッシュに、よりポップへ進化するNagakumo。『JUNE.e.p.』は変わり続ける彼 / 彼女らの今が刻まれた作品である。
JUNE.e.p.
発売:2023年8月9日(水)
価格:¥1,980(税込)
品番:TTDS-230809
仕様:CD / デジタル
収録曲
1.日曜前夜
2.Bedtime Bear
3.ボール
4.6月は愛について
5.マガジン・キラー
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WRITER
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関西インディーズの水先案内人。音楽ライターとして関西のインディーズバンドを中心にレビューやインタビュー、コラムを書いたりしてます。
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