感情という名の歌。鈴木実貴子ズが歌う、あなたに向けられていない音楽
鈴木実貴子ズの曲はあなたに向けられた音楽ではない。名古屋のインディーズバンドである鈴木実貴子ズは2012年に結成。吹上でライブスペース『鑪ら場(たたらば)』を運営しながら、全国各地を飛び回り活動している。鈴木実貴子(Vo / A.Gt)とイサミ(通称:ズ)(Dr)の2ピース編成ながら、繊細で張りのある歌声と力強いドラムビートでライブハウスに来た観客の心をわし掴む。 最近ではベース、 エレキギターのサポートも入れてフルバンド編成でのライブもたびたび行い、2019年にはRISING SUN ROCK FESTIVAL 2019 in EZOの新人発掘オーディションであるRISING☆STARにも選ばれた。
インタビューの中で、鈴木実貴子ズは自分たちのやっていることは音楽ではないと語る。作曲を担当している鈴木実貴子は音楽ではなく、自らのストレスを吐き出すだけだと話し、ズは自分たちのバンドは音楽を超えた別のベクトルで勝負をしていると語る。2人が勝負しているのは一体何か。それは感情である。鈴木実貴子ズのやっていることは自らの感情を大衆にさらけ出して歌にしている。そしてそれは鈴木実貴子という真面目で実直な女性が自分と対峙して吐き出された感情で形成される。そして彼女の最大の理解者であるズは鈴木実貴子の歌に真摯に向き合い、自らもエモーションをぶつける。感情と感情がぶつかったその先に、鈴木実貴子ズしかできない歌があるのだ。
鈴木実貴子ズの歌は音楽ではないし、誰にも向けられてはいない。でもエモーショナルなサウンドと自らと向き合った言葉は、社会に対して真剣に向き合う人々や、向き合うことに少し疲れて投げ出しそうになっている、あなたの胸には刺さるはずだ。2020年4月3日にはアルバム『外がうるさい』も発売が決定し、今勢いにのる彼らの言葉をぜひ受け取ってもらいたい。
4人よりも2人の方が自由に何でもできる
まずは2人が出会われたきっかけを教えてください。
僕が今とは別のバンドをやっていた時に、たまたま実貴子さんのライブを観たんです。その時、気持ちが落ち込んでいて「自分のネガティブな気持ちを救ってくれる人がいる」と思ったのが出会いでした。その後、僕がやっているバンドの企画に出てもらい、しばらくして実貴子さんから「色んな人と一緒に演奏をやってみたい」という話になり、僕に限らず色んな人とスタジオに入り、レコーディングををしました。
その後、エレキギターを入れて、ベースレスの3ピースバンドを結成しましたが、途中でエレキギターが辞めて、2人になりました。だから最初から、2ピースバンドをやりたかったわけではなかったんです。
バンドメンバーを増やそうとは思わなかったのですか?
今はサポートメンバーを入れて4人で活動をしているし、気持ち的にはサポートも正式メンバーと変わらないです。だけど正式メンバーとして4人でやると、色々予定を合わすのが面倒で。もちろん4人の方が楽しいし、音楽的にはなる。そういった4人編成のメリットもありますが、2人だと自由に動けて、何でもできるメリットを感じてもいます。
どのようなメリットですか?
たくさんありますね。4人編成のバンドだと、ベースが出れなくなったら、最悪出演をキャンセルする可能性もあります。しかし、うちらの場合はサポートを足しての4人編成であって、サポートが出れなくても2人でライブができます。
私1人でも弾き語りでライブできますしね。
逆に「人数が多い方が良いな」と思う瞬間とかありますか?
ほぼない。
ある。
2人で意見が違いますね(笑)。
うちは楽器がいっぱいあった方が好きだし、感動できます。バイオリンとかあって、いっぱい音が鳴るところで、うちは歌いたい。それにライブを観て、心が満足するのは多人数編成のバンドです。
ズさんはそうは思わないのですか?
ギター・ベース・ドラムの4人くらいのバンド編成って、世の中的にありふれているじゃないですか。だから「このバンドのどこが良いの?」という視点で観ることが多くて。何となく聴き心地が良い音楽でも「ここは良いけど、ここは普通だな」とか良し、悪しを考えてしまうんです。しかし2人だと、音楽の良し悪しとは別の視点で楽しめる気がしています。
例えば京都にメシアと人人というバンドがいるじゃないですか。メシアはひとりとひとりでドンと来ている感じが、音楽を飛び越えたというか、別のベクトルの部分で感動をくれるんです。そういう意味では普通の編成のバンドよりも、2人で面白いことにチャレンジしている人たちにはドキドキします。
鈴木実貴子ズもそうありたいと思っていますか?
そうですね。むしろ、そこで勝負をしないといけないと思っていて。メシアは音楽もすごく良いと思います。曲もキャッチーだし、やろうとしていることがはっきりとしている。でも僕らは音楽性がめちゃくちゃ低い。センスとか技術の関係で「こういう音楽を作ろう」と言って「じゃあ、こういうアレンジがいいんじゃない」なんてことは、まずありえない。だから音楽を越えた別ベクトルの部分で伝えられるように頑張ろうと思っています。
音楽をやっているというよりも、ストレスの吐き出しだと思います
鈴木さんは元々、弾き語りのシンガーソングライターとして活動されていましたが、その当時の曲を聴くと、自分のネガティブな部分をさらけ出している印象を受けます。なぜそのような楽曲を書こうと思われたのですか?
書こうというか、それしか自分から出てこなかった。明るい曲を書こうと思って書けたら才能ですが、明るい気持ちの時に別に曲を作ろうとは思わないので。そもそも当時はシンガーソングライターという感覚は全くなかったし、今もないです。音楽をやっているという意識もない。だってコード弾けてないし、メロディーより感情だし。
音楽をやっている意識はないとしたら、鈴木さんのやっていることは何ですか?
なんなんですかね……。ストレスの吐き出し、かな。
今はどう思っているか知らないですが、一時期、実貴子さんは「曲を作れなくなったら、不満がないし、ハッピーな状態に私はなれている」みたいなことをよく言っていました。
出会った時はそんな感じでした。そもそも「こういう音楽がやりたい」という理想もかったし、ビジョンもない。自分から出たものを、そのまま吐き出す。それだけでしたね。
楽曲に関して、ズさんは何か言ったりとかしますか?
いいますね。「実貴子ズでやりたいんですけど」と言って、作った曲を持っていくじゃないですか。イメージと違うものだった場合は、「やりたくない」とはっきり言われます。
実貴子さんの曲って、さっきも言ったようにストレスの吐き出しなんですよ。そこに共有できるものがなかったら、一緒にやる価値がない。だから僕はサウンドよりも、歌詞を聴いて「なるほど。わかる」と、ときめかないとやる気が起こらないです。共感できるかどうか、それが大きなポイントだと思います。
その共感できる判断基準って、どこにありますか?
実貴子さんの場合は結構明らかで、浅い時があるんです。どう聴いても「うわあー、浅っ!」という曲を持ってくるので「それはやめよう」と言います。
鈴木さんには、浅いという感覚が分かりますか?
いや、めちゃくちゃ深い時は分かるけど、それ以外の時はあんまりわからないですね。良いと思って、曲を出してますので。
僕が良いと思えないのに一緒に曲作りしても、当然不満が出てくると思うし、全部そんな風にやっていたら僕の身が持たない。それなら最初からなしでいいと思います。自分が良いと感じたものを、一緒に作りたいです。
売れている世界を知ったら「自分もそっちにいきたい」と思いました
以前、インタビューでズさんが鈴木さんに対して「自己承認欲求がめちゃくちゃ強い」と発言されていました。どういう部分でそれを感じていますか?
年を取っていくと、だんだん人に合わせられるようになるというか「この人はこういう価値観で、自分はこういう偏りがある」というのを認識して、自分の価値観を広げようとするじゃないですか。実貴子さんはそれがあまりないと思います。「自分はこうだ」「こういう人間だと認めてくれ」と、昔から自分にすごく重きを置いているし、ブレない人だなと感じています。
今のエピソードを聴くと「解散しても自分の名前が残るように」という理由で「鈴木実貴子ズ」と名付けたことも納得がいきます。しかし先のインタビューの中でミニ・アルバム『名前が悪い』(2017年)の由来について「バンド名の悪さに気付いた」と語っています。それは鈴木さんの中で客観性が生まれていると感じるのですが、いかがでしょうか?
いや、客観性というよりも、自己承認欲求の形が変わった時期ですね。それこそ最初の数年は「売れたい」「大きなフェスに出たい」とか、そういう欲求を僕たちふたりとも持っていなかったんです。「良いライブがしたい」「面白いイベント出てみたい」とか、それくらいしかなくて。それがバンドを初めて数年が経ち「バンドとして売れたい」「CDがたくさん売れるといいな」と自己承認欲求の形が世間にも広がってきたタイミングで「いかにも自分たちのバンド名って、売れなさそうだね」という話が出てきました。
最初の頃は「売れるのがどういうことか」「お金を払ってCDを買ってもらうのがどういうことか」がわからなかったんです。しかしだんだん周りを見て、売れている世界を知ったら「自分もそっちに行きたい」と思いました。
最初はツアーとかそんなに行っていなかったんですが、バンドを始めて数年が経ち、色んな場所へライブするようになった。そうしたら「あのカッコいいバンドがこういう風に認められている」とか、逆に「なんで自分の好きじゃないバンドがこんな認められているのか」という世界を目の当たりにしました。自分たちの見えている世界が広がった、だから「売れたい」と思い始めたのかもしれません。
「売れたい」という気持ちはライブハウスの経営をしたから、生まれたことはないですか?
うちは関係ないかな。ただライブに対する姿勢を学べる機会は『鑪ら場』をやり始めてから格段に増えました。常に音楽と触れていられるし、尊敬する人が出てくれた時に「歌う前に何するんだろう」と見学する機会も多くあって。だから今は「ライブやる側なら、こんな態度ではいけない」と、ライブをするという行為が自分の中で大切なものになったと感じています。
ネガティブで終わっている曲はひとつもない
ストレスを吐き出しながら音楽を作るとなると、自分の嫌だと思うことと向き合うし、ネガティブな内容が歌詞に反映されることもあると思います。しんどくはないですか?
曲と向き合っている時はそういう言葉しか出てこないですが、曲として、しんどさが形になれば解消されます。
ちなみに自分でネガティブだと思って、楽曲を作ってないですよね。
他のアーティストの曲と聴き比べた際に、そう言われるのはわかります。でも、暗いとか、ネガティブとはあんまり思っていません。それが通常モードというか。
個人的にはみんなが見たくないことや感情を言葉にしているだけであって、とても真摯なシンガーだと思います。言わなくても良いこととか山ほどあるし、見なくてもいいこともたくさんあります。それを鈴木さんはきちんと自分のこととして考えて歌にしていますよね。
実貴子さん、知らないふりが出来ないもんね。ただ世間を見渡せば、知らないふりを決めている人というか「知らないふりができる人ですよ、私は」と無自覚に思いながら、無理している人はたくさんいる気がします。
いちいち掘り下げて考えてしまうかもね。ただ、うちがお酒飲めたら、こんなに考えなかったかも。完全に偏見ですけど、お酒を飲むと嫌なことを忘れられたり、楽しい方向に思考を持っていけると思います。それに当てはまるものが自分にはなくて、みんなが見たくない物を掘り下げて考えてしまう。本当は楽しくやりたいけど、どうしてもそうなれない。だからお酒飲んで、嫌なことを忘れられる人にはめちゃくちゃ憧れがあります。
本当に音楽しか、はけ口しかないんですね。
そうなんです。だから一見、暗いと言うか、自分や社会と向き合う感じの曲しか出来ないんだと思います。
ただ、ネガティブだけで終わっている曲は1つもないと感じます。実貴子さんの歌詞は、基本的に自己顕示欲とか、自分への反省や問いかけだったりしますが、最終的には自分に向けて「こうしなきゃ」というのが絶対出てくる。映画で言うと邦画的と言うか。日本映画の内容が暗い作品って、うっすら希望を残した形で終わるじゃないですか。僕たちの曲はああいう感じに近いと言うか。なんなら2人とも、暗い曲なんか聴きたくないし、好きじゃない。
暗い曲って聴きたい時がないよね。うちもダンスミュージックの方が好きだし。
PUFFY聴きながら踊ってることあるもんね。
多分、鈴木実貴子ズの曲はポジティブではないけど「あなたはどうする?」とリスナーに選択肢を委ねていると思います。
あ、確かに。
いや、本当にそういうことだわ。
先程、ズさんが曲を選ぶ話をされたじゃないですか。そういう曲を無意識に選んでいるのかもしれないですね。
多分、僕も実貴子さんの歌詞に選択肢を与えられて生きている部分はあるので、そういう曲を選ぶのかもしれないですね。
なぜ無観客のライブ録音を収録されたのですか?
ライブを観てほしいからです。音源とライブでは届くものが違う。特に鈴木実貴子ズはその違いが大きいんです。実貴子ズの良さを少しでも伝えるにはどうしたらいいかと考えて、今回はそのやり方で収録しました。
疑似体験をしてください、みたいな感じです。
あと個人的に整った音源よりも、ライブ音源の方が生々しくて好きなんです。
新曲を楽しんでもらいつつ、鈴木実貴子ズのライブも感じてもらえたらな、と思っています。
作品情報
アーティスト:鈴木実貴子ズ
タイトル: 外がうるさい
レーベル:P-VINE
発売日:2020年4月3日(金)
価格:2,000円(税別)
品番:PCD-20418
収録曲
01. 問題外
02.口内炎が治らない
03.限りない闇に声を
04.夏祭り
05.バッティングセンター
06.音楽やめたい(Live-Style Recording)
07.都心環状線(Live-Style Recording)
08.ばいばい(Live-Style Recording)
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関西インディーズの水先案内人。音楽ライターとして関西のインディーズバンドを中心にレビューやインタビュー、コラムを書いたりしてます。
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