REVIEW
FALL ASLEEP
Various Artists

REVIEW(マーガレット安井)

2017年から関西でスタートしたフォークイベント〈NEVER SLEEP〉よりコンピレーションカセット『FALL ASLEEP』がリリースされた。フォークミュージックが主体で、参加しているアーティストは関西、関東で活動するシンガーソングライター、もしくはバンドのフロントマンで構成されている。カセットのコンピレーションと聞いて、NME誌が1986年に発表した『C86』を思い出す。こちらはPRIMAL SCREAM(プライマル・スクリーム)やTHE PASTELS(ザ・パステルズ)などアノラックやギターポップがメインの参加バンドであったが、インディー精神を持ち、1つのシーンを伝えるコンピレーション・アルバムとしての共通項が見出せるだろう。

本作は東京で活動するインディーズバンドSaboten Neon Houseの“緑の炭酸”からスタートする。The Bandのようなルーツ・ミュージックと、はっぴいえんど時代の細野晴臣のような優しく、ノスタルジーを感じさせるボーカルが実に心地が良い。次に登場するのは京都のシンガーである、いちやなぎの“きっと”。滑らかに伸びる歌声がリスナーの耳を揺さぶる。また元、愛媛県のバンドmondのフロントマンであり、現在は東京中心で活動している平岡ひぃらの“温温”はアコーステックギターと優しく語り掛けるような歌い方で、星野源の初期の傑作『ばかのうた』のような日だまりのような暖かさを感じた。

 

そして、ここまで登場した楽曲は全て新曲である。既存の楽曲を提供しているアーティストは少なく、この作品のために新曲を提供しているアーティストが多い。特に東京を拠点に活動するバンド、路地に関してはKozue (Vo) とYuzo Suzuki (Gt) によるNuomoはユニットとして本作でお披露目、新曲である“かしこ”を披露している。同じく東京を拠点とする3ピーズ・バンドLIGHTERSのナガサワルミも本作で初のソロ音源となる“きんもくせい”を提供している。また既存の楽曲といえど、Helsinki Lambda Clubの橋本薫が提供した“そんな未来を”は2017年に発売した『カサネe.p』からの楽曲だが、このEP自体、今では手に入らない。

そしてフォークをメインにしたアルバムではあるが、東京のインディーズバンドであるクララズの“飛べる気がする”はバンドセットでディストーションを利かせたギター・サウンドで力強く自身のうたを聴かせたかと思えば、バレーボウイズの高山燦の“壜”ではローファイでザラついた音質の中で、優しく歌を紡ぎ出す。バンドの音源もあれば、弾き語りの音源もある。クリアなサウンドもあれば、ローファイな音質のものもある。つまり本作ではアーティストそれぞれのフォークという解釈が楽曲の個性として反映されており、結果どれ一つとして同じような楽曲がなく、バラエティに富んだラインナップに仕上がっている。

 

最初に話を戻すが、『C86』はイギリス、グラスゴーのシーンを伝えるだけでなくD.I.Y.の精神で音楽を作るという、いやわゆる“インディー音楽”というものが定義されるはしりとなった。また後続のミュージシャンたちに影響を与えたバンドを多数輩出したことから、「伝説的のコンピレーション」とも呼ばれている。だとすれば〈NEVER SLEEP〉というインディペンデントのイベントが、関西、関東のインディーズで活動するバンド、アーティストがそれぞれの思い描くフォーク・スタイルをぶつけて出来た本作も、インディー精神が宿った1つのシーンを伝えるコンピレーション・アルバムではないか。近年、カネコアヤノ、折坂悠太などフォークをルーツにするミュージシャンが出てきており、本作から PRIMAL SCREAM や THE PASTELS のように大成するかもアーティストが出てきて、2020年代の『C86』と呼ばれるようになってほしいと願う。

 

『FALL ASLEEP』全曲ガイド(マーガレット安井、峯 大貴)

SIDE A

1.Saboten Neon House“緑の炭酸”

2018年活動開始、東京で活動する4人組バンド。彼らのことを70年代にURC、もしくはベルウッドから1作だけリリースしている隠れた名バンドと紹介されても何の疑いも持たないだろう。伊佐郷平(Vo / Gt)の朴訥とした歌心には細野晴臣も、高田渡も、西岡恭蔵だって感じられる。しかし単に当時の質感を踏襲しているではなく、時代が不詳の浮遊感と、郷愁入り混じるノスタルジーが孕んだ、現代におけるフォーク・ロックの情緒を引き出すようなアプローチだ。

 

本曲は青山哲哉(Gt / Banjo)によるバンジョーの音色も印象的なサマーソング。手が届きそうな空と風の描写にははっぴいえんど“風をあつめて”、歌に爽やかな彩りを加えている「緑色の炭酸」には荒井由実“海を見ていた午後”に登場する「ソーダ水」と共通項を見出せる。また伊佐のダブル・トラックで映える歌はうだるような暑さがムワっとパックされており、五感で味わうフォークの世界へ本作の冒頭から誘われてしまうのだ。(峯 大貴)

 

2.いちやなぎ“きっと”

京都拠点のまだ20代であるいちやなぎの魅力はハイトーンな歌声だ。なめらかで透き通るような歌声は彼の影響をうけたSigur Rós(シガー・ロス)のヨンシ―を思い起こす。たが彼はSigur Rósのような自然や人間などの巨大なテーマを伝えるわけではなく、身近な原風景を歌にしていく。

 

ピアノから始まる“きっと”のなかでも彼の歌はその優しく、伸びやかなファルセットで愛しき君へのメッセージを紡ぎ出していく。そして彼の歌にアコ―ステックギター、二胡の音色も加わり、終盤ではドラマチックな音景を作り上げていく。家で一人、お酒でも傾けながら聴いてほしい楽曲だ。(マーガレット安井)

 

3.杉本周太(バレーボウイズ)“くもった空がすきなのよ”(※カセットテープ限定)

京都を拠点に活動するインディーズバンド バレーボウイズ。歌謡曲、パンク、フォークなどをミックスし、青春の一コマを切り取ったような楽曲が印象的な彼ら。そのフロントマンであり、ネギの愛称でも知られる杉本周太の楽曲は、多重録音を使った面白い一作に仕上がっている。

 

まるでテープレコーダーで録音したかのようなローファイな音質にアコースティックなギターサウンドと杉本のムーディーな歌声が響く。すると突然、ファルセット交じりで柔らかで優しい杉本の歌声が入っていく。まるで男女がデュエットしているかのように、2人の杉本周太がリスナーの耳を揺さぶる。一人二役の面白い試みに挑戦しているのが本作だ。(マーガレット安井)

4.Nuomo“かしこ”

東京の5人組ポップバンド・路地から梢(Vo)と鈴木雄三(Gt)によるユニットが本作で初披露(ドラムには中島雄士が参加)。昨年のシングル『日々を鳴らせば/休日』以降、路地の活動は沈黙していた中で、1年ぶりの近況を伝えるおきてがみのような楽曲だ。フェードインしてくる雄三のアコースティックギターのストロークが引いていく道筋を頼りにして、静かに言葉を乗せる梢の歌。二人の生活と極めて地続きで、まるで静かに日々を鳴らしていくよう。

 

しかしここにあるのは〈何気ない日常〉だけではない。「光と影の波に揺れて踊ろうよ」と毎日は浮き沈みを繰り返し、「手を振るメリディアン(=子午線)」と否応がなしに時は未来に向けて進んでいる。全てを受け入れて、なお「What a beautiful day」と歌う梢の凛とした強さに胸を打たれるのだ。

 

また路地の残る3人、のすけ(Gt)、高橋鐘(Ba)、大橋想(Dr)は先日新バンド・ヨットヘヴンを始動。ただ袂を分かつようになったわけではない。『これからもここから』(2018年)というスタート地点から彼らのポップスがまたじわりを広がり出したことに、祝福を。(峯 大貴)

 

5.平岡ひぃら“温温”

ギター・ボーカルとして活動していた愛媛県松山市拠点のバンドmondは2018年に解散し、現在は上京してソロ活動を展開するシンガーソングライター。街のざわめきを含みながら録音された、ギター1本の弾き語りである本曲。オノマトペを詞の骨格に据えて歌われる、そのシルキーな声はフォークというより普遍性のあるポップスとして力強く響いてくる。軽やかでありながら「いつか穏やかな日々が来るまで ぬくぬくといきましょう」という歌詞が今の時勢を伴って、安寧をもたらすポジティブな痛快さ。胸がすく思いに駆られるじゃないか。(峯 大貴)

 

6.モテギスミス“はりぼて”

4人組バンド・モテギスミスバンドとしても活動する、弾き語り主体のシンガーソングライター。炊いたご飯を冷凍している“私”が、ちょっと変わった“あなた”に振り回されるごくごく狭い範囲の物語が歌われる本曲。「はりぼてみたいな時代を生きてる」と大きなアイロニーを掲げながらも「それでも楽しかったわ」と、自己はふらふら流されてしまう。生活臭を伴って陶酔的愛情と少しの観念が、短い詞の中で見事なストーリーとなっている。

 

サウンド面でも部屋の空気がパックされたような音質と、楽器ではない何かを叩いたビート、冷凍ご飯をチンして解凍するレンジの音と何もかもが素朴で愛おしい。またカーターファミリー・ピッキング風のギター演奏や、3拍子に移行する間奏と終奏など、それとないがフレッシュな仕掛けの数々に思わず引き寄せられてしまう。(峯 大貴)

 

7.鈴木晴揮(Tomato Ketchup Boys)“Classic Car“

静岡県浜松市出身、現在は都内で活動中のスリーピースバンドTomato Ketchup Boys のフロントマン、鈴木晴揮のソロ作。Tomato Ketchup Boys はグランジ、ブリット・ポップやインディー・ロックを軽やかに横断していくバンドだが、鈴木のソロではそれらのジャンルの核心である良質な歌が思う存分、楽しめる。

 

アコースティックギターと語りかけるような優しい声で歌われる英詞。そこにドラムとエレキギターが入るが決してうるさくならず、鈴木のボーカルを引き立たせる。2分半の短い曲ではあるが、優しい歌声と豊かなメロディーにはNoel Gallagher(ノエル・ギャラガー)のようだと感じた。(マーガレット安井)

 

8.岩出拓十郎(本日休演)“人よ人よ”

京都を拠点にするインディーズバンド 本日休演のボーカル、ギターを担当し、メイン・ソングライターである岩出拓十郎のソロ曲。サイケデリックなサウンドスケープとフランジャーがかかったような歌声が特徴である。聴いているうちに、大海原の水面で一人浮かんでいるよな感覚におちいる。

 

ただ岩出の中にはオーセンティックなロック、フォークといったものが根幹にあることもあり、構造自体は大変シンプル。またボーカルも立っているので、サイケデリックながら歌ものとして魅力溢れる作品となっている。その歌声に、私はどこか山本精一の姿を思い浮かべてしまった。(マーガレット安井)

 

SIDE B

1.クララズ“飛べる気がする”

シンガーソングライター山内光によるソロプロジェクト。ジャングリーにかき鳴らすギターを核に据えたバンド・サウンド。ブリットポップやパワー・ポップに軸足があり、フォークとは距離があるだろう。しかしひとたび歌いだした時のいなたさと、内省的だが〈考える葦〉を体現するような芯の強さ。クララズの歌の中に吹いているイメージの風がフォークと重なり合っているのだ。

 

たけとんぼの二人も参加している本曲は2つのメロディが交互に出てくるシンプルな構造。そのドシっとしたメロディと素朴にまどろむ音像は現代の“Don’t Let Me Down”じゃないか。歌詞に出てくる「定点カメラ」は、街の眺望を達観した視点で観測するクララズ自身のようだ。「君は知ってる 誰よりも知ってる どこで吹く風が 一番気持ちいいかを」と外界に潜む黄昏の瞬間を切り取る名手としての歌心が滲んでいる。(峯 大貴)

 

2.浮“とげぬき”

米山ミサによるソロプロジェクト。浮と書いて「ぶい」と読む。昨年末のアルバム『三度見る』では“風はながれて”でSaboten Neon Houseに伊佐郷平と青山哲哉が参加、またクララズの“アメリカン”にはコーラスで入るなど本作の参加ミュージシャンとの交流も深い。

 

そぼそぼと呟く言葉がそのまま歌になっていくような路傍の巫女。ファルセットを挟みながら倦怠感を持ってプカプカと浮き沈む声によって、白昼夢にぐっと引き込まれてしまう。昨年しばらく石垣島に滞在していたという彼女だが、特に本曲ではそのメロディと声の揺らぎが沖縄民謡のように響いてくる。自然の大らかさに包み込まれていく、平穏を慈しむ歌なのだ。その浮遊する声が、あなたの心に突き刺さったとげを抜いていく。(峯 大貴)

 

3.たけとんぼ“夕空”

東京拠点に活動する平松稜大(Vo / Gt)、きむらさとし(Dr / Vo)によるフォークロック・バンド。クララズや世田谷ピンポンズのバンド・サポートや、平松は杉本周太(バレーボウイズ)とのユニットなど、参加ミュージシャンの中で媒介の役割も果たしている、随一に70年代フォークからの影響が色濃いのも彼らだろう。特に平松の風体・歌声には南こうせつ(かぐや姫)、坂崎幸之助(THE ALFFE)、堀内護(ガロ)の雰囲気を醸し、タイムスリップしたかのように現代にフォークを伝道していく存在だ。

 

冒頭のフレーズには吉田拓郎“流星”を思い起こしてしまった、きむらがタンバリンとシェイカーをとったアコースティック・セッション的仕上がり。立ち止まって空を見上げた時の感情を余白たっぷりかつ、牧歌的に描いている。後半にかけて広がっていくコーラスワークも含めてそのアプローチは正しくフォークの本寸法。(峯 大貴)

 

4.高山燦(バレーボウイズ)“壜“(※カセットテープ限定)

ガラスビン越しに街の風景を見てみる。普段はくっきりと見える人々や建物。それがビン越しだとゆがんだり、かすんだように映し出される。高山燦の”壜”も、そんなビン越しに覗いた風景のような音で満ちている。

 

バレーボウイズではギターとコーラスを担当し、イラストレーターとしても活動する高山。ローファイでエコーをきかせ、靄がかかったのような音風景を作り出している。そのサウンドスケープの中で、彼は夢のような素敵な日常が続いてほしいと歌う。ドリーム・ポップといわれるジャンルがあるが、本作はその類、いやドリーム・フォークともいうべき作品か。(マーガレット安井)

5.世田谷ピンポンズ“晦日”

2012年にデビュー、その翌年頃から京都に移住し、勢力的に活動を続ける世田谷ピンポンズ。吉田拓郎や友部正人など起点とした70年代フォークからの影響を色濃く引継いだざらついた歌唱と、そこからに普遍性を抽出した詞表現と胸によって各方面から評価を得てきた。

 

本曲でかきならす鋭利なギターには友川カズキの“生きてるって言ってみろ”を感じさせる。しかし絶唱ではなくニューミュージックに根差した歌のコブシで感情の機微を救い上げていくのが彼らしい。“晦日”という歌の舞台とするにはあまりにささやかなテーマだが、蕎麦が登場する描写の素朴な情緒ったら中島みゆき“蕎麦屋”以来のものだ。纏う意匠は70年から変わらずとも、今に歌えば自ずとリアルな表現になっていく。その偏差こそオリジナリティというかのような彼のフォーク・ミュージックの洗練が伺える。(峯 大貴)

 

6.ナガサワルミ(LIGHTERS)“きんもくせい“

2019年に結成し、東京を拠点に活動するインディーズバンドLIGHTERS。彼女たちといえば英詞で、シンプルなオルタナティブ・ロックを演奏するバンドという印象があるが、ギター、ボーカル担当のナガサワルミの”きんもくせい”はバンドの音楽とは別の味わいを持った作品だ。

 

アコースティック・ギターの弾き語りで女心を日本語で歌いだす。憂鬱で、少し湿気が混ざったような歌声は、バンドで見せる軽やかな歌声とはまた別の側面だ。ちなみに全体のレビューの中では「初のソロ音源」と書いたが、普段から弾き語りでの活動も行っているようで、YouTubeでいくつかのライブ動画が出てくる。バンドとして、一人のシンガーとしてこれからどのような音楽を作るのか注目だ。(マーガレット安井)

 

7.橋本薫(Helsinki Lambda Club)“そんな未来を”(※カセットテープ限定)

Helsinki Lambda Clubのフロントマンである橋本薫。彼のソロEP『カサネe.p.』からの楽曲である。『カサネe.p.』のコンセプトは「繋がり」だったが、本曲では「絆」をテーマにして描かれている。

 

痛快なロックサウンドや、思わず体が踊ってしまうようなダンサブルなナンバーなど、様々なサウンドをみせてくれるHelsinki Lambda Clubだが、ここではシンプルにアコースティック・ギターと歌だけだ。しかし歌詞は「離れていても繋がっているし、またどこかで会える」とエモーショナルな内容。色んな手数があるが、「やはりヘルシンキの要はこの歌なのだ」ということを再確認する。(マーガレット安井)

Various Artists『FALL ASLEEP』

 

 

発売:2020年5月9日(土)
フォーマット:カセットテープ / ストリーミング配信
価格:¥1,500

特典:オリジナルステッカー / DLコード封入

発売: HOLIDAY! RECORDS DISTRO

The Domestic by THISTIME Records

 

収録曲

 

SIDE A

 

1.緑の炭酸 / Saboten Neon House

2.きっと / いちやなぎ

3.くもった空がすきなのよ / 杉本周太(バレーボウイズ)※

4.かしこ / Nuomo

5.温温 / 平岡ひぃら

6.はりぼて / モテギスミス

7.Classic Car / 鈴木晴揮(Tomato Ketchup Boys)

8.人よ人よ / 岩出拓十郎(本日休演)

 

SIDE B

 

1.飛べる気がする / クララズ

2.とげぬき / 浮

3.夕空 / たけとんぼ

4.壜 / 高山燦(バレーボウイズ) ※

5.晦日 / 世田谷ピンポンズ

6.きんもくせい / ナガサワルミ(LIGHTERS)

7.そんな未来を / 橋本薫(Helsinki Lambda Club) ※

 

※ カセット限定収録

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