REVIEW
らご
羅針盤

京都拠点のローカルな視点からインディペンデントな活動を行っているバンドマンやシンガーたちにスポットを当ててきたANTENNAの音楽記事。REVIEWでも主に関西のライブハウス・シーンで活動しているアーティストの新作を論じてきました。

 

そんな「今」を捉えてきたレビュー記事に新たな軸が加わります。題して『Greatest Albums in 関西』。ANTENNAが拠点を構える京都、ひいては関西から生まれた数ある名盤の中でも現在の音楽シーンにも影響を与え続けているアルバム作品を、2020年代に突入した現在の視点から取り上げていきます。

 

関西の音楽には全国的なムーヴメントに発展した音楽も数多あります。1960年代末の関西フォークから、70年代のソウル・ブルース、関西NO WAVE、ゼロ世代……『Greatest Albums in 関西』はこの地域の音楽文化史を作品を通して徐々に編んでいこうとする壮大なプロジェクトです。どうぞ長い目でお楽しみください。

 

企画概要:https://note.com/kyoto_antenna/n/nebb1fa9e3cde

過去と未来をつなげるミッシングリンク

想い出波止場の楽曲を聴いたあとで、改めて『童謡』『Palm』といった今の山本精一の音源を聴くと、「本当に同じ人間が作った作品なのか」という感想をいだく。自らのサウンドに荘厳なサイケデリアと刺激的なノイズ、そして数々の音楽的な実験を行い、真似のできない音で溢れていた想い出波止場。対して山本精一のサウンドはアコーステックで優しく歌と音を紡ぎだす、または耳なじみのいいポップなサウンドにノイズを組み込む。想い出波止場と山本精一。 同じ人間から生まれたとは思えない2つの音楽だが、そのミッシングリンクとしてあるのが羅針盤の『らご』だ。

 

山本は1958年に生まれ、小学生の頃からギターを弾きはじめる。86年に山塚アイらが結成したBOREDOMSに加入。突飛でノイジーなサウンドとパフォーマティブなアクトは国内だけでなく海外からも高く評価され、Glastonbury FestivalやLollapaloozaのような音楽フェスに出演や、NirvanaやSONIC YOUTHのツアーのサポートアクトも行った。87年には〈難波ベアーズ〉の店長になり、BOREDOMSが主催するライブイベントで想い出波止場を結成。88年には羅針盤を始動させる。羅針盤は当初、サイケデリックなサウンドのなかで、ギター・ソロが延々と続くような楽曲をやっていたのだが、97年にリリースされた『らご』で、それまでの羅針盤、いや山本のディスコグラフィーをひっくり返す音楽を提示する。

『らご』は羅針盤のメンバーであった須原敬三(Ba)のレーベル、ギューンカセットからリリース(同年にワーナーミュージック・ジャパンより新装再発売)されたアルバムだ。この作品のハイライトは幾つもあるが、その1つは間違いなく“永遠のうた”であろう。エモーショナルなギターと、明るく浮足立つキーボードのイントロから始まり、しばらくすると静かに語りかけるような暖かみのある歌声が聴こえる。BOREDOMS、想い出波止場などのアバンギャルドなサウンドは影を潜め、本作で山本は素直なポップスと、人懐っこいうたをリスナーへ提示する。素直さといえば、本作では山本のルーツであるフォークバンド PROCOL HARUM(プロコル・ハルム)の“巡礼者の道”のカバー、“ハウリングサン – philgrim’s progress -”も収録され、奇をてらわず自分の素顔をみせる姿勢が本作から垣間見える。

 

しかし『らご』がBOREDOMS、想い出波止場などを断絶した音楽かといえば、そうではない。例えば“クッキー”におけるノイズの入れ方や即興的なギターリフ、“いのち”の中盤におけるサイケデリアはそれまでのバンド経験がいかされている。また弾き語りで歌われる“ライフワーク”や、“生まれかわるところが”での余白すらを音楽としてみせる手法は、本作以降にリリースされた『なぞなぞ』(2003年)や『LIGHTS』(2013年)などのソロ・ワークにも繋がる。つまり本作は山本のさまざまな側面をみせると同時に、過去と未来を捉えた作品でもあった。

 

 

2005年にメンバーの西浦真奈(Dr)が事故でこの世を去り、羅針盤は解散。以降、しばらく羅針盤の曲を封印していたが、2010年の『Playground』で再びうたものへ向き合い、現在では羅針盤の楽曲もライブでやっている。羅針盤と向き合った理由に関して「もういいかなと思って」と山本はライブで語っていたが、本当のところは「もう一度うたものをやるなら、羅針盤にも向き合おう」と考えていたかしれない。昨年、山本のライブを観に行ったが、ひたむきに羅針盤の曲を演奏する姿をみると、そんなことも考えたくなってしまう。

WRITER

RECENT POST

INTERVIEW
地元愛と刺激に満ちた音楽祭 – ボギーが語るボロフェスタの魅力と自身のライブの見せ方
INTERVIEW
ボロフェスタがバンドマンたちに与える、常識外の「カッコよさ」とは?
REPORT
ナノボロ2024 Day2(9/1)― オルタナティブな一日で感じた、「カッコいい」に忠実だからこそ…
REPORT
ナノボロ2024 Day1(8/31)― 京都の旬を体感!インディーズの魅力が詰まった一日
REVIEW
ゼロ年代から続く邦楽ロックの末裔たちが作り上げた一作-コロブチカ『ワンダーアラウンド 』
COLUMN
『まちの映画館 踊るマサラシネマ』 – 人生が上手く行かないあなたに贈る、映画館の奮闘記
COLUMN
【2024年6月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト
INTERVIEW
南堀江Knaveに人が集まる理由 – 真面目と誠実さが生んだライブハウスの在り方
REVIEW
トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代 – 加藤和彦がトノバンらしく生きた時代の記録
INTERVIEW
全員が「ヤバい」と思える音楽に向かって – 愛はズボーンが語る、理想とパーソナルがにじみ…
REVIEW
THE HAMIDA SHE’S『純情讃歌』 – 京都の新星が放つ、荒々しい…
REVIEW
大槻美奈『LAND』-愛で自身の問いに終止符を打つ、集大成としての『LAND』
INTERVIEW
今はまだ夢の途中 – AIRCRAFTが語る『MY FLIGHT』までの轍
COLUMN
編集部員が選ぶ2023年ベスト記事
REVIEW
Qoodow『水槽から』 – 「複雑さ」すらも味にする、やりたいを貫くオルタナティヴな作…
REVIEW
The Slumbers『黄金のまどろみ』 – 先人たちのエッセンスを今へと引き継ぐ、昭…
COLUMN
サステナブルな理想を追い求めるバンド – (夜と)SAMPOが会社員でありながらバンドを…
REPORT
ボロフェスタ2023 Day2(11/4)- タコツボを壊して坩堝へ。ボロフェスタが創造するカオス
REPORT
ボロフェスタ2023 Day1(11/3) – 蓄積で形成される狂気と奇跡の音楽祭
INTERVIEW
物語が生み出すブッキング – 夜の本気ダンス×『ボロフェスタ』主宰・土龍が語る音楽フェス…
INTERVIEW
自発性とカオスが育む祭 – 22年続く音楽フェス『ボロフェスタ』の独自性とは?
REVIEW
てら『太陽は昼寝』 – 人間の内面を描く、陽だまりのような初バンド編成アルバム
REPORT
ナノボロ2023 Day2(8/27)‐ コロナからの呪縛から解放され、あるべき姿に戻ったナノボロ…
REVIEW
鈴木実貴子ズ『ファッキンミュージック』- 自分ではなく、好きになってくれたあなたに向けられた音楽
REVIEW
オートコード『京都』 – “東京”に対する敬愛が生んだ25年目のオマージュ
INTERVIEW
Nagakumoがポップスを作る理由 – 実験精神を貫き、大衆性にこだわった最新作『JU…
INTERVIEW
町のみんなと共生しながら独自性を紡ぐ。支配人なきシアター、元町映画館が考える固定観念の崩し方
INTERVIEW
つながりと問題のなかで灯を守り続ける – シネ・ヌーヴォの2023年
INTERVIEW
壁を壊して、枠組みを広げる映画館 – あなたの身近なテーマパーク〈塚口サンサン劇場〉とは…
REVIEW
ここで生きてるず“彗星ミサイル” – 愚直ながらも、手法を変えて人生を肯定し続けるバンド…
REPORT
坩堝ではなく、共生する園苑(そのその) – 『KOBE SONO SONO’23』ライブ…
INTERVIEW
僕らがフリージアンになるまで – リスペクトと遠回りの末に生まれたバンドの軌跡
REVIEW
パンクを手放し、自己をさらけ出すことで手にした 成長の証 – ムノーノモーゼス『ハイパー…
REPORT
感情が技術を上回る日 – 『“ステエションズ ” 2nd Album “ST-2” Re…
REVIEW
oOo『New Jeans』- 陰と陽が織りなすイノセントなセカイ
REVIEW
ステエションズ『ST‐2』 - 千変万化でありながら、それを感じさせない強靭なポップネス
REVIEW
揺らぎ『Here I Stand』- 型にはまらない姿勢を貫く、どこにも属さない揺らぎの一作目
REVIEW
くつした『コズミックディスク』 - 変わらずに歌い続けた空想の世界
REVIEW
台風クラブ『アルバム第二集』 - 逃避から対峙へ、孤独と絶望を抱えながらも前進するロックンロール
INTERVIEW
経験の蓄積から生まれた理想郷 ー ASR RECORDS 野津知宏の半生と〈D×Q〉のこれから
REPORT
ボロフェスタ2022 Day3(11/5)-積み重ねが具現化した、“生き様”という名のライブ
REVIEW
ベルマインツ『風を頼りに』- 成長を形に変える、新しい起点としての1枚
REVIEW
ズカイ『ちゃちな夢中をくぐるのさ』 – ネガティブなあまのじゃくが歌う「今日を生きて」
REVIEW
帝国喫茶『帝国喫茶』 – 三者三様の作家性が融合した、帝国喫茶の青春
REVIEW
糞八『らくご』 – 後ろ向きな私に寄り添う、あるがままを認める音楽
REPORT
マーガレット安井の見たナノボロ2022 day2
INTERVIEW
おとぼけビ〜バ〜 × 奥羽自慢 - 日本酒の固定観念を崩す男が生み出した純米大吟醸『おとぼけビ〜バ〜…
INTERVIEW
僕の音楽から誰かのための音楽へ – YMBが語る最新作『Tender』とバンドとしての成…
INTERVIEW
失意の底から「最高の人生にしようぜ」と言えるまで – ナードマグネット須田亮太インタビュー
REVIEW
Noranekoguts『wander packs』シリーズ – 向き合うことで拡張していく音楽
REVIEW
真舟とわ『ルルルのその先』 – 曖昧の先にある、誰かとのつながり
REVIEW
ナードマグネット/Subway Daydream『Re:ACTION』 – 青春と青春が交わった交差…
REVIEW
AIRCRAFT『MAGNOLIA』 – 何者でもなれる可能性を体現した、青春の音楽
REVIEW
Nagakumo – EXPO
REVIEW
水平線 – stove
INTERVIEW
(夜と)SAMPOの生き様。理想と挫折から生まれた『はだかの世界』
INTERVIEW
自然体と無意識が生み出した、表出する音楽 – 猫戦インタビュー
REVIEW
藤山拓 – girl
REPORT
マーガレット安井が見たボロフェスタ2021Day4 – 2021.11.5
INTERVIEW
地球から2ミリ浮いてる人たちが語る、点を見つめ直してできた私たちの形
REVIEW
西村中毒バンド – ハローイッツミー
INTERVIEW
移民ラッパー Moment Joon の愚直な肖像 – 絶望でも言葉の力を信じ続ける理由
INTERVIEW
「逃れられない」をいかに楽しむか – 京都ドーナッツクラブ野村雅夫が考える翻訳
COLUMN
“水星”が更新される日~ニュータウンの音楽~|テーマで読み解く現代の歌詞
INTERVIEW
批評誌『痙攣』が伝える「ないものを探す」という批評の在り方
REVIEW
Nagakumo – PLAN e.p.
INTERVIEW
HOOK UP RECORDS
COLUMN
『永遠のなつやすみ』からの卒業 - バレーボウイズ解散によせて
REVIEW
EGO-WRAPPIN’ – 満ち汐のロマンス
REVIEW
ローザ・ルクセンブルグ – ぷりぷり
REVIEW
(夜と)SAMPO – 夜と散歩
REVIEW
竹村延和 – こどもと魔法
COLUMN
Dig!Dug!Asia! Vol.4 イ・ラン
INTERVIEW
Live Bar FANDANGO
INTERVIEW
扇町para-dice
INTERVIEW
寺田町Fireloop
REVIEW
MASS OF THE FERMENTING DREGS – You / うたを歌えば
REVIEW
FALL ASLEEP 全曲レビュー
REVIEW
ニーハオ!!!! – FOUR!!!!
INTERVIEW
ネガティブが生んだポジティブなマインド – ゆ~すほすてるが語る僕らの音楽
REVIEW
大槻美奈 – BIRD
REVIEW
YMB-ラララ
REPORT
京音 -KYOTO- vol.13 ライブレポート
INTERVIEW
感情という名の歌。鈴木実貴子ズが歌う、あなたに向けられていない音楽
INTERVIEW
□□□ん家(ダレカンチ)
INTERVIEW
こだわりと他者性を遊泳するバンド - ペペッターズ『KUCD』リリースインタビュー
REPORT
ネクスト・ステージに向かうための集大成 Easycome初のワンマンライブでみせた圧倒的なホーム感
INTERVIEW
更なる深みを目指してーザ・リラクシンズ『morning call from THE RELAXINʼ…
INTERVIEW
忖度されたハッピーエンドより変わらぬ絶望。葉山久瑠実が出す空白の結論
REPORT
マーガレット安井が見たボロフェスタ2019 3日目
REPORT
マーガレット安井が見たボロフェスタ2019 2日目
REVIEW
ベルマインツ – 透明の花ep
REPORT
集大成という名のスタートライン-ナードマグネット主催フェス『ULTRA SOULMATE 2019』…
INTERVIEW
僕のEasycomeから、僕らのEasycomeへ – 無理をせず、楽しみ作った最新アル…
INTERVIEW
永遠の夏休みの終わりと始まり – バレーボウイズが語る自身の成長と自主企画『ブルーハワイ…
INTERVIEW
時代の変革が生んだ「愛」と「憂い」の音楽、ナードマグネット須田亮太が語る『透明になったあなたへ』
INTERVIEW
your choiceコーナー仕掛け人に聴く、今だからこそ出来る面白いこと~タワーレコード梅田大阪マ…
REPORT
マーガレット安井が見た第2回うたのゆくえ
INTERVIEW
やるなら、より面白い方へ。おとぼけビ~バ~が語る、いままでの私たちと、そこから始まるシーズン2。
REVIEW
花柄ランタン『まっくらくらね、とってもきれいね。』
REVIEW
ペペッターズ『materia=material』
INTERVIEW
捻くれたポップネスと気の抜けたマッドネスが生み出した珠玉のポップソング。YMBが語る、僕らの音楽。
INTERVIEW
挫折と葛藤の中で生まれた、愛と開き直りの音楽 - Superfriends塩原×ナードマグネット須田…
REVIEW
Homecomings – WHALE LIVING
REPORT
【マーガレット安井の見たボロフェスタ2018 / Day1】ナードマグネット / King gnu …
INTERVIEW
私たちがバンドを続ける理由。シゼンカイノオキテが語る、15年間と今について。
REVIEW
Easycome – お天気でした
REVIEW
相米慎二 – 台風クラブ
COLUMN
脚本の妙から先へと向かう傑作 今こそ『カメラを止めるな!』を観なければならない理由
REVIEW
CAMERA TALK – FLIPPER’S GUITAR
REVIEW
Guppy – Charly Bliss
REVIEW
Down To Earth Soundtrack (SNOOP DOGG「Gin and juice…

LATEST POSTS

INTERVIEW
あの頃、下北沢Zemでリトル・ウォルターを聴いていた ー武田信輝、永田純、岡地曙裕が語る、1975年のブルース

吾妻光良& The Swinging BoppersをはじめブレイクダウンやBO GUMBOS、ペン…

COLUMN
【2024年11月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト

「東京のインディーシーンってどんな感じ?」「かっこいいバンドはいるの?」京都、大阪の音楽シーンを追っ…

REPORT
これまでの軌跡をつなぎ、次なる序曲へ – 『京都音楽博覧会2024』Day2ライブレポート

晴天の霹靂とはこのことだろう。オープニングのアナウンスで『京都音博』の司会を務めるFM COCOLO…

REPORT
壁も境目もない音楽の旅へ‐『京都音楽博覧会2024』Day1ライブレポート

10月12日(土)13日(日)、晴れわたる青空が広がる〈梅小路公園〉にて、昨年に引き続き2日間にわた…

REPORT
自由のために、自由に踊れ!日常を生きるために生まれた祭り – 京都学生狂奏祭2024

寮生の想いから生まれたイベント『京都学生狂奏祭』 …