“水星”が更新される日~ニュータウンの音楽~|テーマで読み解く現代の歌詞
特集『言葉の力』の企画「#テーマで読み解く現代の歌詞」。サブスクリプションでのリスニング・ライフが主流となる中で、歌詞を見ながら音楽を聴くことが以前と比べて少なくなった気がする。逆に気になった楽曲を調べて歌詞を見ることは増えた。つまり「歌詞を味わう」ことがより能動的な行為になってきているのかもしれない。ならばいっそ、その能動性にフォーカスして、歌詞を軸にして現代の音楽を紐解いてみようじゃないか。
本企画では8人のライターがそれぞれ現代のポップ・ミュージックの歌詞を捉えるためのテーマを上げ、それを象徴している4曲と共に解説してもらった。
2010年に生まれたtofubeatsの“水星”は閉鎖的な空間でスマートフォン1つあれば、無限の世界へと飛び立てると歌った。そしてこの曲の根源には彼の住んでいたニュータウンが存在する。tofubeatsは2018年のインタビューでもニュータウンについて「ネガティブなイメージと隣り合わせの感じがある」と語っていた。たしかに建物の老朽化や、居住者の高齢化などの問題を抱えてはいる。しかしニュータウンにポジティブな光を当てるような音楽が近年も登場しているのも事実だ。
例えばayU tokiOの“恋する団地”は東京の巨大ニュータウンでの彼女との生活をカラフルに描く。横浜の港北ニュータウンを遊び場とし、この場所で育ったメンバーもいるSuchmosの“Pacific”は〈cityなんかよりtownだろ 日に焼けた肌で歌うんだろう〉と自分たちが住む郊外を肯定的に歌う。関西のズッコケ3人組、アフターアワーズは“ニュータウン”で哀愁も交えながらもエモーショナルにニュータウンでの思い出を歌に乗せる。
ニュータウンについて考える時、私は、岡崎京子の『リバース・エッジ』と宮藤官九郎の『木更津キャッツアイ』を想像する。『リバース・エッジ』が郊外の閉鎖的で、つながりの薄い世界を描いたのに対し、『木更津キャッツアイ』は郊外での仲間たちとの理想郷的な生活を描き出した。そう考えた時に、tofubeatsは『リバース・エッジ』、ayU tokiO、Suchmos、アフターアワーズは『木更津キャッツアイ』の視点でニュータウンを捉えている。つまりニュータウンは理想郷でありながら閉塞的で居心地の悪さも共存した“歪な町”であるのだ。そしてその歪さゆえ、多くのアーティストを虜にしているのではないか。
そういえば2019年にtofubeatsが上京した。これについて彼はコメントを出してはいないが、上京する前に「ニュータウン育ちをいかに手札として使うか考えたい」と朝日新聞のインタビューで答えている。ひょっとすれば彼は離れた地点で、第三者的にニュータウンを捉えたいのではないだろうか。“水星”が更新される日も、そう遠くはないのかもしれない。
tofubeats “水星 feat.オノマトペ大臣”(2012年)
2008年ごろにtofubeatsはTwitterでニュータウンポップの定義を「友達が多くない・いなさそう」「最低限のポップさと物悲しいメロディの同居」と語っていたが、まさにそれを体現させた音楽こそ、“水星”であった。〈めくるめくミラーボール乗って水星にでも旅に出ようか〉と閉鎖的な世界でもインターネットさえあれば、生きづらさから抜け出せる。tofubeatsの体験談的なこの曲を聴きながら、岡崎京子の「平坦な戦場」を彼も感じていたのではと考えてしまう。
ayU tokiO “恋する団地”(2014年)
東京都でも屈指の巨大ニュータウンである光が丘団地(光が丘パークタウン)。そこでの恋人との生活を描いた作品がayU tokiOの“恋する団地”である。「赤いポスト」「黄色いイチョウの葉」と光ヶ丘団地に実際ある情景を色彩豊かに描いていく。その書き方はニュータウンをtofubeatsが描いた閉鎖的なニュータウンの姿とは違った理想郷的な姿を私たちに見せてくれる。
Suchmos “Pacific”(2015年)
Suchmosの音楽は“STAY TUNE”をはじめとして都市への批評的楽曲が多かった。また彼らの活動拠点も地元神奈川から東京へは移さなかった。そう考えた時に“Pacific”における〈cityなんかよりtownだろ〉という言葉は自分たちの遊び場であるニュータウンだと容易に変換できる。その姿は宮藤官九郎が木更津という郊外をテーマに、生き生きと開放感満ちて描かれた『木更津キャッツアイ』のことを思い浮かべてしまう。
アフターアワーズ “ニュータウン”(2017年)
ロックのもつ熱量と、ブルースの持ついぶし銀な味わいを醸し出す大阪の3ピース・バンド。大阪モノレールの車窓から流れる風景を見ながら、過去に思いをはせる本作は過去の自分と今の自分を対峙させることで自分が生活したニュータウンでの生活を描き出す。そういえば本作の歌詞に〈君を連れ去っていった星が今夜もきれいに見えるよう〉とあるが、〈めくるめくミラーボール乗って水星にでも旅に出ようか〉と歌う“水星”を聞いた後だと、「逃避する者」と「とどまり続ける者」の対比にも聞こえて面白い。
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関西インディーズの水先案内人。音楽ライターとして関西のインディーズバンドを中心にレビューやインタビュー、コラムを書いたりしてます。
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