自分ではなく、好きになってくれたあなたに向けられた音楽
『最終兵器は自由』『泥の滑走路』など今までバンド編成で作品をリリースすることが多かった鈴木実貴子ズ。『FUJI ROCK FESTIVAL』、『RISING SUN ROCK FESTIVAL』にも出演し、ノリに乗っているこのタイミングでリリースされた本作はバンド編成ではなく鈴木実貴子（Vo / Gt）とズ（Dr）の２ピース編成で全編収録されている。またこの作品は現状、Spotifyなどの音楽配信も行っていない。鈴木実貴子ズのライブ会場、または同バンドのBASEでしか手に入らないCD作品である。そしてそれこそがこの作品のスタンスであり、鈴木実貴子ズというバンドのスタンスのように思う。
アコースティックギターとドラムだけではあるが、バンド編成と比べてもダイナミックスに劣りはない。さらに鈴木実貴子の抒情をこめた芯のある歌声と、それを後押しするズの力強いビートにより、音楽がリスナーの懐へダイレクトに飛び込む。またこれまで鈴木実貴子ズは自分の感情を言葉にしてきたが、本作でもそれは健在。“ファッキンミュージック”では「しょーもないライブのあのバンドが売れそう / 裏で関係者が頑張っているって聞いた」と辛辣な音楽業界批判を歌い、”泡”では「トイレの壁にへばりつく今 / 本当にもう心が変」と心が崩壊している状態を描く。
以前インタビューした際に鈴木実貴子は、見たくない出来事や自身に沸き起こった感情に対して深く考えてしまい、そのストレスの吐き出し口が歌であると語っていた。それもあり彼女の吐き出す感情は音楽に対しての批判、自己への批判、自問自答などが多い。もちろんその言葉は真摯に自分と向き合った上で生み出されてはいるのだが、世間に出た瞬間に素性も何も知らない人間に切り取られ、ネガティブな方向に解釈される可能性もある。それゆえに、今回のようにライブで見たり、音源を聴いたりして、鈴木実貴子ズの音楽を知った上で、もっと聴きたいと思った人が買えるようにしたのが本作ではないだろうか。
そういう意味で本作は「これからファンになる人」ではなく「ファンになってくれた人」のための作品だと言ってもいいかもしれない。その証拠に“新しい夜”のなかで「信じる事にしたんだ 見えないあなたを」とまるでファンに向けたかのような歌をうたう。実は、こういう歌詞は鈴木実貴子ズとしては大変珍しい。なぜなら先ほども語ったが、歌の根源がストレスの吐き出し口であり、それがゆえ批判的な内容や自問自答的な内容になることが多く、他者に肯定的なメッセージを歌うことは少ないからだ。そもそも「あなた」という言葉自体、鈴木実貴子ズの歌ではあまり使われていない。そしてこの肯定的なムードは“不完全な空”、“結婚するんやな”の２曲にも引き継がれており、タイトルとは裏腹でいつになくポジティブな歌が聴けるのだ。
このポジティブさ、そしてあなたに目を向けた発端は何か？それは例えば『FUJI ROCK FESTIVAL』、『RISING SUN ROCK FESTIVAL』の出演、また『オールナイトニッポン0（ZERO）』のパーソナリティーに抜擢されるなど、バンドの存在が大衆に広まりだし、よりお客さんを大切にしていきたいという気持ちが強まったかもしれないし、コロナ禍も過ぎ去り経営しているライブハウス〈鑪ら場〉がしがらみなく運営できているかもしれない。どちらにしろ、現時点においてバンドにとってプラスに働くような状況が起こっており、それが歌の変化へとつながっているのではないだろうか。
だから、この作品は万人に向けられていない。鈴木実貴子ズの歌を聴いて心に刺さった者のための、自分を求める理解者のための音楽である。
ファッキンミュージック
アーティスト：鈴木実貴子ズ
仕様：CD
価格：￥1,650
発売：2023年8月18日
販売：https://mikikozu.thebase.in/items/77540180
収録曲
1.ファッキンミュージック
2.泡
3.新しい夜
4.不完全な空
5.結婚するんやな
鈴木実貴子ズ
鈴木実貴子（Vo / Gt）とズ（Dr）による2ピースバンド。
バンド名の由来は鈴木の案で「解散した時に、私の名前だけは残るように」。
時々バンド編成。奇跡的にRISING SUN ROCK FESTIVAL 2019 in EZO出演決定、しかし台風直撃により中止。
2021年3rd『泥の滑走路』発売。更なる奇跡によりFUJI ROCK FESTIVAL 2022のROOKIE A GO-GOに選出、RISING SUN ROCK FESTIVAL 2022 in EZOにもリベンジ出演決定。
挫けるのもまた良し、とにかく生活は続いていきます。
Webサイト：https://mikikotomikikotomikiko.jimdofree.com/
鈴木実貴子 X（旧Twitter） : https://twitter.com/suzukimikiko7
ズ X（旧Twitter） : https://twitter.com/madaisami
YouTube: https://www.youtube.com/channel/UCi2-R3QVVmBLrbqH-a6AhVQ
You May Also Like
WRITER
- ライター
-
関西インディーズの水先案内人。音楽ライターとして関西のインディーズバンドを中心にレビューやインタビュー、コラムを書いたりしてます。
OTHER POSTS
toyoki123@gmail.com
RECENT POST
EDITOR
- 編集者 / ライター
-
奈良県出身。京都在住。この街で流れる音楽のことなどを書き留めたい。
OTHER POSTS
