ナノボロ2023 Day2(8/27)‐ コロナからの呪縛から解放され、あるべき姿に戻ったナノボロの肖像
4年ぶりに『ボロフェスタ』へとバトンをつなげる祭り『ナノボロ』がいつもの場所に帰ってきた。〈livehouse nano(以下、nano)〉をメイン会場に〈□□□ん家(ダレカンチ)〉、〈喫茶マドラグ〉を会場にサーキットイベントとして開催。2017年から会場の一つとして名を連ねていた〈Live&Bar 夜想〉は移転してしまったが、これまでの日常を存分に体感することができた夏の暑さに負けない、熱い2日間を今年もANTENNAがレポート。本記事では2日目となる8月27日(日)の模様をお伝えします。
「コロナ禍のさまざまな制限の中、生きることを模索し、〈KBSホール〉で行ってきたここ数年の『ナノボロ』は私たちに音楽やライブのすばらしさを再確認させてくれました。そして今、それらの制限から解き放たれて、ライブハウスという場所で自分の好きなスタイルで音楽を楽しめる日がやってきました。」
ナノボロのチームリーダー・村尾ひかりからの開会の挨拶から始まったナノボロ2日目。2020年以降〈KBSホール〉で開催されていた同イベントだが、今年は3年ぶりに拠点を同イベントの名前の由来となる〈livehouse nano(以下、nano)〉に移した。いくら声出しをしてもOK、マスク着用の義務もない。コロナ禍という呪縛から完全に解き放たれた、今回の『ナノボロ』。筆者は〈KBSホール〉時代にしか『ナノボロ』は行ったことがなく、今回〈nano〉で同イベントを初体験したのだが、そこで感じたのは距離の近さであった。
キャパシティが70人ほどのライブハウスになったので物理的にアーティストを観る距離感が近くなったことも上げられるが、それだけではなくライブ以外でアーティストと空間を共にするという時間が多いという点も挙げられる。特に〈□□□ん家〉、〈喫茶マドラグ〉はライブスペースだけでなく飲食スペースも兼ねているので、ライブ前、または終わったアーティストと同じ空間でご飯やお酒を楽しむということもあった。またスタッフとの距離も近い。活気のあるボランティアスタッフが笑顔で応対してくれるのはもちろんであるが、業務的な対応ではなく何年もその場で働いている人のごとく自然に働き、積極的にお客さんにも声掛けを行っていた。
だが上記で語った筆者の印象は『ナノボロフェスタ』の頃から同フェスに通っていた人から聞いたら、当たり前の光景であったと聞く。言い換えれば〈KBSホール〉時代の『ナノボロ』は「さまざまな制限の中、生きることを模索」したうえでの代替案であったことがわかる。3年間にわたりコロナと向き合い続けて、元の場所に戻り、以前と同じ距離間をもったフェスができている。それはコロナ禍でライブハウスが危機的状況になっていた時から立ち直り、以前と同じ時間を獲得できた証明ではないだろうか。
音源ではわからないライブパフォーマンスで会場を沸かせるバンドたち
『ナノボロ2023』の2日目トップバッターを飾ったのはSet Free。“くるくる”、“風にさらわれて”と立て続けに抜けのいい、クリアなサウンドと清田 尚吾(Vo)の優しくも華やかな歌声が会場に広がる。サウンド面は渋谷系やネオアコ、90年代のインディーポップをルーツに持つ彼ら。華やかで爽快な音が次々と展開する。さらに陽気な兄ちゃんのような風体のワイニーが、電気グルーヴのピエール瀧のごとく、ある時は笛で三三七拍子を吹き、ある時はレスラーのお面をかぶりスクワットしてライブを盛り上げる。ライブにおいてSet Freeを唯一無二にしているのは、このワイニーの存在が大きい。ラストナンバー“無計画化計画”まで会場を盛り上げ続けたSet Free。『ナノボロ2023』のエンジンをかけてくれるアクトであった。
ライブでしかわからない特色を存分に堪能できたバンドとしてはblondy、Noranekoguts、the seadaysも忘れがたい。
blondyは“Love”、“サマードリーム”など昨年リリースされた2ndミニアルバム『noise and you』のナンバーを次々と披露。音源を聴くとその哀愁を感じさせるメロディラインに聞き入ってしまうが、ライブになるとノイズにまみれた轟音にその注意が向く。その音の系譜的には、My Bloody Valentine、Mogwai、といったシューゲイズの文脈にはあるが、それらのバンドと同バンドが大きく違うのは歌を聴かせるという姿勢だ。奥野陸(Vo / Gt)のエモーショナルで情緒的な歌声はどれだけ轟音であってもかき消されることなく、リスナーの懐へと届く。轟音でありながら、歌も聴けるという絶妙なバランスをとりながら『ナノボロ』を駆け抜けたblondy。そのサウンドコントロールの素晴らしさ、歌声には脱帽の一言であった。
京都発のベースレス二人組バンド、Noranekoguts。パンク、ロックンロール、サイケデリックなど多様なジャンルを横断するサウンドが魅力的で、ライブではルーパーを駆使しし、二人であっても複数人いるバンドと変わりない、緻密で迫力のあるアンサンブルを生み出す。同時に観客はステージ上で音楽が制作されることで、「どのような音楽ができるのか?」という期待と、完成されたときのカタルシスを感じることができる。ルーパーを使用する二人組バンドといえば、ドミコを想像した読者も多いかもしれない。しかしドミコがダイナミックに音楽を仕上げるのを重視するのに対して、Noranekogutsはクールに音を紡ぎだす。“あの日のサンダル”、“気まぐれのセンス”など丁寧に音を重ねてできた音楽にギターの生音を合わせて、清涼感を感じさせるセッションをしていく。その様は熱量高いバンドが多かった今回のイベントの中でも印象的であった。
the seadaysは勢いがすさまじい。“AONATSU”からスタートし、そこから“シトラス”、“僕らのせいにして”など、立て続けて演奏。エモーショナルなサウンドで会場の体温を上げていく。「愛と音はでかい方がいい」という言葉をモットーとする同バンド。会場が割れんばかりの音をかき鳴らし、MCを挟まず次々と演奏を繰り出して、会場の熱量を増幅させる姿にこのバンドの魅力を感じた。またノンストップの演奏にもかかわらず、渡辺りょう(Vo / Gt)の歌声はいつまでも力強く、バンド全体のサウンドも迫力を保ち続けていた。ラストナンバーの“jersey girl”まで、一気通貫にライブを駆け抜けていったthe seadays。まさに「圧巻」という言葉がふさわしいライブであった。
bed、MASS OF THE FERMENTING DREGSといったベテランたちがみせた技巧的なライブアクト
『ナノボロ2023』では若いバンドだけでなく、15年以上のベテランバンドも出演した。その中でもbedとMASS OF THE FERMENTING DREGSの2バンドはその日のハイライトといってもいいくらいに会場を盛り上げた。
まずはbed。“YOU”からスタートし、エモーショナルな情景を構築していく。“完璧すぎる”ではジューシー山本(Vo / Gt)の繊細で透き通るような歌声を披露し、“No Idea”では山口将司(Vo / Gt)の硬質ながらも感情がほとばしる歌声で、相反した魅力を感じさせる。そしてこの2名の異なる性質を持った歌声をクリアに浮きだたせるサウンドを作り上げるのはさすがベテランといったところか。最後に山口はMCで「ここ(『ナノボロ』・『ボロフェスタ』)に呼んでもらえることを大事にやっています。また来年、再来年も呼んでもらえるようバンド活動をやり続けたい」と謙虚に語っていた。どれだけベテランであっても現状に満足せず活動をし続ける、その姿勢こそがbedの真髄であるように感じた。
筆者がMASS OF THE FERMENTING DREGSを最初にライブで見たのは13年も前のこと。重量感のある轟音でたたみかける演奏にただただ圧倒されたことをよく覚えている。時は流れ、『ナノボロ2023』では宮本菜津子の張りのある歌声も、吉野功の力強いビートも、あの頃と何も変わっていなかった。特に“かくいうもの”では、その力強さに加え、洗練されたグルーヴを会場に叩きつけていたのが印象的であった。インストゥルメンタル曲である“1960”ではエモーショナルと冷静を使い分けながら演奏をし、“Sugar”では明るく抜けのいいポップネスなサウンドを展開する。従来持つ重厚感だけではなく、さまざまなジャンルの楽曲を巧みに使い分けて会場を盛り上げる。そのライブは13年の経過を感じさせてくれた。
日常を支え続ける音楽と「性春」の香り、『ナノボロ2023』のトリを飾ったライブたち
『ナノボロ2023』もいよいよ終盤。〈喫茶マドラグ〉のトリを飾ったのはシンガロンパレードのみっちー。演奏された“サニーデイ”、“野良でケッコー”、“ささやかなる抵抗”などは辛い現状をどう明るく切り返せるかをテーマにした曲で、楽曲そのものが持つメッセージと、みっちーの持つソウルフルで力強いハイトーンがマッチしてリスナーへ力を与える。シンガロンパレードの陽気なイメージも彼の魅力だが、弾き語りではよりストレートにその声が心に届く気がした。ラストに披露された“ルートA”を含め、苦しい日常であったとしても、自分を支え続ける歌を届けてくれたみっちー。いつになるかわからないが、バンド編成でこれらの楽曲をまた聴いてみたいものだ。
〈nano〉のトリを飾ったのはホストアンドでもあるULTRA CUB。「大トリを任されて3日前から緊張しています」と会場を笑いで掴んだカーミタカアキ(Vo / Gt)だったが、演奏が始まれば、そんな緊張はどこへやら。1曲目“愛を呼ぶ愛してる愛を叫んでるケモノ”から張り裂けるような胸の思いを、エモーショナルなギターサウンドに乗せて歌う。その後も“絶対”、“everything”と若い男の子が内に秘めている、葛藤、不安、淡い欲望などが煮しめられた「性春」をパワーポップやポップパンクのようなキャッチーさを持つサウンドに合わせて歌い、会場を掌握する。
身動きできないくらい満員の〈nano〉。だがそこにいる誰もが笑顔で、時に手を振り上げて、時にシンガロングをして、ULTRA CUBを最大限に楽しむ。その熱気はこの日、『ナノボロ2023』に出演したアーティストの中でも1番であった。アンコールでは新曲となる“アンビューティフルダンサー”と代表曲“あの娘がセックスしてるなんて俺は絶対信じない”を披露。会場の熱を沸点まで上げたULTRA CUB。ホストバンドとして、そして『ナノボロ2023』の大トリとしてふさわしいライブであった。
育成と結束を兼ね備えた『ナノボロ』という土壌
『ナノボロ2023』2日目も終わったところで個人的に一つ気になっていたことがあった。それは〈KBSホール〉の時はパーティーナビゲーターとして〈nano〉の店長である土龍が務めていた「司会」の仕事を運営スタッフのリーダーであった村尾ひかりが担当していたことだ。その理由について村尾さんに話を聞くと、『ナノボロ』はもともと運営チームを結成し、ブッキングや司会などを行っていたそうだ。だがコロナ禍になり〈KBSホール〉で開催された際に、従来の形から、『ボロフェスタ』の会議内でブッキング等を決めることとなり、そこで土龍がしっかりと関わっていたため司会等を行っていたとのこと。
そして今年、『ナノボロ』が従来のように〈nano〉を中心としたイベントとなったため、従来の運営チームの形に戻した。そして村尾さんが今年初めてその運営チームのリーダーを任されたため、挨拶を行ったようだ。ちなみにこのチームリーダーは1度決まれば何十年も変えないというわけではなく、適宜担当を変えながら受け継がれているとのことだ。
そのように考えれば『ナノボロ』の開催は内側から見るとスタッフを育成することも目的の1つであるように感じる。毎年、この『ナノボロ』というイベントを通してボランティアスタッフと運営スタッフが結束を固め、本祭である『ボロフェスタ』に備える役割もあるのではないだろうか。閉会の挨拶の際に目に涙を浮かべながら挨拶をする村尾さんと、それを祝福するスタッフの姿を見たらそんなことを思わずにはいられない。
『ナノボロフェスタ』の時代を含めると、15年以上も続く『ナノボロ』。歴史のあるフェスでの運営は、若い世代へと育成と引き継ぎが絶え間なく行われている。新しい世代が動き出すための土壌ができているフェスは10年、20年になってもその伝統を絶やすことなく、継続するに違いない。
Photo:渡部翼
You May Also Like
WRITER
-
関西インディーズの水先案内人。音楽ライターとして関西のインディーズバンドを中心にレビューやインタビュー、コラムを書いたりしてます。
OTHER POSTS
toyoki123@gmail.com