加藤和彦がトノバンらしく生きた時代の記録
ザ・フォーク・クルセダーズやサディスティック・ミカ・バンドなど日本のポピュラー音楽史に残るバンドを率い、ソロや楽曲提供、プロデュースなどでも多くの楽曲を残した音楽家・加藤和彦。その生涯を関係者の証言と貴重な映像資料で紡ぎながら、人物像を明らかにしていく映画『トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代』が、5月31日から大阪ステーションシティシネマ、京都シネマ、TOHOシネマズ西宮OSほか全国公開される。
加藤和彦は1960年代にフォークグループ、ザ・フォーク・クルセダーズでデビューし、オリコンチャート史上初のミリオン・シングルとなった“帰って来たヨッパライ”や、“悲しくてやりきれない”などをリリース。
その後ソロ活動に移行し、北山修とのコンビで”あの素晴しい愛をもう一度”を発表。さらにロックバンド、サディスティック・ミカ・バンドとしても活動する。斬新なアイデアに満ちた創作活動で、1960年代後半から70年代の日本のミュージックシーンをリードした。
サディスティック・ミカ・バンド解散後も、作詞家であり妻でもあった安井かずみとのコンビで、『パパ・ヘミングウェイ』、『うたかたのオペラ』、『ベル・エキセントリック』からなる通称「ヨーロッパ三部作」などの意欲作を次々と生み出し、数々の作品を他ミュージシャンにも提供した。
そんな加藤和彦のドキュメンタリー、見どころの一つは出演している関係者のラインアップだ。ザ・フォーク・クルセダーズのメンバーであるきたやまおさむ、サディスティック・ミカ・バンドのつのだ☆ひろや高中正義、フォークルおよびミカ・バンドの歌詞を数多く担当した松山猛など、まさに加藤という人間を浮き彫りにするには十分過ぎるほどの証言者がそろった。また中には本作の企画にも携わったミカ・バンドのドラム・高橋幸宏、そして坂本龍一※も出演。今は亡き二人の証言を聞くだけでも、観る価値がある。
※坂本龍一は音声のみの出演。
だが本作の真髄は「トノバン」のエピソードだ。証言者たちが語る加藤の肖像は魅力的であり、実に面白く、加藤和彦について知らなくても楽しめる部分は多い。例えば初のソロ・アルバム『ぼくのそばにおいでよ』(1969年)で、レコード会社の圧力によってアルバムの内容が変更された経緯を記した抗議文(『児雷也顛末記』)をアルバム・カバーに記載した際の話や、アレンジャーとして参加した吉田拓郎の“結婚しようよ”でドラムを担当した林立夫に自宅の椅子を叩かせてビートとして活用したエピソードなどは、加藤の熱心なファンではない筆者も思わず声に出すほど驚いた。
逆に熱心なファンからすれば少し物足りない部分もあるのではと考える。なぜなら加藤の音楽が後世のアーティストへどのような影響を与えたのかという部分や、加藤の音楽性を理論的に分析をするような話などはあまりされず、彼の奇抜ながら憎めない人物像に主眼が置かれた構成だからだ。
だが音楽よりも、その人柄について語られることこそ「トノバンらしさ」なのかもしれない。映画内で一時期加藤と過ごした音楽プロデューサー、ディレクターの新田和長が語った数々の破天荒なエピソードは加藤和彦が「浮世離れ」という言葉が良く似合う人物だと感じさせてくれる。そしてそれは音楽についてはほぼ触れず、自身の好きな料理や旅、ファッションなどについて語っている著書『優雅の条件』での加藤和彦像を、より強く補強してくれるようにも思える。
わがままで浮世離れしていた人間だけど、証言者が加藤のことを話す際は、みんな笑顔で愛を持って語る。新田和長がミカと加藤が離婚し、その後音信不通となった際は本当に心配したというエピソードを真剣に語った姿からも、新田にとって加藤は人懐っこい末っ子のようにほっとけない存在だったことが見て取れた。もしトノバンが音楽だけが全ての、職人肌な人間ではこの映画は作られなかっただろう。周りを振り回しながらも、親しみをもって多くの人に接していった。それが最終的に「トノバン」が愛されていた理由であると、この映画を観ることでわかる。
そういう意味ではラストシーンも印象深い。本編のラストは映画のために結成されたバンド、Team Tonobanによる“あの素晴しい愛をもう一度〜2024Ver.”のスタジオライブが流れる。同バンドにはきたやまおさむ、坂崎幸之助(THE ALFEE)といった加藤和彦と深い仲であったメンバーもいるが、高田漣、坂本美雨、石川紅奈(soraya)など子ども世代であるミュージシャンたちも参加している。さまざまな世代のアーティストたちが集まって音楽を演奏する姿をみると、まだまだトノバンの魂は死なないということを感じた。
トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代
CAST:きたやまおさむ / 松山猛 / 朝妻一郎 / 新田和長 / つのだ☆ひろ / 小原礼 / 今井裕 / 高中正義 / クリス・トーマス / 泉谷しげる / 坂崎幸之助 / 重実博 / コシノジュンコ / 三國清三 / 門上武司 / 高野寛 / 高田漣 / 坂本美雨 / 石川紅奈(soraya) ほか
ARCHIVE:高橋幸宏 / 吉田拓郎 / 松任谷正隆 / 坂本龍一 ほか(順不同)
企画・構成・監督・プロデュース:相原裕美
制作:COCOON
配給・宣伝:NAKACHIKA PICTURES
協賛:一般社団法人MAM
2024年|日本|カラー|ビスタ|Digital|5.1ch|118分
ⓒ2024「トノバン」製作委員会
オフィシャルサイト:https://tonoban-movie.jp/
X(旧Twitter):@tonoban_movie
5月31日(金)より大阪ステーションシティシネマ、京都シネマ、T O H Oシネマズ西宮O Sほか全国公開
You May Also Like
WRITER
-
関西インディーズの水先案内人。音楽ライターとして関西のインディーズバンドを中心にレビューやインタビュー、コラムを書いたりしてます。
OTHER POSTS
toyoki123@gmail.com