何重にもねじれたユーモアが満載、歌とアコギが主体の12作目
まったく徳永憲というシンガー・ソングライターには粛々という言葉がよく似合う。1998年のデビューから24年。その間必ず2~3年に一作はアルバムを発表してきた。囁くような声だが言葉一つひとつが際立って響く歌唱、他の誰も歌っていないだろう言葉選びやシチュエーションが満載の歌詞、変則チューニングを多用した柔軟な作曲・アレンジなど、彼から生まれるポップ・ソングはいずれも記名性が強いものだ。しかし強烈な個性があるというより、特定の印象に規定されることを周到に避けようとする、審美眼が冴えわたっているのだと思う。またベテランなりの職人的な部分と未だに純朴な少年みたいな部分が常に行き来しているところや、視点の置き方が常にフラットに傍観していることも伴って、他にはない不穏さと浮遊感が漂っている。
約2年ぶりとなる本作は12枚目のフルアルバム。全ての演奏からミックスまでを徳永が一人で行っており、マスタリングは京都〈マザーシップスタジオ〉の野村智仁が手掛けている。前作『牙に見えたよ、君のストロー』(2020年)ではギター・ポップからの影響を率直に表したが、その揺り戻しとコロナ禍での制作ともあってアコースティック・ギター弾き語りを軸としたプリミティブな作品となった。だから前作の印象と地続きに本作を聴き始めると、冒頭の“あたためたよ、ベンチ”から一人輪唱という見事な先制パンチを喰らうだろう。この曲を筆頭に“ひとくちちょうだい”、“ターゲットと呼ばれて”など多重コーラスが肝の曲も多く、幻惑的なアシッド・フォーク作品と捉えることもできる。また恋をして足がつってしまった“恋のこむらがえり”、二人で腕を組むことを肘鉄と捉える“肘鉄”、様々な事象に存在している紐について歌った“紐”など、普遍的な状況に対するフォーカスの仕方でひねりを加える情景描写もたまらない。
しかし表題曲“今バリアしてたもん”では一転、通底している客観視点からはみ出した、確かな主張が見られる。
欲にまみれた奴らに屈服はしないよ
ずるい奴ほど恫喝するからよく見とけ
綺麗事を言う奴はいとも簡単に裏切るぞ
僕は決して奴らに魂を売りはしない
語気こそ強いがここで異を示しているのはむしろ物事の良し悪しを一義的な尺度で判断したり、周りを丸め込もうとする態度だとすると、やはり一貫している。でもこの偏った加担からの抵抗宣言だって、たまらず直後に「今バリアしてたもん」という子どもの発言のようなユーモアで煙にまいてしまう。何重にもねじれているが、どこまでもフラットでいたいという姿勢を強く感じるのだ。
滋賀在住である徳永に先日Zoom取材した際、50代に差し掛かった現在まで一貫して変わらぬペースで創作を続けられている理由について尋ねた。当然若い頃よりもメロディーの閃きは減ってくるが、大量に曲を書いていた20代前半の頃のストックがまだまだ眠っており、そこから得たインスピレーションと積み重ねた経験を複合することで無理なく制作しているとのこと。また「若い頃の自分と共作している感覚」とも付け加えてくれたのだが、徳永憲という一人のアーティストの中に現在と20代の自分が分裂して同居しているような、やはり多義的な視点と感覚を大切にしていることがわかる発言であった。
漫画家・黒田硫黄による不思議なジャケットもさらに謎を呼んでくるような本作。人生も達観して考え、柔軟に変化を遂げてきた彼のユーモアは、何度も反芻したくなるような魅力が詰まっている。
今バリアしてたもん
発売:2022年3月23日
フォーマット:CD
価格:¥2,500(税抜)
品番:WAKRD-080
収録曲
1.あたためたよ、ベンチ
2.今バリアしてたもん
3.恋のこむらがえり
4.君がそばにいる
5.肘鉄
6.紐
7.ひとくちちょうだい
8.ターゲットと呼ばれて
9.いくじなし
10.低迷
11.森で
12.思いつめちゃいけない
13.いつかふれる
14.因果律
WAIKIKI RECORD 購入サイト:https://waikiki.thebase.in/categories/4167686
徳永憲
1971年滋賀県出身。学生時代はデモテープ作りに明け暮れ、上京後、外資系レコ屋店員をへて1998年ミニ・アルバム『魂を救うだろう』(ポニーキャニオン)でデビュー。以降、変則チューニングを多用したオルタナなアコギを弾きながらの、一風変わったポップソングをコンスタントに発表している。
You May Also Like
WRITER
-
1991年生まれ。大阪北摂出身、東京高円寺→世田谷線に引っ越しました。
OTHER POSTS
ANTENNAに在籍しつつミュージックマガジン、Mikikiなどにも寄稿。
過去執筆履歴はnoteにまとめております。
min.kochi@gmail.com