日本とアジアの音楽をつなぐ祭典であり運動体、再び-BiKN shibuya 2024 クロスレポートNo.2
2024年11月3日、アジアの音楽シーンにフォーカスしたサーキット型ライブショーケース『BiKN shibuya 2024』が開催。「アジアで注⽬を集めるアーティストが⼀堂に介する」というコンセプトのもと、2度目となる今回も国外20アーティストを含む、バラエティに富んだ全38組が出演した。昨年に引き続き、ANTENNA編集部2名がそれぞれの視点で当日の模様をレポートする。
Cover photo:Chiaki Machida(The Black Skirts 검정치마)
日本とアジアの連帯は確実に加速している
昨年、初開催だった『BiKN shibuya』のライブレポートのタイトルに「発令!アジアに向けた日本からの開国宣言」と付けたのは他でもない。実行委員であり《THISTIME RECORDS》社長の藤澤慎介さんがインタビューで語ってくれた「音楽シーンにおいてアジアの国々が連帯を結んでいる中で、日本が取り残されていることへの危機感」によって立ち上がったこのフェスティバルが、その状況にしっかり「待った」をかける見事なメッセージを放っていたからだ。
しかし『BiKN』のゴールはこの1回の成功ではない。この場所で醸成された日本とアジアの連帯のムードに、もっと多くの人たちを巻き込み、持続し、拡大していく必要がある。だから『BiKN』とはフェスティバルというより、この一連の開国運動体のことであると言った方が実態に合っているし、その志を伴って広がっていくのではないかと勝手に思っている。
さて、昨年の開催から1年が経ち、日本の状況はどうだろうか。7月に茨城で行われた『LuckyFes』は「アジア最大のテーマパーク型フェス」というテーマを掲げ、台湾のクラウド・ルー(盧廣仲)やベトナムのChilliesなど4組のアジア・アーティストが出演。9月に長野で行われた『りんご音楽祭』では台湾インディーズ専門ステージ〈ROMANTIC TAIWAN STAGE〉が設けられ、淺堤 Shallow Levée、馬念先 Ma NianXian、百合花 Liliumが出演。さらには「アジアの文化的連帯の中で、新しい社会のありかたを模索する」を掲げたアートと音楽の都市型フェスティバル『DEFOAMAT』が代官山で開催され、韓国のLEENALCHI、タイのYONLAPAやSoft Pineが来日するなど、アジアをテーマにした音楽イベントは増加している。また昨年『BiKN』にも出演した韓国のSilica Gelは6月に単独公演を渋谷〈WWWX〉で開催。こちらは『BiKN』が手掛けていたが、告知前に先行販売が完売するほどの人気の高さで、急遽翌日に追加公演を行うまでの事態になった。一方で8月にはタイ・バンコクで日本の『サマーソニック』が初開催されたのも忘れてはならない重要トピックスだ。
『BiKN』が放った火種がいくつかの場所に散らばっているのかもしれない。10月16日、台湾のスリーピースバンド、拍謝少年 Sorry Youthの来日ツアーの新代田〈LIVE HOUSE FEVER〉公演で、久しぶりに藤澤さんに出くわした。盛況のフロアの中、筆者を見つけるなり「なんかちょっとだけ、状況が動いてきたんじゃない?」と話してくれた彼の顔には、ほんの少しの手ごたえと、まだまだここからとばかりに今年も『BiKN』を成功させなければならないという意地が見て取れた。
東京・渋⾕の6会場をジャックし、今年もサーキット形式で開催された『BiKN shibuya 2024』。出演するのは国外20アーティストを含む全38組。台湾の淺堤 Shallow Levée、そして日本のLucie,Too以外は全て初出演という思い切った顔ぶれだ。また国内勢はそれぞれアジア進出を果たしているアーティストが中心で、ねおち neochiやRAY(BAND SET)のようなアイドルも名を連ねているところにも大きな変化を感じる。今年も一日中往来しながら観た、海外アーティストのステージを中心に会場の様子や気配を伝えられればと思う。
中国インディーアーティストの先陣を切った花墙FancyWall
開演時刻の12時。昨年同様、会場一帯はまだ落ち着いている。昨年から会場は一つ減り、また物販スペースからさらに裏手にあったフードエリアも思い切って省略。また〈O-nest〉への入場がエレベーターから階段に変わっているなど、昨年から会場の設計や導線は最適化されている。筆者がまず足を運んだのはメインステージ〈O-EAST〉のトップを務める中国の5人組、花墙FancyWall。結成は2013年と10年以上のキャリアがあり、各種配信サービスでは今年発表された『轉子心(Rotor Heart)』を含め3枚のアルバムを聴くことができるが、日本で触れられる情報はまだ少なく今回が初来日ライブとなる。
アッパーなダンスミュージックをエモーショナルなバンド・アンサンブルで鳴らし、四つ打ちの“Cyber Beast”では早速前方の観客を飛び跳ねさせていた。快活だが耽美的にも感じられる楽曲群にはFranz FerdinandやPhoenixからの影響も感じられる。ボーカルは3人が楽曲ごとに交代していくのも見ごたえがあったが、とりわけキーボードのメンバーが演奏そっちのけでマイケル・ジャクソンばりにターンしたり、the telephonesの岡本伸明ばりに暴れたりと目が離せない。またバックスクリーンに投影された簡体字の歌詞が流れる映像もビビットで、ラストの壮大なバラッド“克莱尔(Where is my Claire?)”ではMVとシンクロした、見事な演出が施されていた。ラストには「感謝東京!」というメッセージと共に、Instagramアカウントと最新アルバムの配信リンクのQRコードがでかでかと表示される。まだフロアを埋める観客は三分の一ほどか。しかしこれを見過ごしたのはあまりにもったいないぞと、これから増えゆく観客たちに言いふらしたくなるほどの印象を残した。
中国では各種SNSやストリーミングも独自の国内サービスが定着しているため、他のアジア各国よりも情報をキャッチしづらい。昨年の『BiKN』は中国インディーバンドの象徴的存在であるCarsick Cars一組の出演だったが、今年はこのFancyWallを皮切りに動物園釘子戶 Zoo Gazer、缺省 Default、KyoYoko、Shiiとずらり5組が並んでいた。若き中国のアーティストたちと出会い、どっぷり堪能できる機会になっていたのは今年の『BiKN』の狙いの一つだったように思える。
Photo:Chiaki Machida
ikkubaruの奮闘が報われた5年ぶりの来日ステージ!
初めて日本に打って出た花墙FancyWallとは対極に、日本とは長らく関わり続けてきたバンドがインドネシアの4人組、ikkubaruだ。日本のシティポップに影響を受けたバンドとして初めて話題になったのはちょうど10年前の2014年。翌2015年に初来日を果たして以降、日本のアーティストとのコラボレーションや楽曲提供も数多く行ってきた彼らが、今回約5年ぶりの来日を果たした。
メンバー4人とコーラスにミーナ・ヌルマラ(Mirna Nurmala)を迎えた5人でステージに登場し、今年リリースされたアルバム『Decade』のラストナンバー“The Man In The Mirror”からスタート。分厚いコーラスワークによるスウィート・ソウルな装いで〈O-nest〉に詰めかけた観客を出迎えた。すでに満員状態だが、なおも人が押し寄せ、スタッフから前に詰めるアナウンスが飛ぶ。彼らが目当てで到着時間をここにした人も多いのだろう。ムハンマド・イックバル(Muhammad Iqbal)(Gt / Vo)は流暢な日本語で「5年ぶりだね、もうみんなおじさんになった」と冗談を飛ばしながら、終始和やかなムード。日本語詞で歌われる“Skyline”や、TOTOの“Rosanna”ばりのシャッフルが心地よい“Summer Love Story”など、ポップ・ミュージックに対する確かな探求心を感じる極上の演奏が続いてく。クライマックスには“City Hunter”~“Amusement Park”と、彼らの楽曲の中でも80年代シティポップ純度の高い、初期の楽曲2つを連続で披露してステージを終えた。
ここ10年間、インドネシアと日本の音楽の懸け橋的な役割をほぼ一手に担っていたikkubaru。アジアン・アーティストたちが日本に結集するこの『BiKN』が実現しているのは、彼らの奮闘も一因になっていると言えるだろう。それが今、多数の出演者の一組としてこのステージに立っていることが感慨深いライブだった。
Photo:Ruriko Inagaki
Mei Semonesはブルックリンから新たな日本語表現を生み出す
今回の『BiKN』で唯一アメリカから来日を果たしたのは、ブルックリン在住のシンガーソングライター兼ギタリストのMei Semones。Beach FossilsやFrankie Cosmos、yeuleなどの作品を手掛けてきたレーベル《Bayonet Records》から今年デビューEP『Kabutomushi』を発表したことでも話題になった、現在24歳の新星だ。エレキギターの弾き語りで登場し、“Tegami”から演奏スタート。日本人の母を持つ彼女の楽曲の特色は、何といっても英語と日本語が入り混じった独自の歌詞である。情景豊かにストーリーを描くというより、語感のおもしろさに重きを置いた言葉選びがユニークで、日本語と英語のパートが切り替わるたびに別の世界へと連れていかれるようなトリップ感を覚える。またとつとつとソフトに歌う歌声もなんともキュートだ。しかし“Wakare No Kotoba”や“Inaka”、未発表曲である“Dumb Feeling”などで多用されるジャズ、ボサノバ仕込みのレガートフレーズを、歌いながら涼しい顔で弾きこなす姿はやはり生粋のギタリスト。終始浮遊感と緊張感が混ざり合った独特の空気が会場を満たしていた。
昨年は日本をルーツに持つena moriがフィリピンから出演していたが、アメリカからの来日アーティストは彼女が初。「日本とアジアの懸け橋」を目指しながら、世界中に散らばる日本を含めたアジアのルーツと熱源も察知していくという、『BiKN』のビジョンの拡張性を体現していたステージだった。
Photo:endo rika
Silica Gelとは異なる豊穣な歌の世界、Noridogam 遊び図鑑
タイムテーブルも中盤に突入した16時。観客の数は増え続け、それに伴って耳に入ってくる日本語以外の会話が増えてくるのが面白い。とりわけ韓国語が飛び交っていたのは〈O-nest〉のステージに上がったNoridogam 遊び図鑑だ。
昨年の『BiKN』のステージでも衝撃を残し、その後発表したアルバム『POWER ANDRE 99』で一躍韓国のトップ・バンドの一組になったSilica Gel(실리카겔)のギタリスト、キム・チュンチュ(김민수)によるソロ・プロジェクトである。ドラム、ベース、キーボードに、クラリネット・サックスのメンバーを擁したバンドセットで登場。1曲目の“Rainbow 무지개”から温かみのあるフォーク・サウンドが包み込む。Silica Gelでの硬質なトーンと傍若無人なプレイで見せるスーパーギタリストとは正反対の、素朴で穏やかなシンガーソングライターとしての佇まいだ。“Summer Fantasy 여름에 꾸는 꿈”でのギターの指板を身体に寄せて凝視しながらアルペジオをつま弾き、ドラムはパートごとにスティックをブラシやマレットに変え、クラリネットが静かにむせび泣く。また“The Liar’s Tragedy 거짓말쟁이의 비극”では前方の観客との軽やかな掛け合いが起こる。どの演奏をとっても繊細で抑制された極上のアンサンブル。「まだリリースされていないので聞いてみてください。タイトルは“青い犬の村”です」とスマホで作ったカンペを見ながら、日本語でMCを行うところに誠実さもうかがえる。
今年playbooksからNoridogamへの改名を発表し、この日新曲も複数披露。ロックバンドのメンバーのサブ・プロジェクトと見なすにはあまりにもったいない、今後の動向を追いたくなる豊穣な歌の世界だった。
Photo:Chiaki Machida
2年連続の淺堤 Shallow Levée、日本だからできるライブ表現を求める
時刻は18時45分、各会場トリの出番が始まる時刻になってきた。シンガポールのSobsが出演する〈O-nest〉ではついに入場規制がかかり出す。そのさらに上の階に位置する〈7th FLOOR〉は唯一エレベーターで行く必要があり、時間がかかる分、緩やかではあるが一定のペースで観客が増え続ける。ここのトリを務めるのは2年連続出演となる、台湾・高雄出身の4人組バンド、淺堤 Shallow Levée。昨年は約5年ぶりの来日となったが、今年に入ってからはすでに2回日本でライブをしており、今回も東京・名古屋・京都・松本を回るツアーと合わせた日本での公演となる。昨年の『BiKN』をきっかけに、最も日本との距離が近づいたアーティストと言えるだろう。
ライブは“多崎作 Colorless Youth”からスタート。イーリン(依玲)(Gt / Vo)の優しくも憂いを湛えた声がじわじわと会場を満たしていく。続く今年7月にリリースされた新曲“我變了I’ve changed”では一転、前のめりなギターロックでイーリンの「シブヤー!」との呼びかけに観客が沸く。4人の表情も柔らかく、肩の力が抜けたバンド・アンサンブルは、すでに4公演を駆け抜けたことによる賜物だ。中盤にはこの来日に合わせて準備してきたであろう、サニーデイ・サービス“苺畑でつかまえて”の中国語カバーも披露。この楽曲の背景に潜む郷愁や空虚さをさらに引き出すような情感が素晴らしい。その後に披露された“夜晚的牠知道 See through the Dark”や“陷眠 Daydreaming”も、ラストに披露された“信天翁 Albatross”だって、Shallow Levéeの歌の中には常に心に傷を負いながらも生活に絶望せず、共に生きる人を思いやる慈悲と慈愛が息づいている。この日本ツアーのラスト・ステージとして、名残惜しさと確かな手ごたえを滲ませながら50分をやり切った。台湾の雄としての堂々たる存在感を見せつけた。
Photo:Chiaki Machida
BiKNの権威を高める日本初ライブ、The Black Skirts
20時を過ぎ、メインの〈O-EAST〉では今年のヘッドライナーである韓国のThe Black Skirts=チョ・ヒュイル(조휴일)のステージが始まる。黒のスーツ衣装できめた6人編成のバンドメンバーが登場。漆黒の背景には白抜きの文字で大きく韓国語表記「검정치마」と投影されている。女性の声のSEが流れ、自身のバンドAKUAやsummercomesagainでも活動しているファン・ジェヨン(Gt)による歪み切ったギターストロークが鳴る。最新アルバム『TEEN TROUBLES』の1曲目“Flying Bobs”からのスタートだ。
日本には2019年のアルバム『THIRSTY』発表時のアジアツアーで来日する予定だったが、台風接近のため中止。今回、約5年越しの初来日となった。またライブ自体が昨年の夏以来のようで、どうりで韓国から来た観客が多く、特にフロア前方のテンションが終始高い。イントロ一音鳴らすだけで沸く歓声の大きさにつられて、初めて目の当たりにする我々も一体感をもって演奏に酔いしれることができた。15年以上になるキャリアを横断するかのようなセットリストであり、とりわけ中盤までは“Hollywood”や“Hawaiian black sand”などドリーミーなラブソングが数多く披露される。そのムードが最高潮に達したのは飛び切りの純愛を歌った代表曲“EVERYTHING”だ。後半にかけてシューゲイズ的に演奏が高ぶっていくのもロマンチックであり、この時ばかりは前方の観客もシンガロングをするより、ただ目の前の演奏を浴びるのに集中している様子。この光景は今年の『BiKN』全体通してのハイライトだ。
合間のMCではたい焼きへの愛を話し、観客においしいお店の情報を求める一幕も。後半戦は一転して、“Baptized In Fire”などまるで初期衝動を詰め込んだブリットポップ・バンドのごとく、アッパーな演奏で畳みかけてくるのもたまらない。たっぷり70分のステージを“Our Own Summer”で壮大に締めくくった。退場した後もアンコールが鳴りやまず、もう一度登場し手を合わせながら改めて終演を告げるチョ・ヒュイル。近年ではNewJeansの楽曲も手掛けるなど、韓国を代表するシンガーソングライター / プロデューサーでありながら、その楽曲とパフォーマンスでは未だにインディー精神をのぞかせている圧巻のステージであった。
Photo:Chiaki Machida
BiKNにだけに担わせるんじゃない、この運動に加担するんだ
昨年の初開催時は、誰もやっていないコンセプトを引き受けた衝撃もあった。それがあまりにフレッシュだったからこそ、今年はいわゆる「二年目のジンクス」にならないか懸念もあったことを正直に告白しておきたい。しかし実際は出演アーティストのステージの素晴らしさ、国籍を飛び越えて入り乱れるフロアの空気、なによりまだ知らない音楽の世界に出会える喜び……どこをとっても『BiKN』でしか味わえない感覚は昨年よりも確実に増している。その一方でその志の高さ、出演アーティストの豪華さや実力で言えば、もっと最初から最後まで観客が満員状態になってほしいし、渋谷・円山町周辺の会場では収まらず規模を拡大するほどの状況にもなってほしい。まだまだこのフェスティバルは過渡期にあるし、重要度は年々増していくだろう。
開催が終わって、11月14日。XとInstagramの公式アカウントから「日本からアーティストのアジア進出を見据えた、小規模なショーケースイベントの定期開催を考えています。あなたが今後、海外フェスやBiKNで観てみたいアーティストを引用やリプライで教えて下さい」とのリクエストがポストされている(参照)。アジアから日本に呼び込む動きから、次は日本からアジアへ。『BiKN』の第二フェーズが始まる。さあ、この運動に加担するんだ。
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1991年生まれ。大阪北摂出身、東京高円寺→世田谷線に引っ越しました。
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ANTENNAに在籍しつつミュージックマガジン、Mikikiなどにも寄稿。
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