関西発のイベント・レーベル〈NEVER SLEEP〉から、2022年3月22日にコンピレーション・カセット作品『FALL ASLEEP #3』がリリース。シリーズ3作目となる今回は、過去にも参加した顔ぶれも含む、全11組のバンド、シンガーソングライターの楽曲が収録されている。現在的な目線で聴くことができる新たな国内フォーク・ミュージックを一望するような本作の魅力を、過去2作品に引き続き全曲レビューで紐解いていく。
side A
A1.Hello, Yellow Brick Road / アポンタイム
三輪卓也(Vo / Gt)がひとたび歌い出し、アコースティックギターをストロークした瞬間にぶわっと広がる、きらきらとした憧れ入り混じるウェスト・コーストの香りよ。カラッとしていて少し鼻にかかる声は奥ゆかしくて、あったかい。ささやかだけどポップミュージックの旨味をしっかり抽出した歌を聴かせる、彼の粋な存在感を例えるとしたら「日本のStephen Bishop」と言ったところだろうか。様々なミュージシャンのギターサポート、レコーディング、またソロとしても活動している彼を中心に、2019年結成された4人組バンドがアポンタイムである。
“Hello,Yellow Brick Road”というタイトルは、Elton Johnの“Goodbye Yellow Brick Road”(1973年)に対する明らかなオマージュだ。舞台は『オズの魔法使い』にも登場する黄色いレンガ道だが、エルトンが今から半世紀前に別れを告げたこの道を、彼らが憧れの場所として新たに訪れ嬉々と踏みしめているような構図で描かれている。ギターストロークとピアノが主体となってのんびりとした牧歌的な光景を描くミディアムポップス。聴いているこちらがアリガタキシアワセという気分になってしまう。(峯 大貴)
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A2.一杯分のコーヒー / Saboten Neon House
本コンピレーションの1作目では“緑の炭酸”を提供し、本作においては中村功大(Ba)が平岡ひぃら“こんなかんじで”にも参加している東京の4人組バンド。〈NEVER SLEEP〉がキュレーションする「今を感じる日本のフォークロック、ルーツミュージック」という思想を最も体現している良心のような存在だと勝手に思っている。
タイトルからは服部良一作曲の流行歌“一杯のコーヒーから”、もしくはディランの曲名からとられた山川直人の短編漫画集『コーヒーもう一杯』なんかを思わせたが、コーヒーとささやかな会話がある風景を描き出すという点で、やはり高田渡“コーヒーブルース”の遺伝子を感じる。伊佐郷平(Vo / Gt)の朴訥とした声に、まるで体重増量を自覚した時のようなたぽんたぽんと進む重いビート。一度終わったかと思ったら、ギターソロをバックにカズーの音色が鳴り響く。ぽかぽか陽気のジャグ・アンサンブルだ。まったり、ぐうたら、のんべんだらりを表現させたら、今彼らの右に出るものはいない。(峯 大貴)
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A3.双葉 - 弾き語り / むらかみなぎさ
1997年生まれ、東京都内を中心にライブ活動を行っているむらかみなぎさ。ギター弾き語りが基調だが、先日リリースされた『わたしたちの野原』では本コンピレーションの2作目に参加したkiss the gamblerのかなふぁんがピアノ・コーラスで参加。またTHEラブ人間“晴子と龍平”にゲストボーカルとして加わるなど、表現も活躍の場も少しずつ幅が広がっている最中だ。
“双葉”は屈託のないハミングから始まり、バース部分の抑制した歌唱からリズムを落として叙情をにじませる。そしてブルージーなコード進行となり突き抜けるような地声と儚いファルセットを行き来しながら繰り返される「何かいいこと考えている」……聴いていて気持ちいい声とはこのことなんだという実感が続いて溺れそうになる、幸せな216秒間だ。一見スタイルが近そうなあいみょんやカネコアヤノや柴田聡子と比較しようにも、それだとなんだか魅力を言い当てられない気がする。しなやかなノリとうねりのある声そのものに特有のパワーを感じるのだ。すくすく育て!のびのびした歌を聴かせておくれ!(峯 大貴)
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A4.こんなかんじで / 平岡ひぃら
愛媛県生まれのソロアーティスト。近年ではシティポップとヒップホップを取り入れた音楽ユニットOffo tokyoのメインボーカルとしての活動も精力的だ。3月に発表されたソロ名義では約1年半ぶりの楽曲“Sun Goes Down”はYMBの宮本佳直からの提供。これがまたエレクトロサウンドを取り入れたグルーヴィーな楽曲で、Offo tokyo同様こちらでもクールなポップ歌手街道を邁進していくような印象を受けた。
しかし本曲“こんなかんじで”はまるでその対極。ギター・コーラスで参加している平松稜大(たけとんぼ)の詞曲ともあって、アコースティックギター主体の穏やかでいなたいフォークロックに仕上がっている。でもただブルージーで土臭い印象だけでもないのは、ひぃらのハスキーな色気があるボイスが乗るからこそ。まるで90年代の江口洋介のような爽やかな風が吹き抜ける。様々な取り組みを経たことで、本コンピレーションの第1弾に収録されていた“温温”の時よりも、彼の歌には多層的な表情が窺えるようになったと思う。(峯 大貴)
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A5.旅に出る / 路地
多摩田園都市を拠点に活動する5人組バンド、路地の“旅に出る”を聴いたときに思い起こしたのはHenry Manciniの“Moon River”である。フルートで導かれる幽玄なイントロがそれを思い起こさせたのかもしれないし、飯島梢(Vo / Fl)の透明感を持ちながらも低音域を響かせる歌声が映画『ティファニーで朝食を』で寂しげに歌う、Audrey Hepburn演じるHolly Golightlyを思い起こさせたのかもしれない。
だが本作と“Moon River”で一番共鳴しているのは「何事にもとらわれない生き方」を旅という形で歌にしているという点である。だれの指図も受けず、まだ見ぬ世界に流れ者が旅に出ていく“Moon River”の精神性は、〈いつかは何にでも きっと何にだってなれる/二つ目の月見え隠れする前に そっと旅に出る〉と歌うこの曲に引き継がれている。(マーガレット安井)
A6.冷めた熱 / モテギスミス
モテギスミスのソロ音源は、まるでバンド用のデモをそのままリリースしたのかと思うことがある。それは作りこみをせずに奏でられるアコースティックギターの音色や、宅録ならではの生々しくざらついた音響がそう思わせるのかもしれない。また『宅録集 ~犬になるまで~』の楽曲の大半や『FALL ASLEEP』に収録された“はりぼて”が後にモテギスミスバンドとして再録されたことからも、一部は事実なのだろう。
ただ本曲はそれとは違うように感じる。深くディレイのかかったサウンドや、水面に絵具を垂らしたかのような滲んだ声で冷淡と情熱を行き来するモテギのボーカリング。幾重にも連なった音像など、今までの彼女らしくない作りこまれた作品だ。またモテギスミスバンドではボーカルがしっかりと立った歌い方をしているのだが、本作ではサウンドに溶け込ますかのような歌い方をしている。そういう意味では今までのモテギの作品とは違った、新しい側面を見せてくれる曲がこの“冷ました熱”ではないだろうか。(マーガレット安井)
side B
B1.刺激的な昼下がり - Live / 岡林風穂
岐阜県多治見市を拠点とするシンガーソングライター岡林風穂。ANTENNAでレビューも掲載した3rdアルバム『刺激的な昼下がり』の表題曲のライブバージョンである。昨年、約半年に渡ってkiss the gamblerと行った全国ツアーの最終公演、甲府市〈桜座〉でのテイク。この日は本日休演の有泉慧(Ba)と、ラブワンダーランドを始めバンドだけではなくMV監督、映像作家としても活躍している小池茅(Dr)をサポートに迎えた3人編成で演奏されている。
穏やかなトーンで矢継ぎ早にユーモラスな言葉を繰り出していく語り口は立て板に水。特にこの楽曲は〈右と左のお箸が違う種類 間違ってても気づかないふり〉〈植物に水をやる霧吹きと同じ水で寝ぐせ直す〉など、ルーズな日常に張り巡らされたあるあるワンダーランドといった様相を呈している。サウンドにおいてはフォーキーな弾き語りであるはずが、この日の有泉、小池によってダブ風味のアレンジがされることで異質同体なゴキゲンソングに大きく様変わり。普段はテンションがあまり変わらない岡林の歌唱も演奏に乗じて、言葉尻でシャウトする場面も垣間見える貴重な音源だ。(峯 大貴)
B2.鳩の日曜日 / 鯉沼寿帆
曲作りとギターの弾き語りを始めたのは2021年。正式な音源はCD-Rと配信サービスで聴ける4曲のみと、今回の参加アーティストの中では最も新星と言えるだろう、鯉沼寿帆(こいぬまことほ)。
室内の空気をたっぷり含み、やわらかなリバーブがかった音像には、素朴な生活感とどことなく気品を感じさせる。ジャカジャカと鳴らされるコードバッキングは拙いところもあれど、冒頭やアウトロに入るアルペジオには不思議な余韻が残る響きを含ませている。そして溜息みたいに吐き出す歌声は伏し目がちで、憂愁と奥ゆかしさを秘めている。この曲で歌われる鳩とは何を表しているのだろう。群れを見つけた子どもが追い回している休日の家族の風景か。はたまた愛の象徴として焦がれる人への想いを託している様か。豊かな余白が儚くて美しい、本作の中でもとびきりに異彩を放っている楽曲だ。(峯 大貴)
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B3.日本の文化 / たけとんぼ
まるで『水曜日のダウンタウン』を見ているときのような、笑みを浮かべてしまった。平松稜大(Gt / Vo)と和泉眞生(Gt / Vo)のフォークバンドたけとんぼの“日本の文化”。〈ヒット曲はサビだけ聴いて/ドラマは倍速でオープニング飛ばして〉という歌い出しを聴いて、とにかく驚いた。平松稜大が書く詞は四季の情景を下地にしながら、日常と叙情を交錯させるイメージを持っていたので、まさかここまでシニカルな方向へぶっとんだ曲が出てくるとは思いもよらなかった。倍速視聴、タイムパフォーマンス志向、ファスト映画、Z世代のコンテンツ消費動向、それらを4分間で煮詰めたうえで、歌う当人はどこ吹く風のごとく軽やかに歌う。そしてそれを“日本の文化”と名づけるセンスたるや。
対象者に同調する、または否定する立場を取るのではなく、対象者から一歩引いた地点で問題視されていることを日常の出来事のようにして歌う。その構造は従来のお笑い番組をメタ的に取り扱い、笑いをとるスタンスの『水曜日のダウンタウン』と同じものを僕は感じた。平松稜大には藤井健太郎のような視点もあるのではないだろうか。(マーガレット安井)
B4.留守にする - 2022 ver. / 大山りょうとぎがもえか
なぜこの曲を改めて歌うのか。“留守にする”(2021年)という曲は70年代ニューミュージックを下地にしながら、コロナのせいで水槽の中にいるような息苦しい日々を、少しでも他人事として引き離そうとするために歌われた曲であった。今もこの状況は変わっていないから再びこの曲を歌おうとしたのか。いや、多分それは違う。
;”>今回の編成では、ぎがもえかの夫である大山りょう(Pf)が参加している。そのこともあってか落ち着きをもって、この曲に臨めているように感じる。以前のものと比べればわかるが、本作はかなりゆっくりと歌われている。それはまるでコロナ禍は変わっていない、でも私は落ち着きをもって現在と向き合えていると言っているかのように。世間では規制が緩和され、少しずつコロナと一緒に暮らすことが当たり前のような風潮に落ち着いてきている。そういう今の空気をこの曲は捉えているのかもしれない。(マーガレット安井)
B5.しゃららん - Live / シュウタネギと愉快なクルー
シュウタネギという人物は楽曲に「何者にも干渉されない自由さ」を求める人物である。彼のやっているラッキーセベン、WANG GUNG BAND、かつてのバレーボウイズだって、それぞれに細かな違いはあれど、本質的な部分は「自由さ」という1点に集約される。だからどの曲も、社会から断絶されたしがらみのない世界を作り出そうとしており、その点では小沢健二が提唱する「魔法的」を忠実に行っているアーティストの一人だともいえる。
この”しゃららん”もそうだ。思い起こすのはRichard Linklater(リチャード・リンクレイター)監督の『恋人までの距離』で描かれたYOU&Iの美しい世界。ただその幻想は〈僕らにかかった魔法は/午前3時まで〉と歌う以上、無限のものではない。だが、たったひとときであろうと真夜中の商店街をYOU&Iの美しい世界へと変化させる。そんな「魔法的」な部分こそシュウタネギが作り出すポップスの魅力なのである。(マーガレット安井)
Twitter:https://twitter.com/neegi9230
Various Artists『FALL ASLEEP #3』
発売:2023年3月22日(水)
フォーマット:カセットテープ
価格:¥2,200(税込)
販売:https://neversleep.theshop.jp/items/72243134
収録曲
side A
1.Hello, Yellow Brick Road / アポンタイム
2.一杯分のコーヒー / Saboten Neon House
3.双葉 – 弾き語り / むらかみなぎさ
4.こんなかんじで / 平岡ひぃら
5.旅に出る / 路地
6.冷めた熱 / モテギスミス
side B
1.刺激的な昼下がり – Live / 岡林風穂
2.鳩の日曜日 / 鯉沼寿帆
3.日本の文化 / たけとんぼ
4.留守にする – 2022 ver. / ぎがもえか
5.しゃららん – Live / シュウタネギと愉快なクルー
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WRITER
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1991年生まれ。大阪北摂出身、東京高円寺→世田谷線に引っ越しました。
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ANTENNAに在籍しつつミュージックマガジン、Mikikiなどにも寄稿。
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