今また初期衝動に戻ってきた – リクオ『Gradation World』リリースインタビュー–
〈名は体を表す〉ではなく〈「音楽」は体を表す〉。ローリング・ピアノマン、リクオ3年ぶりのオリジナル・アルバム『Gradation World』を聴くと、こんな言葉が思い浮かんだ。現在54歳、来年にはCDデビュー30周年を迎える彼の心情とモードが今までになくストレートに反映された全10曲。サウンド・プロデューサーである森俊之とここ数年活動を共にしている自身のバンドHOBO HOUSE BANDとがっぷり四つにスクラムを組み、バンドサウンドをど真ん中に据えた仕上がりだ。
盟友ウルフルケイスケを迎え「今も魔法がとけない」とロックンロールへの心酔をストレートに表明する“永遠のロックンロール”、RCサクセションを始め影響を受けた音楽への敬意に溢れた仲井戸“CHABO”麗市参加の“オマージュ-ブルーハーツが聴こえる”、二項対立に陥りがちな社会に対して愛を持った警鐘を鳴らす“グラデーション・ワールド”、50代の同世代に向けた応援歌ともとれる“満員電車”、“だんだんよくなる”、2017年に故郷・京都に拠点を戻すまで長らく腰を据えていた神奈川県・藤沢の光景を置手紙のように描いた“海さくら”……。ここにはベテランのキャリアならではの洗練・熟達を打ち出した表現も、これまでを振り返るような回顧もない。寄る年波に抗うのではなく、確かなエネルギーとして受け入れてしまうような、生々しくって瑞々しいパッションに溢れた〈ネイキッド・リクオ〉と言える作品である。
このインタビューは毎年リクオが主催し、今年も5月に京都磔磔公演を皮切りに開催されたコラボ・ライヴイベントHOBO CONNECTIONの東京・代々木Zher the ZOO公演を終えた翌日に敢行。関西へと戻る直前にスーツケースひとつで新宿駅近くの喫茶店に現れ、大きなライヴをやり切って声は少し枯れながらも筆者と真摯に、雄弁に対話をしてくれた。そこにはリクオが仲井戸“CHABO”麗市や忌野清志郎、また先日亡くなった遠藤ミチロウを始め様々な先人達からたくさんの刺激を受けて、引き継いだバトンを、自分よりも下の世代に渡そうとする気概も感じられた。今また最盛期を迎えるリクオの表現をぜひ味わってほしい。
今また初期衝動に戻ってきているような気がしている
先日のHOBO CONNECTION、大変素晴らしかったです。年中全国各地でライヴされているリクオさんにとって、このイベントはどのような位置づけでしょうか?
最初は2010年のデビュー20周年記念の時に開催したお祭りやったけど、意味合いは変ってきていますね。色んな人と音を交わし合うことが好きなんですが、待っているだけではそんな機会はなかなか来ない。だから、対バンではなく共演者同士が絡むということを前提にする場を自分が積極的に作っていこうと。今年は東名京5公演の内、3公演がリクオ with HOBO HOUSE BAND(寺岡信芳(Ba / アナーキー)、小宮山純平(Dr)、宮下広輔(ペダルスティール)、高木克(Gt / ソウル・フラワー・ユニオン))がホストバンドとしてゲストを迎え入れる形をとっていて。自分の音楽活動の流れの中で今、かなりロック色が強いサウンドに仕上がってきているから、そういう面も見せられました。
確かにリクオさんの活動を長らく支えている寺岡さんを始め、HOBO HOUSE BANDのメンバーも固まって単なるサポートではなく、バンドとしてのサウンドが確立されている印象を受けました。
特に昨年から(高木)克っちゃんも入ってきてくれてから一気にガッツのある野蛮なロック・サウンドになってきた自覚はありますね。自分は今54歳なんですけど、段々と音楽の表現の仕方が初期衝動に戻ってきているような気がしています。今また、シンプルに音楽最高!と思えるし、ワクワクする気持ちをストレートに表現する姿勢がサウンドに表れていると思う。
先行シングルとして発表された“永遠のロックンロール”はまさに今のモードの宣言のように思えます。ライヴのMCなどでも「第3の思春期に入った」と仰っていますが、その初期衝動やストレートな表現に回帰するようになった、きっかけはありましたか?
自分でもよくわからないけど。50代はもっと落ち着いた大人になって、年齢に合った表現をするのかと思っていたけど、逆に自分の中でフタをしていた感情がどんどん開いていく感じ。そこには10代の頃の気持ちもあるし、20代、30代、40代の自分もいる。だから50代は色んな自分と向き合いながら、もっと正直に音楽をしていこうという気持ちですね。
「正直に音楽をしていこう」というのは具体的にどのような表現なのでしょうか?
カッコつけることがなくなってきた。逆に言うとカッコ悪いところも出していこう、54歳の自分を出せばええやんというのが、最近の作る曲の歌詞にも表れているような気がしています。
確かに何かの物語を綴るというより、リクオさんご自身の気持ちを表現されているものが増えてきているように思いました。
そやね。今の心情を表現したものが同じ時代を生きている人の心情と重なればいいなと思っています。そのリアリティはきっと今10代、20代の人にも届くと信じている。
今回のアルバム『Gradation World』もそんな今のリクオさんのモードが反映されていることが伝わってきますが、コンセプトなどはありましたか?
間口の広いポップスでありたいというのがまずひとつ。それと今回サウンド・プロデューサーに入ってもらった森俊之君と話して決めたのは、聴きやすくするとか、凝ったアレンジをするよりも、熱量を凝縮した作品にしようというのがありました。だからポップスとして落とし込む作業は森くんに任せて、自分は録音の現場では歌って演奏することに集中しました。
ピアノとストリングスの演奏による“黄昏と夜明け”以外は、リクオさん、森さんに加えて寺岡さん、小宮山さん、宮下さんというHOBO HOUSE BANDの布陣が演奏の基盤になっていますね。
年々HOBO HOUSE BANDでの活動が充実してきたから、今のバンドサウンドの熱量とグルーヴをパッケージしたような作品にしたかった。なので準備期間が長く、2年以上前から森くんとプリプロを始めて、ライヴでも演奏していた曲が多かったので、レコーディングに入ってしまえば煮詰まることはなく、スムーズにいきましたね。歌以外のベーシックはバンドでの一発録りですし、こんなにライヴに近い気持ちでレコーディング出来たのは初めてかもしれない。だからソロアルバムだけどレコーディング参加メンバーとの共同作業による化学反応を収めることが出来たと思っています。
言葉とかメロディは共有物だと思っている
自分が一番感銘を受けたのは“オマージュ – ブルーハーツが聴こえる”です。仲井戸“CHABO”麗市さんもレコーディングには参加されていますが、どのように出来た楽曲なのでしょうか。
引用によって自分の今の心情を表現するというのがテーマです。2年前のHOBO CONNECTIONでCHABOさんと竹原ピストル君に出演してもらったことがあって、その日にCHABOさんと一緒にやってもらう新曲を作ろうと目標を立てたんです。そこからRCサクセションなど様々な引用によって成り立つ曲を発想して取り掛かかりました。
CHABOさんと一緒にやることありきで出来た曲なんですね!「ブルーハーツが聴こえる」には忌野清志郎さんが「RCサクセションが聴こえる」と歌った“激しい雨”に通じるものを感じてしまいました。
その通り。“激しい雨”は清志郎さんとCHABOさんの最後の共作曲で。でもRCサクセションそのままではダメだから、自分の同世代の日本のロックのアイコンにしようと考えたらブルーハーツだと。彼らの曲が30年前の青春ソングとしてではなく「自分は“人にやさしく”なれているのか?」と考えたり、50代になった自分にもリアルに響いてきて。だから今グッと来るものを歌詞に引用させてもらっています。歌詞の最後の「大人だろ 勇気を出せよ」はRCサクセションの“空がまた暗くなる”の歌詞からの引用ですが、リアルタイムで聴いていた20代前半の時は大人という意識もまだなかったし、今の方が問いかけられている気がします。
ソウル・フラワー・ユニオン、ムッシュかまやつ、佐野元春、小沢健二……様々なオマージュがこの1曲に詰め込まれていますね。
あまり気づかれてないけど「あの頃じゃねぇ」という部分は般若なんですよ。フリースタイルダンジョン(テレビ朝日)も毎週見ていたし。ラップに近い表現だと思う。ボブ・ディラン調のトーキング・ブルースだったり、遠藤ミチロウさんや友部正人さんの表現方法にも影響されている。
他の人の言葉を引用して繋いでいくというアプローチは“パラダイス”(2000年)から通じているものですし、リクオさんは自分の影響をバトンとして引き継ぐことに意識的なんだと思いました。RCサクセションもそうですし、先日のライヴでは遠藤ミチロウさんの“Just Like a Boy”をカバーしていました。リクオさんが歌うことでその音楽はこれからも生き続けていくような気がします。
うん。そこは以前から意識的にやっています。みんなもっとメロディや歌詞において何に影響を受けて、どのフレーズを引用したか明らかにしていったら面白いなとは思っていて。
それはなぜでしょう?
言葉とかメロディは共有物だと思っている。自分が何をインプットして、どういう風にアウトプットしたかということを表明するのは歴史の連続性においても、とても重要なこと。自分の表現は自分がゼロから編み出したものではなくて、受け取ったものがあってこそなんです。どれだけ豊かなものを受け取ってきたかを伝えることに対しては自覚的にありたいですね。
では一方でオリジナリティとはどのように捉えていますか?
インプットをどう組み合わせて、いかにアウトプットするかちゃうかな。自分の奥から出てきたものはどうやったってオリジナリティを持った表現になるんですよ。
曲を作って、ライヴをして人と会う。この循環をずっと繰り返していきたい
本作のタイトルを収録曲でもある『Gradation World』としたことにはどのような思いがありますでしょうか。
今の時代、物事をすぐに白黒で分けてしまって単純な物語に身を委ねてしまう傾向があると思っていて。それによって二項対立が深まっている。でも実際の世界はもっと豊かなグラデーションに彩られているし、そこに気付いて他者を受け入れて、世界に目を凝らすようになったら、今よりも寛容な社会になるんじゃないかという思いですね。
“グラデーション・ワールド”は社会に問いかけるメッセージ性もありながら「君との暮らしを守りたい 穏やかな朝を迎えたい」という歌詞にはやはり現在50代の等身大のリクオさんご自身の想いが感じられます。
自分の意見に反する意見を持った人を敵とみなすか、足りないものを補い合う存在と捉えるのか。お花畑と言われたらそれまでですが、ポジショントークはしたくない。対話をしてより多くの人と繋がっていきたいですね。
本作を経て次の一歩はどういう方向になるかお考えはありますか?
『リクオ&ピアノ』(2010年)のようなバンドサウンドとは真逆の弾き語りアルバムも作りたいし、自分のピアニストの部分にフォーカスしたアルバムも作ってみたい。でも今のバンドメンバーとも、もっと先に行けると思う。やりたいことは尽きないです。でも基本は、曲を作って、ライヴをして人と会う。今までと変わらないこの循環をずっと繰り返していきたいね。常に色んな人の生き血を吸って、面白いと思える環境の中に身を置くことが自分にとって大切だと思います。
そんな増々アグレッシブになってきているリクオさんを突き動かす原動力はなんなのでしょうか?
否定的な意味ではなく、死というのを身近なものに感じられるようになってきたのが大きいかもしれません。自分の残された時間を考えることがあるんです。例えば高田渡さんが亡くなったのは56歳、清志郎さんは58歳。今54歳だから、もう間近だなとか。西岡恭蔵さんは50歳で亡くなったから、もうすでに自分はその年齢を超えているなとか。そういうことを考えるようになって不思議と「もっと正直に生きないと!」ってより前向きな気持ちになれたんです。よりフレッシュに、よりパッションをオープンに出し切っていきたい。最近ではどんどん歌声も大きくなってきているんですよ(笑)。
なるほど。最後に2017年10月から再びご出身の京都に拠点を移されましたが、それによって自身の活動に影響を及ぼしたことや、変わったことはありますか?
それまで約9年半藤沢市に住んでいましたが、京都に来てからもライフスタイルは基本変わらないですね。自分の住んでいる周辺は大学が多くて、個人でやっている飲み屋に行っても若い人が多い。より幅広い世代の人と知り合える機会はこれまでよりも増えたのが面白いです。ミュージシャンも多くて、やっぱり音楽活動がしやすい街だと思いますね。岸田繁君(くるり)や片山尚志君(片山ブレイカーズ&ザ ロケンローパーティ)、台風クラブ、共感できる音楽をしてる人たちが京都に住んでる。吉田省念君のスタジオに遊びに行ったり、騒音寺のみんなと一緒に飲みにいったり。中村佳穂ちゃんとは一緒に曲作りしたこともあるし、本日休演みたいな若い才能と出会えたり。本当に満喫しているし、日々触発されていますよ。
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1991年生まれ。大阪北摂出身、東京高円寺→世田谷線に引っ越しました。
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ANTENNAに在籍しつつミュージックマガジン、Mikikiなどにも寄稿。
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