清水煩悩との雑談(前編)-新MV“まほう”・“リリィ”を公開&クラウドファンディング始動
「悪童・清水煩悩、世にはばかる」と彼を表現したのは今年2月のこと。シンガーソングライター清水煩悩の世界はなお発散し続けている。これまではガットギターをポロポロと弾きながら、屈託ない声で素っ頓狂な歌を歌うキャラクターが魅力であった煩悩だが、最近のライヴでは見るごとに足元のエフェクターが増えていくのだ。時にニヤニヤしながら、時に祈りを捧げるように虚空を見つめながら、ディレイやルーパーを駆使しサウンドスケープを長尺に渡って展開する。まるで観客と一緒に“大天国”へ昇天していくようなライヴ・パフォーマンスへとグラデーションを描きながら移行していっているのだ。
今回『むこうぎしサウンド』というプロジェクトによって制作されたミュージック・ビデオは今のモードが垣間見える、奥多摩の森で川のせせらぎや虫の声といった環境音を軸に一発録音された約30分に及ぶパフォーマンス映像だ。新曲“まほう”、“リリィ”が披露されているが、その音像はシンガーソングライターによる弾き語りを超えたアンビエント作品ともいえるだろう。
director of photography | 銭谷優貴 |
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field recording / mixing | 武田峻理 |
art director | 近藤ちひろ |
director | 内藤学 |
また本映像の公開を皮切りに以下の2つを目的としたクラウドファンディングをスタートしている。
・2020年リリース予定の3rdアルバム『IN,I’M PRAY SUN』を奈良県・天川村でレコーディングすること
・楽曲“まほう”のミュージックビデオを雪山で撮影すること
支援者へのリターンには、オリジナルポストカード『Daniel Johnston&清水煩悩』、2020年夏リリース予定の清水煩悩3rdアルバム『IN,I’M PRAY SUN』、アルバム制作ドキュメンタリーDVD、Music Video制作ドキュメンタリーDVD、『むこうぎしサウンド』と作る映像作品の0号試写会、機材紹介を含む清水煩悩が「写ルンです」で裏側撮りましたZINE、アンビエントミニアルバム、企業&アーティストへ向けたクレジットなど豊富なラインナップで構成されている。クラウドファンディングの目的やリターンなどの詳細は以下を参照いただきたい。
以下はクラウドファンディングについて喋らせてほしいという清水煩悩と筆者が、喫茶店で話した雑談の一部始終だ。彼が今働く中華料理屋・新珍味のオーナーであり、台湾独立運動に尽力した革命家・史明が亡くなった話から始まる。
中華料理屋に住んでいるインディーズ・ミュージシャン、清水煩悩
この間(9月20日)新珍味のオーナーの史明さんが亡くなってしまって、ニュースになってるんですよ。テレビ、新聞の記者さんもお店によく来ていて。
※2019年10月現在、清水煩悩は池袋の中華料理店『新珍味』で働きながら住んでいる
煩ちゃんは史明さんと顔を合せたことはあったの?
自分も含めて店のスタッフはほとんど会ったことないと思う。よくは知らないですがずっと台湾にいたみたいなので。今のマスターくらいかな。色んな新聞が年齢を100歳と報じているんですけど、103歳らしいんですよ。
それは生年に間違いがあるということ?
いや、生まれたのは1918年。でも台湾の数え年の考え方が日本とは違うらしい。店にいる台湾生まれの女の子が教えてくれた。
それは台湾の数え方をしたら103歳ということ?それは普段のコミュニケーションでも齟齬が起きそう。
きっとそう。年の数え方もそうやし言葉も中国語と台湾語では全然違うから。お店でも中国と台湾の人の間で「え?今のどういう意味?」ってなっている場面もたまに見る。
色んな国の人たちと新珍味で関わることで気づいたこととかありますか?
お店ではみんなカタコトの日本語でやりとりするんですよ。だから必然的に会話の語数が少なくなりますね。わかりやすくハッキリ言わないといけないから、そこがすごく面白い。言葉を扱う人は多国籍の店で働くのもいいなと思います。一言でボケないとダメなんですよ。休憩時間にまかないを食べた後にタバコを吸いに外へ出る時、「もっとおいしいご飯食べてくる」って言ったりとか、シンプルなコミュニケーションが試される。
なるほど。最近煩ちゃんは「中華料理屋に住んでいるインディーズ・ミュージシャン」と積極的に言っていますよね。
別に中華料理屋に住むことを目的とか手段にしているわけじゃないけど、自然とたどり着いた。今はそこのご飯を食べて生きている自分の源やから、言っていくことには意味があるかもと思っている。単純にミュージシャンのプロフィールとしても面白いし。昔は爆弾も作られていたというこの店の5階で、今自分が住んでいて音楽を作っているというのもワクワクする。
新珍味に住んでいることで、学んだことや影響を受けたことはありますか?
最近この名刺を配り周っているんですけど、ここに史明さんの言葉を書いたんです。「理想なくして生きる人生に、どんな意味があるのか?」という意味。新珍味の2階に貼られたポスターに書かれていた言葉で、自分は働きながら毎日見てて、いつもこの言葉のことを考えてる。今回のクラウドファンディングを始めたことも、この言葉が背中を押してくれたと思う。
この名刺には同じく先日亡くなったダニエル・ジョンストンも描かれていますね。
ダニエル・ジョンストンの“Speeding Motorcycle”を聴いて、自分も曲作っていいんやと思いました。曲が突然止まったり、転調したり、自由度の高いところはすごく影響受けました。Aメロを全部1コードで弾いたりするのも、ダニエル・ジョンストンの影響かも。 自分にとって大きい存在の二人が立て続けに亡くなって、ウワァと来て、この名刺を作った。
清水煩悩、クラウドファンディングを始める
今回は3rdアルバムレコーディングとMV“まほう”制作資金のために現在スタートしているクラウドファンディングについてのインタビューになるのですが、まずその動機について聞かせてください。
やっぱり映像プロジェクトのむこうぎしサウンドと、奥多摩でフィールドレコーディングしたことです。本当にきもちよかった。その時にまだまだやれると思ったんです。監督の内藤学くんとまたMVも撮ろうという話になって。「インディペンデントだし、クラウドファンディングをしてみるのはどう?みんな失敗が目に見えるからやらないのよ」って言われて決心しました。あとは、自分の創作活動に色んな人を巻き込みたいなあとずっと思ってましたけど、口で言っていただけで、出来てなかったんですよ。例えば、以前コムアイちゃん(水曜日のカンパネラ)が「天才じゃない?」とラジオで言ってくれたことも「頑張って!この先色々辛いかもしれないけど、楽しんでいこうね!」みたいなメッセージやと思っていて。自分が本当にやりたいことをちゃんとやりたかった。それでアルバムとミュージックビデオの制作のために動き始めました。
普通のミュージシャン、特にインディーズだったらそれはライブや曲作りやアルバム作品の制作を頑張ろうという方向に行くと思うのですが、人を巻き込みたいと思うのは何故でしょうか?
いいライブ、いい曲、いいアルバムを作るのは大前提やと思ってます。そうじゃないとミュージシャンじゃない。今まで全部自分でやってきたけど、色んな人に関わってもらえたら、もっと面白いことが出来そうやなあって。みんなには作品を作る過程とその後で、同じ時間を共有したい。だから、最近「僕が乗っている船に一緒に乗ってほしい」みたいな言い方をするんです。「道中で良い景色を見ることができたり、面白いところに行ける船なので、ぜひとも乗ってみませんか?」みたいな。
音楽はしっかりやっているからこそ、もっと広げる手段としてのクラウドファンディングということ?
そうですね。あとはやっぱり圧倒的に資金が足りなかったんです。例えばですけど、レコーディングするときに、メンバーが集まれる近いスタジオで、知り合いの人に録ってもらう。これは資金が足りてないから致し方なくなっている部分が絶対にあると思う。僕は録りたい機材があるからあのスタジオでレコーディングしたい。あの人の手掛ける作品が好きだから録音をお願いしたい。これは例え話ですけどね。そういう風に資金面がハードルになるのは、もう表現が最初から潰れやすくなってるなあと。
自分の持ち駒の中だけで考えているような。
選択肢として一本しか道がないからそこに進むしかないと思っているけど、草をわけていったら道あったよ、みたいな感じです。今回の“まほう”と“リリィ”の映像を撮ってくれたむこうぎしサウンドのメンバーと話していて、映像を撮るのもすごくお金かかるんですよ。使いたいカメラや、撮りたい画に対して必要な機材を挙げたら、レンタルやとしても物凄い金額。撮影する場所も雪山でやりたいと思っていて、それを実現するためにもお金がかかる。彼らも、自分たちの暮らしと制作という2つの点で悩んでる。じゃあそれは担保したいなあと思ってクラウドファンディングを始めました。目標金額は150万円です。
自分たちのやりたいことに対しての金額だと。
僕も「なんで150万円もかかるの?」と思いました。感覚的には掴めなかった。でも今回やりたいことに対して試算していくとそういう金額になりました。
アルバムのレコーディングを奈良県吉野郡の天川村でしたいというのは、どういう意図ですか?
天川村は「天の国」「木の国」「川の国」と言われている、海外からも参拝者が集まる素敵な村で。細野晴臣さんがラジオで話していて、そのワードが出てきたんです。自分の2ndアルバムに収録されてる“大天国”って曲を書くにあたって、天国について調べていた時にも一回見たことがあって。その時、自分の中でリンクしたんです。それで調べたらアンビエントのミュージシャンも行っているようで聖地みたいになっている。
へぇー!知らなかった。
天川村でレコーディングした人も何人かいるみたいで。でもよくよく考えたらレコーディングはきもちいい場所でしたいし、森の中で火を囲んでレコーディングしたり、天川村の空気を一緒に録りたいなあって。それと次のアルバムを作るとなった時に、ピカピカのスタジオでレコーディングするのが、息苦しそうでうまくいくイメージができなくて。
これまでのアルバム2作(『みちゅしまひかり』、『ひろしゅえりょうこ』)と録音のやり方を変えたかったという思いもあった?
そうですね。それこそさっきの資金面の話で、自分のその時出来る範囲の中で作った作品。きっと、そういうこだわりは当時なかったんですよね。
でもこれまでの煩ちゃんのスタイルそのものである、D.I.Yな質感がする2作ですよね。
今はもっとスケールが大きくなったりして、そもそも自分がきもちよくいれる環境でレコーディングすることも大事やと思っていて。やったら天川村一択!今回のクラウドのリターンにもあるように「じゃあ、その映像もドキュメンタリーに残して追体験してもらおうよ」ってなりました。
清水煩悩の新境地“まほう”、“リリィ”
今回のクラウドファンディングは清水煩悩のターニングポイントになるでしょうね。今スケールが大きくなったという話が出た通り、むこうぎしサウンドの映像作品で演奏された“まほう”と“リリィ”は音楽性においても、転換期にあたるのではないかと思っています。これまでガットギターの弾き語りでやっていたけど、今年からライブでもどんどん足元に置いていくエフェクターが増えていった。
“まほう”は最初2~3回のライブではこれまで通りギターと声だけでやっていて、淡々とした曲やった。でもスタジオで遊んでいる過程で変わっていきましたね。ルーパー踏んだらハマって、オケ入れてみてもハマって。どんどん音を足していった。
今までの弾き語りだけの素朴なスタイルから、変えていこうという意識はあった?
スタイルを変えたとは思ってないなあ……。変わっているのかもしれませんが。そもそも、みんなが思うようないわゆるシンガーソングライターとも自分では思ってなくて。
今までの曲は比較的コンパクトにまとめていた印象だったけど、“まほう”は10分以上ある曲。そこも大きく変わっているところだと思う。
確かに今までは2~3分の曲が多かった。でも長い曲をやりたくなったんですよね。大きい音も出したくなってきた。
なんでそう思ったんですか?
なんでやろうなあ……。自分では分からない。聴いている音楽の影響かなあ……。普段はポップスよりも、マーティン・デニー(Martin Denny)、ジャン=ジャック・ペリー(Jean-Jacques-Perrey)、コリーン(Collen)、アナ・ロクサーン(Ana Roxane)
、デヴィッド・ダーリングのブヌン族とのコラボ作品(David Darling & the Wulu Bunun)とか、環境音楽、実験音楽、エレクトロのような、メロディがないものを聴くことが多いんです。揺らいでいる感じの音とかがきもちよくて。でもこれまで自分のアウトプットとしては、やってこなかった。自分の好きな音楽を素直に取り入れてみたいなあっていう方向に、流れてきているのかも。
“まほう”は演奏するたびに変化していきますよね。そこもアンビエントや実験音楽に近いものを感じます。完成形を迎えることはあるのでしょうか?
まだ理想に達していないんですよ。完成しないものを作ることはプレイヤーとして最高の悩みやなあと思ってる。でも一生完成しないかもしれない(笑)。だから大好きな曲。ディズニーランドって、ずっと工事しているじゃないですか。絶えず何かが変わっていく夢の国。あれも一つの表現やなあと思っていて、“まほう”もそういう形でいいと思う。
変わっていく過程こそが表現だと。
横尾忠則さんが細野晴臣さんとの対談で「変化しないと良いか悪いかもわからない。良い作品を作れるから悪い作品を作れる。だから変化していくアーティストが好き。そういう表現を俺は信じている」みたいなことを言っていて。細野さんも「それがミュージシャンだと思ってます」と返していたことに、すごく納得したんですよね。
“まほう”は清水煩悩の変化を表現する土台になる力があるのかな。
今まで聴いたことがない曲ですし、その器はあると思います。ポエトリーでもなく、ラップでもない、呪文みたいな曲。アブラカタブラみたいな。でもそのうち、なんでもなくなるかもしれないけど。
それも変化だと。
“まほう”も気がついたら「そんな曲もあったね」と忘れられたら最高かもしれないですね。それは自分がまた変化しているということやから。“リリィ”でも「忘れたものから君だけのもの」と歌っている。いい言葉やなあと思ってます。説明することじゃないから、ここの意味は自分で考えて、答えを持っていてほしい。
なるほど。“リリィ”も不思議な曲ですよね。
最近の作った曲で一番歌ってて気持ちいい。サビ、ラップパート、あいうえお作文みたいなパートの3部構成になっています。コードも4つだけで、ギターも4弦と5弦しか基本使ってなくて、弾き方で工夫している。すごくシンプルやけど、これでいいなあと思っていて。
この2曲も含まれるであろう次の3枚目のアルバムでは、どういう表現をしたいと思っていますか?
タイトルを『IN,I’M PRAY SUN』にしました。訳は「で、僕は太陽に祈る」です。谷崎潤一郎さんの『陰翳礼讃』という本から取りました。イン・エイ・ライ・サン。イン・アイム・プレイ・サン。『ひろしゅえりょうこ』からのもじりシリーズは続いています。
芸能人から随筆ってかなり違う方向からのもじり!(笑)
実際『陰翳礼讃』はすごく大切な本で。光と影の問題みたいなのが出てくるんです。この本の根底にある思想に影響を受けて書いた曲が“まほう”と“リリィ”。まだプロトタイプですが、アルバムのジャケットイメージも公開してて。いろんな写真をひっぱってきて、自分でサンプリングして作った架空の森で。最近自分の頭の中で、このイメージの地域にいつもいるんですよ。木が生い茂ってて池や塔があって。音楽のジャンルとかいうよりも、この頭の中のイメージを描きたいなあと思っています。ジャンルとかカテゴリーとか本当要らない。このイメージを大切にしたいです。
清水煩悩がクラウドファンディングに連動した、対談連載企画「煩算」開始!
「稀代の変哲」とも称され、水曜日のカンパネラ・コムアイなどからも称賛を得るミュージシャン、清水煩悩が対談連載企画『煩算』をスタート。
音楽家、囲碁インストラクター、武蔵野美術大学職員、一橋大学社会学研究科 博士号課程、芸術家、女優、ラジオパーソナリティーといった様々なジャンルの「巷の人」をゲストに迎えつつ、足したり引いたり掛けたり割れたりしながらトークを展開。
来年リリース予定の3rdアルバムやミュージック・ビデオへと繋がるであろう本企画。清水煩悩が、何を誰と語り合うのか、CAMPFIREで開始された150万円クラウドファンディングと合わせて、是非とも注目してほしい。
また、この連載は音楽Podcast番組「radioDTM」のHP上に掲載される。
清水煩悩|Shimizu Bonnou
1992年生まれ、和歌山県和歌山市出身。2016年から活動を開始。
2016年11月、J-WAVEラジオSPARKにて水曜日のカンパネラ・コムアイに「天才じゃない?」と賞賛される。その後、2017年3月に自主制作盤『みちゅしまひかり』発売。同年、奇妙礼太郎主催〈同じ月を見ている〉に出演。2018年4月、P-VINE流通協力の元2ndアルバム『ひろしゅえりょうこ』がSNEEKER BLUES RECOREDSから全国リリースした。同年12月には小泉今日子がポップアイコンを努めるフジテレビオンデマンドオリジナル音楽番組「PARK」でメディア初披露を果たす。
2019年1月また5月、短い期間中二度にも渡り下北沢風知空知にてMusic Video先行上映会&トークショーと題し、製作陣や関係者が一同に会したイベントを開催。その後、9月に奥多摩の森で“まほう”、“リリィ”の2曲を収録し、その映像がむこうぎしサウンドのプロジェクトにより公開された。 現在は、2019年9月20日に103歳でこの世を去った“台湾独立運動のゴットファーザー”こと革命家・史明氏が開業した池袋の中華店・新珍味に居住している。
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WRITER
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1991年生まれ。大阪北摂出身、東京高円寺→世田谷線に引っ越しました。
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ANTENNAに在籍しつつミュージックマガジン、Mikikiなどにも寄稿。
過去執筆履歴はnoteにまとめております。
min.kochi@gmail.com