はちゃめちゃなエンタテインメントがやりたいーチャンポンタウン“Giant step”リリース・インタビュー
混沌としたこの世界、言い換えれば“チャンポンタウン”。2018年に大阪で4人組バンドとして結成して以降、たった2枚のEP(『tambourine』『ごきげんよう』)をリリースするうちに、中崎町NOON+CAFÉでワンマンライブを行ったり、YATSUI FESTIVALにも出演を果たすなど頭角を示してきた彼ら。
筆者が知ったのも『tambourine』をHOLIDAY! RECORDSが取り上げて購入したことがきっかけだった。中心人物吉田ゴルゴス(Vo / Gt)によるフォークやソウルに眼差しを向けた優しいメロディ、どんと(ローザ・ルクセンブルグ、BO GUMBOS)からの影響を感じるピースフルな精神と歌心、そしてken.ak(Key)が主導権を担う、素っ頓狂な楽器のフレーズがパートごとに心地よく絡み合う愛嬌あるサウンドに耳を惹かれる。加えて「右手のしてることなんて 左手が知るはずないよ」(“タンバリン”)のような、当たり前に存在するものに違う見方を与えることで、リアルだけど未知数な浮遊感を醸す歌詞描写がなんともたまらなかった。
今回のインタビューは吉田ゴルゴスから「一曲入魂の新曲“Giant step”が出来た」と筆者に連絡が来たことにより実現した。また11月15日(金)に梅田シャングリラでのワンマンライブを開催予定。キャリアの節目となること必至のタイミングで、ゴルゴスとkenの二人にこれまでの総括として大いに語ってもらった。
チャンポンタウンに至るきっかけとなったゴルゴスの苦難。テクニカルに楽曲をまとめあげるkenのサウンド・メソッド。直近に起こったオリジナル・ドラマー脱退やkenの東京移住による遠距離の活動も経て生まれた“Giant step”。そして今後の目論見とは……。伝えたいことがごった煮となって、次々溢れ出していく会話をご覧ください。
psybava、溺れたエビ!からの失速、チャンポンタウンへと至る道
まずはチャンポンタウンに行きつくまでの前史を伺いたいです。
自分とkenちゃんは、元々大阪でpsybava(サイババ)というインストバンドをやっていて。当時のドラマーが溺れたエビ!(当時:溺れたエビの検死報告書)でも活動していたから、自分たちも取り込まれていったんです。流動的なバンドだったので一時期はpsybavaのメンバーが全員エビ!にも入っていました。
では当時はpsybavaと並行して活動していたと。
そうですね。溺れたエビ!とpsybavaで一緒にツアーもしましたし。
こまるあかねさん(Ba)もエビ!のメンバーでした。
あかねさんは当時マッカーサーアコンチのベースでもあったので、対バンしたことで仲良くなって、誘いましたね。
ゴルゴスさんとkenさんが在籍していた時期の溺れたエビ!は2013~2014年にフジロックにも出演したり、精力的に活動していたじゃないですか。
めちゃめちゃ精力的。大きなフェスやテレビの歌番組にも出れた。でも徐々に自分は失速していった。
なにがあったのでしょうか?
5年ほど前に局所性ジストニアっていう神経疾患になってしまって。エビ!もpsybavaもインストバンドだったからギタリストとして全然弾けなくなった。エビ!は大人数でしたし、自分がいなくても動けていましたが、psybavaは自分が失速させてしまった責任も感じていて。
そこからゴルゴスさんは、ギタリスト以外の音楽のやり方を模索していって、歌にたどり着いたんです。
その状況の中で出来る音楽活動を探していったということ?
そうですね。psybavaでもギターをガンガン弾くというアプローチではない曲を作ろうともしたんですけど。
過去のアーカイブの曲が表現できなくなっていったのが苦痛で。だからこれまでギターで表現していたものが歌に変わっていった。
ギタリストでありながら、やむ負えずたどり着いたのが歌というアプローチだったと。
そうですね。僕はゴルゴスさんに音楽をやめてほしくない気持ちと、psybavaが不完全燃焼で終わってしまったもどかしさがありました。今よりジストニアという病気への理解もなかったですし、原因もわからずギタリストとして弾けなくなっていく姿を見た時に、違うアプローチで覚悟を決めてやっていこうと思って。
そんなどうしようもない時期にライブに弾き語りで呼ばれたのをきっかけに、二人で「ごるけんバンド」としてやり出した。
ゴルゴスさんが歌とアコギ、僕がピアニカで、半年くらい活動していましたね。今のチャンポンタウンの原型です。
kenさんはpsybavaも失速していく中で、それでもゴルゴスさんと変わらず活動に付き合っていく道を選んだんですね。
うーん。付き合ったというか、単純にpsybavaもエビ!もまだ夢の途中ではあったし、当然のようにずっと続くと思っていた。だからジストニアになっても一緒に歩くことに迷いはなかったです。
複雑に入り組むルーツとサウンド・メソッド
二人で1からバンドをやり直していくところから、チャンポンタウンになっていく経緯というのは?
やっぱり二人でやっていてもリズム隊が欲しいと思ったんですよね。
二人だから出来ることもあると思うんですけど、理想はやっぱりバンドだったので、あかねさんと当時のドラマーと4人でチャンポンタウンを始めました。それが1年半くらい前か。
でも溺れたエビ!やpsybavaのようなテクニカルなインストバンドとは違うものを目指す必要は大前提じゃないですか。どういう音楽をやるバンドをしたいと思いましたか?
まず歌というのがあったけど、溺れたエビ!とpsybavaでやっていた、ガチャガチャしているサウンドも目指したくって。僕が一番好きなBO GUMBOSとか、細野晴臣さんのような、色んな要素がミックスされている「いい音楽」がやりたかった。
チャンポンタウン全員にとって「いい音楽」の共通言語がBO GUMBOSや細野晴臣だったんですか?
いや、僕がそこにみんなを引き込んでいった流れですね。日本語の響きや出す音の張りが魅力的な、日本だからこそ生まれるソウル・ミュージックに自分は惹かれてしまうんです。最近、勝手に「エキゾチック・ソウル」と呼んでいますが、そういうところを目指そうと。
特にBO GUMBOSは関西・京都のバンドですけど、ゴルゴスさんが知った時はもうどんとは亡くなっていましたよね?自分もくるりが影響を受けたバンドとして知ったのですが、BO GUMBOSのどういうところに惹かれましたか?
ライブは映像でしか見たことないですけど、あれほど爆発しているバンド、いないんですよね。中でも1992年に京都大学西部講堂で『HOT HOT GUMBO』というフリーライブ・イベントをでやった時の映像が衝撃的で。烏丸あたりからトラックの荷台に乗って、演奏しながら移動するんですよ。そこにファンはついて行って西部講堂に着いたら、ステージで演奏して、最後はまたトラックに乗って演奏しながら出ていくんです。どんとも終わった後に気を失うほどのイベントだったらしいけど、すごく良いライブで。こんなことがやりたいと思いましたね。
ではkenさんのルーツはどういうところにあるんですか?
チャンポンタウンの曲調にはあまり出てないですが自分のルーツと言われたらプログレですかね。親の影響でEL&P(エマーソン・レイク・アンド・パーマー)とかGrand Funk Railroad(グランド・ファンク・レイルロード)が大好きでした。
なるほど。そういう過去の音楽への憧れはチャンポンの音楽にも感じますが、曲作りはゴルゴスさんが持ってきた曲をみんなで仕上げるという流れ?
それがほとんどですね。アレンジも大体僕が決めるのですが、自分だけで考えると詰め込み過ぎるので、とっ散らかっている部分はkenちゃんがまとめてくれています。やっぱりパッケージングしないと伝わらないので、アレンジにおいては複雑なものでも最終的にポップに仕上げるように意識していますね。
その上で曲作りのこだわりはどこにありますか?
なんやろなぁ。でも全ての音に意味を持たせる、というのは絶対意識しています。「なんとなくバッキングしている」とかはない。
僕が彼の曲をアレンジする時によくする作業が、歌とベース、歌とドラム、歌とギターだけで聴いていくんですよ。トラックを2つずつ交互に鳴らして、何が一番気持ちいい状態なのかを探ったりします。それでパートごとに音の並べ方を組んだり、差し替えたりとか。
レコーディングしたトラックが、色分けしてきれいに整理されているんですよ。
LowからHighまでの色分けを僕が決めていて、この曲のサウンドだったらどの色合いが多かったら気持ちいいかを、自分の中の統計でグラフィカルに楽曲を見るということをしています。
結構、難しい作業を僕らはしていて。特に今は大阪(ゴルゴス、こまる)と東京(ken)と離れているので、データのやり取りで曲を作っているからこその作り方かもしれません。
スタジオで「せーの」で音を出せないからこそのやり方というか。
スタジオで作業できる時間も貴重だから、いざ入るとバチバチやもんね。
15分くぎりでスケジュール立てるもんな。悩む時間を極力減らしたい。
やることは全員落とし込んで臨むので。スタジオに行った時にはクリエイターから表現者になっていないとダメだなと。
でもそのkenさんのアレンジの作業はかなり専門的ですよね。
音楽制作の仕事をするようになったので、出来るようになってきたというのもありますね。Words Studio Japanという事務所をやっていて、アーティストやCMに楽曲提供をしています。そこでは少ないやり取りの中でニーズを救い上げて、的確に答えを出すことが求められるので、そこで培ったスキルは意識的にチャンポンタウンに持ち込むようにしていて。メンバーもその仕事をすることに理解を示してくれているので、自分は半年ほど前から東京にいるけど今のところすごくやりやすいと思っている。
そんなスキルを活かしたインディーズバンド、なかなかいないですよ!
僕は元々「バンドマンとはこうだろ」みたいな頑固なところがあるんですけど、アイドルやCMの楽曲提供の仕事を柔軟にやっているところはリスペクトできるようになってきている。
この人(ゴルゴス)の理解を示してくれる度量もすごいんですよ。レコーディングも僕のフォーマットや考え方を持って行くので、全作録り方も違うからメンバーの負担のかかり方も違う。今回の“Giant step”は特にほとんどスタジオで合わせずに作った曲だったから不安だったけど、ゴルゴスさんの歌の表現は保ちつつ、飲み込み早く受け入れてくれるのが助かっています。
落としどころを見つけてくれるのがすごくありがたいし、何がよくて、何が悪かったのかピンポイントでフィードバックが出来るようになってきているのがすごいと思います。
チャンポンタウンは明確なテーマを持ってレコーディングに臨んでいて、毎回違った実験を入れているんです。そんな状態だからクリティカルに原因も見つけられるんですよね。
完成した時は二人でハイタッチしましたー渾身の新曲“Giant step”
なるほど。では今回の配信シングル“Giant step”はどんなテーマで作りましたか?
一曲の中でたくさんの気持ちいい景色を見せて、旅していくようなイメージでした。具体的にはまず、何パターンもイントロを作ったんですよ。そこから続きのパートを思いついたものを選んでいって、詰め込んでつなぎ合わせて作っていきました。
その気持ちいい景色とはどのようなものでしょうか?ギターカッティングのイントロが爽快でチャンポンタウンの楽曲とは覚えないほどでした。
これはジャングルですね。
このイントロで表現しようとした、ジャングルの広さでもめたんですよ。
湿地帯のジャングルなのか、広大な草原を上から見下ろしたものなのか。そのテーマの共有をする時間が長かったですね。
最終的に俯瞰の視点でどんどん景色が変わっていって、それが一つのストーリーになっていくようなイメージに落ち着きました。
具体的にサウンドとして本作に影響を及ぼしている音楽はありましたか?
今までも影響を受けていましたけど、特に今回はウリチパン郡が大きかったです。あの新しすぎるフォーク・サウンドが本当に衝撃的で、自分はずっと引きずっていて、あの世界を現代的でハイブリッドなものとして今やりたかったという気持ちがありました。ウリチパン郡はもっと多くの人に語り継がれていくべきバンドですよ。
kenさんとしては “Giant step”での、先ほど仰ったレコーディングでの新しい実験とはどこにありますか?
アコースティック・ギターの音で顕著ですけど、これまでの2作(『tambourine』と『ごきげんよう』)のローファイなサウンドから逸脱させたかった。というのと、ウリチパン郡は楽器数が多くて団子状態から生まれるグルーヴがあると思っていて。でもチャンポンタウンは楽器同士の音がちゃんと分離しているし、リズムが曲の構成の中でパーテーションになって、曲が展開していくことでグルーヴを作るということがやりたかったことです。だからサビ前のコーラスが入ってくるところも、それで景色が変わることを意識しました。またゴルゴスさんにとってはこの曲のキーは高いんです。でもだからこそ歌の表現力が活きるメロディラインだなと思ったのでそのままいきました。
景色の移り変わりという点では、バンジョーも入ってくるのも印象的でした。
自分の好きなカントリー、フォークはもちろん、トロピカルな部分もごった煮に出来た感じ。その上で4分間のポップ・ミュージックに収められたことに手ごたえがありますね。
あと今回ゴルゴスさんが一番手法を変えたなと思ったのは歌詞ですね。『tambourine』の頃は日常に沿いながらも終始ゴキゲンなイメージがあって、『ごきげんよう』は日常感を残しつつちょっと生臭い歌詞になっている。でも“Giant step”は大きく離れて、ストーリー性を持った希望のある歌詞なんです。
曲がストーリー性のある構成だから、歌詞も物語として成り立つようなものを意識しました。
チャンポンタウンの歌詞は生活の匂いが立ち込めながらも、少しフワッと体が浮くような空想感がある。ゴルゴスさんは歌詞ではどういうことを描こうとしていますか?
押し付けたくないという気持ちはある。「頑張りましょう!」、「悲しいわ……」という感情を描いたり、これが正しいと言い切ることは絶対にしたくないですね。余白を残したい。自由にくみ取ってほしい。
でも“ごきげんよう”ではゴルゴスさんは「君が好きさ」と感情を言い切っているんですよ。その中に景色を内包させている。今回の“Giant step”では言い切らないことで描く景色が表現出来ていて、それが壮大さに繋がっている。
“Giant step”の歌詞のインスピレーションはどこから得ましたか?
「火の鳥」が出てくるんですけど、仮歌で歌っているときからパッて出てきたんです。そこから発展させたかな。でもその後に手塚治虫の『火の鳥』を読み返したら、言いたいことが似ているなぁと。
どういうところが似ていると思いました?
フワッとしたイメージですけど、僕は生まれる前はどこから来たかも、これからどこに行くのかももわからない。知っているようで知らない世界というか、DNA的に刻み込まれた記憶のどこかにあるものを、自分たちは繰り返しているだけじゃないかと考えることがあるんですよね。
少しSFっぽい世界観ですね。
でもそんな存在を「確かめたい」という気持ちを歌ってもいるんです。僕なら音楽を今まで続けてきたけど、辛いことはたくさんあるのに、やめられない。病気になってしまったけど、やっぱりギターは好きでやめられない。弾いても病気はよくならないのに。それは自分のどうしても変えられない部分。そんな人間のどうしようもなさを歌いたい。自分の「やっぱり好きなんや」という気持ちを確かめているような気がします。
「確かめ 燃える日々の色 / 春風に呼び覚まされる記憶よ」で歌詞が締められている部分にそれは感じますね。今生きていて、音楽を続けている、人間の業みたいなものを肯定するために歌っていると言えるのではないでしょうか。
確かに。自分がやっていることを正当化するための作業を繰り返しているんじゃないかなと。
今回この曲がリリースされるにあたって、ゴルゴスさんは「渾身の一曲ができた!」と自分に連絡くれたじゃないですか。これまでの2作とは違う手ごたえが“Giant step”にはあったんですか?
達成感はありましたね。
この曲は自分が関西に戻った時に、ゴルゴスさんの家で、缶詰状態でフラフラになりながら、めちゃくちゃ追い込んで作っていたんですよ。作って聴いてみて、反応見て直してを繰り返していたんですけど、深夜2時くらいに完成した時は二人でハイタッチしました。音楽続けていてよかったと思えたくらい感動した。
「こんなんがしたかったんやー!」って。
そんな感覚になれるほどのパワーが“Giant step”にはあるのだと思うのですが、どこに達成感を感じたのでしょうか?
うーん。単純に完成度。今までの曲ももちろん納得して仕上げたものですけど、今まで憧れを持って聴いてきた、細野晴臣さんや、BO GUMBOS、ウリチパン郡の音楽と同じように、自分の曲をハッキリと「めちゃくちゃ面白い!」と思えた。
前作まではもがきながらEPとして形にしていきましたけど、今回は一曲だけということもあって、自分の意図したところにボールが投げられたような音が出せた感覚。
初めからこの一曲入魂だったのでしょうか?
本当は6月にレコーディングして4曲くらい録ろうという話だった。でもそのタイミングでドラマーが抜けて、現実的に厳しくなって。
新しいドラムのサポートを入れた時に、今のチャンポンタウンで何が出来るかが分からなくなったんですよ。でも前に進むために曲だけは書かないといけない、という状況があって。その中で作っていたのが“Giant step”だったので、出来た時の快感はありましたね。
ある種4人組バンドという形態が壊れたマイナスの状況から、ゼロベースでやり方を模索していったからこそ、たどり着いた境地と言えるかもしれませんね。
確かに今のチャンポンタウンでできるかは度外視して、自由な発想で作ったということもありますし、時間がない中で新しいバンドとしてのサウンドに仕上げて、伝わるようなものにしないといけないと。とはデモの段階で考えていた。
だからこの曲の手ごたえを持って、またチャンポンタウンは次のステップに行けるんですよ。
自分たちにとっても「Giant step」になればいいなと思います。
チャンポンタウンの住人を増やしていきたい
11月15日にはバンド最大規模となる梅田シャングリラのワンマン・ライブも控えていますが、今後のチャンポンタウンの目論見みたいなものはありますか?
年々表現できることが増えていっている実感はあります。ゴルゴスさんの曲作りも、僕のアレンジ力や曲をまとめる力も。だから今後もまた作り方も作る曲も変わっていくなと思っていて、今はゴルゴスさんが全部曲を書いていますけど、僕やあかねさんもちょっとずつ書いていけるようにしていきたい。
メンバー全員が、ソングライターでヒーローであるのが理想のバンドだと思っていて。SAKEROCKとかもそうですよね。
「メンバー全員が出てきた時にワクワクするバンド」というのがかっこいいバンドの第一前提と思っているところがある。昔、ゴルゴスさんと韻シストを観に行った時に、本当にすごかったんですよね。ヒーローショーが始まる感覚というか。
ほんとにかっこよくてスター性のあるバンドって、シルエットで分かるじゃないですか。イエモン(THE YELLOW MONKEY)が4人並んでたらシルエットだけで「あ、イエモンだ!」ってわかるし。あそこまで行きたい。
シルエットまでが音なんですよ。「シルエットによって奏でる音」の印象が変わることも絶対にあって。
「シルエットによって奏でる音」とはまさに溺れたエビ!で、お二人が経験してきたことじゃないですか。
それもあるかも。あとよく言っているのは「サーカス的な活動をしたい」というのを昔から言っていて。
僕の理想なんですけど、サーカステントを使っていろいろな街に行くんです。そこで1週間くらいその場所で毎日お祭りする。(劇団)維新派に僕は影響を受けているんですけど、野外に劇場を建てて周りには屋台村も造って、その期間は劇場公演だけじゃなくて、大道芸やバンドがパフォーマンスしているんです。毎日たくさんの人が集まっていて、あの特殊な空間で維新派を見るという空気がめちゃくちゃ衝撃的で。BO GUMBOSのフリーライブしかり、最近では『ストレンジャー・シングス』のシーズン3や『トイストーリー4』でも出てきたような海外の移動型遊園地もイメージに近い。ある期間だけ現れる幻の街のような場所で、訪れた人それぞれにドラマが起こればいいなと思います。それは絶対実現させたい。僕はゾウに乗って登場する。
もはや演奏すらできない(笑)。
そこはサポートメンバーを大量に入れて。みんなでニューオーリンズのカーニバルみたいにすればいい。
チャンポンタウンの住人を増やしていきたいね。
チャンポンタウンが集まったら都市になり、国になり、サーカスができる!
そしたらお金とか集客とか関係ない、本来の音楽の姿に戻っていくと思う。お祭りも祈りを捧げるためのものだし、そのために音楽が鳴っていた。ゾウに乗っていくとかっていうのもふざけているようで、元々神聖で縁起のいい生き物の象徴ですし。
はちゃめちゃですけどね。でもそういうはちゃめちゃなエンタテインメントをしていきたい。最後は僕が乗ってきたゾウを食べて、ショーが終わるとか(笑)。
日時 | 2019年11月15日(金)OPEN 19:00 / START 19:30 |
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場所 | 梅田 Shangri-La |
出演 | チャンポンタウン(ワンマン) |
料金 | 前売り 2,800円 / 当日 3,300円(+1Drink 600円) |
チケット予約 | バンド予約 champontown1988@gmail.com
e +(イープラス)、ローソンチケット、ぴあ、各プレイガイドでも発売中 |
日時 | 2019年11月22日(金)OPEN 19:00 / START 19:30 |
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場所 | |
出演 | チャンポンタウン |
料金 | 前売り 3,000円 / 当日 3,300円(+1Drink) |
チケット予約 | バンド予約
各アーティスト取り置き
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WRITER
-
1991年生まれ。大阪北摂出身、東京高円寺→世田谷線に引っ越しました。
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ANTENNAに在籍しつつミュージックマガジン、Mikikiなどにも寄稿。
過去執筆履歴はnoteにまとめております。
min.kochi@gmail.com