再び人と触れ合うために、二人だけで作った手土産
まるで打ち上げ花火のフィナーレみたいに賑やかだった前作『旅するギター』から約二年。バンドに集った田中ヤコブ(家主)、渡辺健太、岩出拓十郎(本日休演)、西村中毒(渚のベートーベンズ)ら、個性的なプレイヤーたちはもういない。本作は、祭りのあとのようなしんとした静けさが漂い、穏やかな日常に帰ったラッキーオールドサン=篠原良彰とナナの、音楽家というより街の人としての姿が色濃く出た作品だ。
二人が住む四国の自宅でレコーディング。歌唱・演奏はもちろん、デザインやプロモーションも二人だけで完結し、販売も直接渡せるライブ会場と自身の通販サイトだけ。この作品は機材が揃ったスタジオを使うこともなければ、手練れのサポートメンバーも、デビュー当初からサポートしてきたA&R 須藤朋寿(NEWFOLK)もいないのだ。でも「何もないから何でもあり!」としてしまえる無邪気さがそこかしこに散らばっている。
録音した場所の空気を含んだ曲ごとに違うざらざらとした質感。M3“チャイナブルー”の冒頭、インスタントカメラのダイヤルをチリチリ巻いてシャッターを切る音。M5“马马虎虎”のチープな打ち込みのサウンド。極めつけにM7“僕はピアニスト”なんてナナが参加すらしていない。篠原が慣れないピアノを片手で弾きながら歌うソロ曲だ。いずれもあえて作り込み過ぎず、まるで〈たまには君が選びなよ 世界は君がつくりなよ〉(M2“母の日”)と言わんばかりのスタンス。ナナの歌と篠原のアコースティックギターという基本フォーマットから飛び出した自由な発想が飛び交っている。
そして歌詞には、かつて過ごした東京とは違う場所での生活がすっかり染みついたことで新たな景色が広がっている。M1“鴇色の市”では淡路島と兵庫県をつなぐ明石海峡を渡る光景が描かれる。“马马虎虎”で登場する「県南」も、東京や都市部にいるとなかなか出てこない言葉だろう。最後を飾るタイトル曲M10“うすらい”はピアノ伴奏によるワルツ。「うすらい(薄ら氷)」とは道路や水の表面にできる薄く透明な氷の意である。アルバムの構成としても見事で〈ひとつの旅 終えて帰る 海の橋を渡り 時に空を飛ぶ〉という冒頭4行からは1曲目“鴇色の市”と対比するように、本州から四国に戻る道中にある明石海峡大橋を渡る光景が浮かんで見えた。
住む場所が変わったことに加えて、誰かと気軽に会うことも憚られる状況になった中で生まれた本作だが、二人だけの密室的な空気感や他者との断絶は不思議と感じられない。むしろこれまでよりも篠原とナナを近くに感じる、生活を垣間見るような作品だし、相変わらずどこかに出かける歌がたくさん収められている。二人の愛はとこしえ、音楽で繋がる人との隔たりはうすらい。きっと、もうじき溶けてなくなり、また誰かと顔を合わせる日々が始まるのだろう。この作品を手土産にして、二人はこれから47都道府県全てを回るツアーに出る。
うすらい
アーティスト:ラッキーオールドサン
仕様:CD
発売:2021年5月22日
価格:¥2,700(税込)
収録曲
1. 鴇色の市
2. 母の日
3. チャイナブルー
4. PINK
5. 马马虎虎
6. The Country Man
7. 僕はピアニスト
8. ヒッピートレイル
9. 天国の古いお家
10. うすらい
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WRITER
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1991年生まれ。大阪北摂出身、東京高円寺→世田谷線に引っ越しました。
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ANTENNAに在籍しつつミュージックマガジン、Mikikiなどにも寄稿。
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