みらんと話した日ー兵庫在住シンガー・ソングライターによる互いの気持ちを尊重する歌を探る
その歌声は清らかでフォーキーな質感を放っている。時にはゴリっとコブシを回すような発声や、アイドルのようにキュートに演じ切るような歌い方など、身体性を伴う歌への憑依という点では二階堂和美。意味深なようでいて無意味だったりもする底抜けに屈託のない諧謔性には柴田聡子。そしてまた時には無尽蔵に感情を放出するように歌う姿はカネコアヤノと、いずれも強烈な個性を放つ女性シンガー・ソングライターたちを引き合いに出すことも出来るだろう、実に幅広くて奔放な歌い手の登場だ。1999年生まれ、兵庫在住のシンガー・ソングライター みらん。4年ほど前からアコースティック・ギターの弾き語りで関西のライブハウスを中心に活動を続けている。
「春は手持ち無沙汰 急に色づくと恥ずかしい」“意地と寂しさと”
「知らない言葉では語らない でもちょっとくらいかっこつけていいのよ」“色恋沙汰”
その上で感受性を応答させ、この情緒に名前をつけてやるとばかりに一筆で描写していく“みらん思考”は彼女固有の魅力だ。ここから広がる自問自答の情景は甘酸っぱくてもどかしい。でもただ思春期から大人になった過程の逡巡や感情をぶちまけることで終わるものではない。常にあなたのことを認めたいし私のことも認めてほしいという、ちょっと大げさな言葉で言ってしまえば尊重の心が、みらんの歌には溢れているのだ。
昨年配信リリースされた宅録アルバム『帆風』のCD発売、そして新作EP『モモイロペリカンと遊んだ日』がリリースされるのを機に、今回みらんとある夏の日を過ごして話してもらった。もっともっときらめけ。ここから出会う人々や出来事によって心をいっぱいにしていくことで、彼女の歌はここから彩り豊かになっていくのだろう。
「自分で音楽をやっている!」っていう感情を忘れたくない
自分がみらんさんを知ったのは去年出したシュウタネギさん(WANG GUNG BAND / exバレーボウイズ)との共作EP『ねぎとみらん』を聴いたことがきっかけです。神戸VARIT.周辺を取り巻くシーンでベルマインツ、宵待、ムノーノモーゼスといったバンドたちよりも、さらに下の世代が出てきたと驚きました。
ありがとうございます。『ねぎとみらん』は「今度一緒に曲作ろうよ」ってネギさんに誘われて、鴨川で一緒にギター弾いてる内に出来たやつを録音したものです。そもそもは私が神戸で企画した弾き語りイベントにお声がけしてすぐ仲良くなったんですが、いつも「その曲めっちゃええな~!」って褒めてくれるんですよ。今回のEPでも“ポトフがいいなっ”と“バターシュガー”のアレンジで手伝ってもらいました。
アマイワナさんとイベント『刹那倶楽部』を共同企画されていますがLaura day romance(井上花月と川島健太朗のユニットで出演)やヤナセジロウ(betcover!!)を呼んで共演したり、すごくいい歌をうたう人たちが身近にいますよね。
ほんとそうなんです。弾き語りを始めてライブハウスによく行くようになって、聴く音楽や知り合いがどんどん増えて行ったので、そこから自分の音楽が今の形に変わっていった気がします。
では順を追ってこのインタビューではその変遷を捉えていければと思います。みらんさんにとって音楽の原体験と言えるものはどういうものでしたか?
お母さんが音楽好きだったので、私も小さい頃から歌うことは好きでした。でも原体験で言えば小学校の時に親友がいたんですけど、5年生になるタイミングでお互い引っ越すことになったんです。それで最後にクラスでお別れ会をしてくれたんですけど、親友とそこでみんなの前で1曲歌おうと相談して。親友のお父さんがアコギを持っていたので、二人でスピッツの“チェリー”を教えてもらってみんなの前で弾き語りしたのが大きいです。
スピッツの“チェリー”はリアルタイムじゃないですよね?自分が好きだったから選んだのですか?
いや、親友のお父さんがやりやすい曲だからと言って選んでくれました。まだ曲が好きとか、歌詞がいいとかはわかんなかったです。でもとにかく必死にギターと歌を練習しましたね。
クラスで披露した反応はどうだったんですか?
クラスのみんなには全然伝わらなかったです。ぽかーんとしていた(笑)。でも私と親友はめっちゃ練習したし、難しかったFコードも弾けるようになった。だからちゃんと出来たことが嬉しかったし、二人だけがこの音楽を共有している気がしました。あの時の「自分で音楽をやっている!」っていう、じーんとした感情を忘れたくないなと今も思っています。
引っ越したその後、親友とは?
特に何も連絡取っていないんですよ。
家族ぐるみで仲が良さそうだったのに、疎遠になっちゃったんですね。
そうなんです。でもずっと頭の片隅には親友の存在はいて、一度高校生の時に久しぶりに会いたいと思って、お母さんを通じてLINEの連絡先をもらったんです。当時私は竹原ピストルさんが好きだったんですけど、親友のLINE IDを検索したらプロフィールのBGM設定が竹原ピストルだった。すごく驚いてメッセージを送ったんですけど、ずっと既読がつかなくて、それっきりです。
言葉は交わせていないけど、お互い竹原ピストルが好きだということだけはわかったと。
どこかで繋がってるんだなというか。いつか会いたいんですよね。
これだとみんな一緒の歌い方になっていくと思って辞めました
じゃあ、本格的に自分で音楽をやりだすのは何がきっかけでしたか?
中学の時にK-POPにハマったことですかね。そこからまずK-POPアーティストになりたいと思ったんです。
K-POPアーティストになりたいとは?
私、韓国人なんです。在日四世。生まれも育ちもずっと兵庫県ですけど、ルーツは済州島(チェジュ島)にあります。コロナ前まではよく家族でソウルや釜山に旅行していましたね。
そうなんだ!韓国語でコミュニケーションをとることはあるんですか?
いや、旅行の時に最低限の会話は出来るってくらい。あ、でも親戚から「歌い方が韓国の伝統的な発声っぽいよね」と言われたことがあって、自分の中にも韓国のルーツがあるんだなと思ったことはあります。
じゃあ「みらん」も本名なんですね。
はい。子どもの頃は自分が韓国人であることがなんとなく恥ずかしくって。「韓国人です!」ってわざわざ言う機会はないけど、日本人にあまりいない名字と名前だから周りと違う気がして。でも中学で自分も周りもK-POPにハマって、ふとした時に友達が「みらんちゃんって韓国の人だよね?いいなー!」と言ったんですよ。その瞬間、韓国の人として開き直れた。
恥ずかしいことじゃないということに気づけたというか。
そうです。2NE1とBIGBANGが好きだったんですけど、それでみんなと共通の話題でめっちゃ仲良くなれたからK-POPに救われたというか。
それでK-POPアーティストになるために、具体的に行動に移したんですか?
高校の時にアーティスト・スクールに通いました。ボイストレーニングとかダンスを習っていたんですけど、1年くらいしたらまた弾き語りにハマっちゃった。
なぜ、また興味が弾き語りに?
そこで竹原ピストルさんを好きになったのと、高校2年生の時に福山雅治さんと藤原さくらさんが出ていたドラマの『ラブソング』(2016年)にハマって、やっぱりギター持って歌う人になりたいと思ったんです。ちょうどアーティスト・スクールも通っていくうちに、「ここは、こう歌いたい」とか考えるようになるんですね。でも「こう歌うのが正しいです」と直される。「これだとみんな一緒の歌い方になっていくな、自分は人からの指示でその通りパフォーマンスをするのは向いてない」と思うようになって辞めました。でも曲作りの授業もあったし、音楽の基礎を学べたのですごく感謝しています。
高校生にして、向かう先と考えに色々変遷がありますね。しかも思い切りがいい(笑)。
思い立ったらすぐ行動しちゃうんですよね。あと協調性がないのと(笑)。
感情のゆらぎを捉えた、互いの気持ちを尊重する歌詞
じゃあその後は、本格的に今のギター弾き語りスタイルになっていくわけですよね。どういう音楽をやりたいと思っていましたか?
竹原ピストルに染まっていたので弾き語り一本でやるんだ!という気持ちが強くって、重くて暗かったです。でもライブを観に来てくれる親にも「もっとみんながのれる曲を作りなよ」と言われるし、明るくてポップな曲を作って歌ってみたら、お客さんも笑ってくれたし、自分も楽しかったんですよ。だからやっていくうちにだんだん軽さを出してポップでかわいくいくのがいいんだなと、今の形になっていきました。
そのみらんさんの目指す音楽の形という点で、憧れや影響を受けたアーティストは?
小沢健二さんのステージに立った時のあのまぶしくてキラキラしているスター性。それとシャムキャッツですね。曲が可愛いし、夏目(知幸)さんが歌っているとキュンとしちゃう。あとは最初に言ったようにライブハウスに行くようになって出会ったバンドたち。特にプププランドには憧れました。すでに解散しちゃいましたが西村竜哉さんとは一度ライブで共演させていただいて、あの人の歌も猛烈に切なくなってしまうんですよね。
いずれも、もどかしい気持ちをしなやかに歌う男性アーティストがあがりましたね。
なんか男性が多いですね。男性の声でかわいい曲を歌っているのが好きだし、自分もこういう声で歌いたいなってよく思います。でも当然そうなれないし、自分は自分でしかないから、その意味を探りながら歌っています。
でも、みらんさんの声もすごくいいですよ。曲によって伸びやかに歌い上げたり、コブシを回す場面も見受けられて歌に憑依するように幅広い歌い方が出来るんだなと。
自分の声も好きです。ライブするたびに思うんですけど、マイクの前に立って自分の声が想像を超えて広がる感じがとにかく気持ちいい。クセも欲しいけど、ありすぎると歌詞が伝わりにくくなりがち。そこのバランスの良さが自分の歌のオリジナルだと思うんですよね。でも意識しないとつい暗くて重くなっちゃうので、軽さが出るように歌っています。
つい暗くて重くなっちゃうのは、竹原ピストルへの憧れやご自身の性格や考え方の根っこがそういう資質なんでしょうかね?
それもあると思います。今回CDでリリースした『帆風』(2020年)もまだ暗いんです(笑)。20歳前後のこれから大人になっていく過渡期の自分が一人でもやもや作った作品という感じ。“泣いてしまった自分に笑え”とか“オボレル”は今聴くと恥ずかしいほど子どもっぽい。でも“意地と寂しさと”とか“21”はちょっと大人の自分がいる。そういう微妙な葛藤がある時期を収めたかったから、つい暗くなっちゃった。
それでいえば、みらんさんの楽曲は微妙な感情の揺らぎを捉えた歌詞に魅力があると思っていて。「きみは今聴きたい音楽を聴けばいいよ だけどわたしの好きなのも教えたい気分」(“意地と寂しさと”)みたいに一つ主張するんですけど、そうじゃない部分もあるんだよという揺らぎがどの曲にもある気がする。
確かに私はこう思うんだけど、それとは違う意見を全部否定したくない、出来ることなら全てを認めたいという気持ちがあります。人の意見を否定することとかぶつかることってすごくしんどいじゃないですか。でも自分の意見もあるから、私の中で受け入れてみたり、たまには吐き出してみたりすることが、私の歌を作るという行為なのかもしれない。
だから色んな感情がない交ぜになって表れているんですね。折り合いをつける過程も含めてぶち込まれているというか。
そうですね。“泣いてしまった自分に笑え”は18~19歳の時に、とにかく寂しくなって自転車こぎながら、見たものや感じたことを全部突っ込みました。曲を書くときはたいてい1日とか、早いものだと1時間以内で書き切ってしまう。勢いを大事にしているので自然とそうなっちゃってるというのもあるかもしれません。
明るくて軽い作品がやっと出来た、新作『モモイロペリカンと遊んだ日』
では『帆風』から1年経って22歳のみらんさんが作り上げたのが新作『モモイロペリカンと遊んだ日』ですが、コンセプトやテーマはありましたか?
全て『帆風』以降に作った曲なんですけど、明るくて軽い作品がやっと出来たと思います。最初に出来た“ポトフがいいなっ”が今までで一番スッと出てきた感覚で。しかも軽くて温かくて、めっちゃ健康的。自分のやりたい音楽としてしっくりきたので、この曲を軸にしたEPを作ろうというのがテーマですね。
それまで自分の曲や歌を「暗くて重くなりがち」と仰っていましたよね。やりたい音楽が出来たのには何か変化があったのでしょうか?
健康的な生活を心がけるようになりました。コロナで家にずっといたし、音楽は健康的な生活の先にあるものなのだと実感して。ちゃんと毎日おいしいご飯を食べて、あったかいお風呂に入る、ちゃんと寝る。そうした毎日を過ごして、さらにちょっと豊かになるために自分の音楽があればいいなという気持ちを込めました。
確かに“ポトフがいいなっ”では「だいたい健康な思考で歩いて 気づけばやさしさで水は流れてた」と歌っている。軽くて健康的だけど、自分と相手の気持ちのどちらも尊重するという姿勢は変わらず貫かれているんですよね。
〈「すきじゃないけど素敵だね、」そんなふうに言えたらなっていつも思う〉って、ほんとそうなんです(笑)。
この『モモイロペリカンと遊んだ日』という不思議なタイトルにはどういう思いがありますか?
“バターシュガー”という曲が最後に出来て。この曲は最初に話した一緒にギターを弾いた親友との思い出や記憶について歌っています。タイトルを何にしようかな、『ポトフがいいなっ』でもいいし、“ジャノメミシン”に出てくる「ピンク」を入れたいなとも考えていたんですけど、水族館でモモイロペリカンを見ている状況が浮かんで。モモイロペリカンって水族館にいるイメージがなかったんですけど、バッと見ている人たちの前に出てきて、「なんかいるじゃん」って注目を集めている。私にとってモモイロペリカンってその親友みたいだなって思ったら妙にしっくり来て。だから『親友と遊んだ日』という意味合いでつけました。
“バターシュガー”では「なくし物を探すみたい 歌を作っている時は」と歌っていますが、みらんさんが音楽を続けている理由として、やっぱり親友の存在は今でも大きいんですね。
大きいんでしょうね。二人で歌った時の感情をずっと忘れたくないし、音楽だけは “意地と寂しさと”とじゃないですけど、意地になってるかも。満足できるまでは続けていきたいです。
じゃあ、どうなったら満足できるのでしょう?理想はどういう状態ですか?
紅白歌合戦に出るとか、カラオケでいっぱい歌ってもらえるくらいたくさんの人に聴いてもらいたい。でも子どもが好きなので、音楽を本気で頑張ったら、結婚して一回バン!って消える。子育てをしながら環境を整えてまた音楽に戻るとかがいいですね。山口百恵さんみたいな感じ?
山口百恵じゃ完全に引退しちゃいますよ(笑)。
ほんとだ!(笑)。子どもが早く欲しいのはありますけど、音楽でちゃんと自立できるように頑張らなくちゃと思っています。
では自立することは一つとして、シンガー・ソングライターとしてどういう音楽をしたいと今は考えていますか?
これまでの2作はiPhoneで出来ることを研究してGarageBandで作って来たんですけど、本当はバンドサウンドがやりたくて。でもバンドを組んだら協調性がないからうまくいかないだろうと……(笑)。だからちょっとわがままに、自分の音楽を一緒に作ってくれるバンドメンバーが欲しいですね。
モモイロペリカンと遊んだ日
アーティスト:みらん
仕様:CD / デジタル
発売:2021年8月18日
※CDとデジタルで曲順が異なります
価格:¥1,870(税込)
収録曲
CD
1. ジャノメミシン
2. ポトフがいいなっ
3. 色恋沙汰
4. おやすみみらんちゃん
5. 瞬間
6. バターシュガー
配信
1. ポトフがいいなっ
2. バターシュガー
3. ジャノメミシン
4. 色恋沙汰
5. おやすみみらんちゃん
6. 瞬間
Twitter:https://twitter.com/m11ram_5
Instagram:https://www.instagram.com/mirams11/
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WRITER
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1991年生まれ。大阪北摂出身、東京高円寺→世田谷線に引っ越しました。
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ANTENNAに在籍しつつミュージックマガジン、Mikikiなどにも寄稿。
過去執筆履歴はnoteにまとめております。
min.kochi@gmail.com