異形の沢庵、伊豆の山から静かに伝来
まるで馬喰町バンドがそれまで取り組んできた新民謡にラップを持ち込み、より闇鍋化していった『あみこねあほい』(2016年)を聴いた時にも似た、高揚感が湧き上がってくる。いや、『さんだる』(1992年)でたまの音楽を存分にくらった時のような、あるいは折坂悠太を『あけぼの』(2014年)で初めて聴いた時のような、土着的な歌の表現から確かな新種が芽生えていることに驚いた感覚にも近いぞ。待ってくれ、今度は『もののけ姫』(1997年)を初めて観た時の、自然界に人が介在することに対してなんだかわからない虚しさに襲われた、幼少期の記憶も蘇ってきた。とにかく今、門脇沢庵の音楽が私の心の琴線にぬるぬるとこびりついている。
1998年生まれ。静岡県伊豆半島を拠点としている彼は、主に弾き語りによるライブ活動を行っているそうだ。2021年より門脇“沢庵”と名乗るようになり、初音源となるEP『たまき』が昨年暮れに発表された。収録されている6曲はアコースティック・ギター、ベース、パーカッションに多彩な民族楽器まで、沢庵一人で演奏。一部のパートでゲストを迎えているが、とりわけ同じく伊豆の音楽家である猫楠透(ネコグスパブリッシング)がレコーディング・ミックスなどを手掛けており、共同して制作に取り組んだことが伺える。色んな楽器で遊びながら、閃いたアイデアをケラケラと笑いながら詰め込んでいったような、屈託のなさが全体に通底している。
中でもM3“ラブソング”では様々な打楽器によるフレーズが折り重なり、三味線のリフとベースフレーズがけん引していく。また素っ頓狂な内容の念仏みたいなラップも歪で、結果として未開のグルーヴ・ミュージックに行きついてしまったような怪曲だ。またM2“しょうがない”では“オー・シャンゼリゼ”を背景に忍ばせたり、M5“さながら”では歌が次第に沖縄のお囃子調に移行していく仕掛けもおもしろい。伝承音楽や民族楽器を用いた表現ではあるが、ルーツと向き合う視座や、モチーフとして打ち出すような姿勢は皆無。アシッド・フォークもアンビエントも、DTMも古今東西の楽器だって全て目の前にある。ただ自分の歌に呼応して飛び込んできたものを取り入れただけと言わんばかりのフラットさが現代的だ。また多くの旅人が行き交うガラス工芸作家の両親のもとに生まれたという、沢庵の環境が反映されているとも言えるだろう。
さらに歌詞ともなれば、もはやフラットという次元を飛び越えている。腹ペコになった僕が君の肉を食べちゃったり、身体のいたるところに目がついていたり……。世俗や道徳、死生観や時間軸からも解放されているのだ。しかし時折〈ありとあらゆる革命の最中 小判が目に入らなくなってきた 価値という言葉の価値を教えてよ〉(M6“世ホホ”)と達観した視点から社会への無常観も滲ませており、何とも言えない感情をすくい上げている。
そして何より、この饐えた匂いがしてきそうな独特の歌声だ。時折震えながら上擦るところも、ピーヒョロとさえずるファルセットも相まって、壮大で朦朧とした小宇宙を形成している。初作とは思えないほどの奥行きがある異形の沢庵。伊豆の山から静かに伝来。
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たまき
発売:2021年12月27日(月)
フォーマット:CD
価格:¥1,760(税込)
収録曲
1.環
2.しょうがない
3.ラブソング
4.ケムノホトリ
5.さながら
6.世ホホ
販売:https://takuangno.base.shop/items/57216593
Twitter:https://twitter.com/takuangno
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WRITER
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1991年生まれ。大阪北摂出身、東京高円寺→世田谷線に引っ越しました。
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ANTENNAに在籍しつつミュージックマガジン、Mikikiなどにも寄稿。
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