詞と声にありあまる力を持つ、愛知拠点シンガーソングライターの弾き語り作品
ありあまる声量とからまる思考。彼女の歌を聴いているとだんだん自分の神経が尖ってくるのがわかる。そして最後には心が引っ掻かれたようなひりひりとした余韻が残る。愛知県在住のシンガーソングライターEri Nagami。ピアノ&ボーカルユニットrika siakaiとして活動していた時代の音源をまとめた『Presque Un Culte』(2020年)を高円寺〈円盤〉(現・黒猫)で入手したことから筆者はその存在を知る。そこに収録されている“ばけもの”が、Edith Piaf(エディット・ピアフ)かのごとく縦横無尽な歌いまわしで強烈な印象を持った。特にラストのハイトーンがあまりに白眉で、思わず上半身が仰け反ってしまうほどだ。
本作は初のスタジオ録音となるソロ名義での1stアルバムである。ジャケットに映る暗がりで不穏に佇む彼女の姿にも表れているように、独特の静寂と重苦しさと緊張感に包まれている全曲アコースティックギター弾き語り作品だ。ここに“ばけもの”のような猛々しく歌唱を振りかざす場面はない。むしろ詞の方に重きが置かれた作品と言えるだろう。でも物語や情景が明確に伝わることは周到に避けつつ、願望や物恨みも入り混じった言葉から沸き立つイメージが、むくむくと音楽になっていく過程が収められているように聴こえる。
詞に加えて本作のトーンを決定づけているのは、明石在住のコントラバス奏者である稲田誠が手掛けた録音である。常にマイクのピークポイント付近を往来しているようなピリピリとした音が感覚の閾値をなでてくる。さらにNagamiのささくれた声の質感や、あえて残された咳払いの音も加わって生々しい空気が全編に漂っているのだ。
力点は詞にありながらも、弾き語りによって彼女の歌の魅力はさらにむき出しになって押し寄せてくる。“明朝体”のか細くむせび泣く歌唱の余韻や“Curtsy”でのわめくような歌唱の迫力ったらないし、“もうだめ”で聴かせる低いメロディを歌った時のスモーキーな声色にも思わず胸をつかまれてしまう。
まるでFiona Apple(フィオナ・アップル)『Tidal』(1996年)と中島みゆき『生きていてもいいですか』(1980年)と友部正人『にんじん』(1973年)の間に位置するような、ずしりと胸に響く豪然とした弾き語りアルバムだ。11月に八丁堀の〈七針〉で行われた本作の発売に際したライブに足を運んだ。共演の北里彰久の後に登場したNagamiは久しぶりの東京公演ということで、眼鏡を外し観客の顔が見えないようにするほど緊張していた様子だった。しかし一度歌い出すと咳払いすら呑み込まざるを得ないような雰囲気が立ち込める。声を張らずとも言葉にしがたい情緒が溢れる歌に、やはり上半身が仰け反ってしまった。
どちらかというとそう思う(Moderately Agree)
アーティスト:Eri Nagami
発売:2022年10月15日
フォーマット:CD / カセット / Bandcamp
価格:¥2,000(税抜)※CD
レーベル:Don’t Judge Me Records
収録曲
1. 明朝体 (MINCHOTAI)
2. けだものでいる最後の日(The Last Day of Being An Animal)
3. 炎天下(Sun Is Blazing)
4. ヘリコプター(Helicopter)
5. Curtsy
6. 果樹園(An Orchard)
7. アブラナ科の植物(Brassicas)
8. タチアオイ(Hollyhocks)
9. 境目(That Border)
10. もうだめ(I Am Done)
11. お見送り(Seeing Off)
Bandcamp:https://erinagami.bandcamp.com/album/moderately-agree
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WRITER
- 峯 大貴
-
1991年生まれ。大阪北摂出身、東京高円寺→世田谷線に引っ越しました。
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ANTENNAに在籍しつつミュージックマガジン、Mikikiなどにも寄稿。
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