のんびりとした虚無感、幻想的だが後味の悪さもある、積層的なフォーク作品
屋敷のことをいぶし銀で長閑なフォークシンガーと捉えてしまうのは早計である。岩出拓十郎(本日休演 / ラブワンダーランド / フー・ドゥ・ユー・ラブ)のプロデュースで発表された1stアルバム『実家』(2021年)だって、一見穏やかな歌に見えて、その裏にある閉塞感とシニカルさがじわじわと痛みを伴ってくる作品だった。日常生活を歌うオーソドックスなアコースティックギター弾き語りスタイルが基調ではあるが、歌詞をとってもサウンドにおいてもフレッシュかつ味わい深い仕掛けを施す、実はコンセプチュアルな音楽家だと思っている。
そんな彼が新作でタッグを組んだのが猪爪東風(ayU tokiO)である。サウンドプロデュース・録音・ミックスを手掛け、リリースも猪爪主宰のレーベル〈COMPLEX〉からと、フルコミットで制作した4曲入りのカセットテープ作品だ。本作での屋敷のソングライティングは、前作収録の“あきらめ”や“ニートの仕事”などで見られた諦念や達観はやや後退しており、至極ささやかなものになった。花を選ぶ恋人を眺めたり(“花屋”)、あの子とはしゃぎ合ったり(“おやすみ”)、ロマンチックといえるほどの甘い情景を描いている。
しかし一筋縄ではいかないのが屋敷の音楽。それらの楽曲をローファイな音像で真空パックを試みているところには、猪爪の見事な采配がうかがえる。薄煙漂う音像によって屋敷の朴訥とした歌の輪郭が滲んでいき、白昼夢に包み込まれていくような心地になる。
また全曲でシンガーソングライターの白と枝(Gt / Cho)と、ろくようびなどで活動する椿三期(Dr)が参加。ベースレスの座組もチャレンジングだ。決して低音の不在を補おうとする作為はなく、あらかじめ失われているという喪失感と漂泊感こそが本作のサウンドの肝だと言える。特筆すべきは、KiQや浮の作品でもコーラスで重要な役割を担ってきた白と枝が、本作ではエレキギターを弾いていること。“花屋”でのファズが効いたソロパートや、“おやすみ”での珍妙なフレーズなど、一意に定まらぬ寄る辺なき感情を象徴するような役割を担っている。
のんびりとしているのに虚無感が残る。幻想的で幸せに包まれているのに、なぜか頭が重くどよんと後味が悪い。まさしくどうにもままならず、ほんのひととき睡魔に脳をおもねる仮眠みたいだ。影響を公言しているLeonard CohenやElliott Smithはもちろん、休みの国、野沢享司、戸張大輔にも通じている、積層的なフォーク・ミュージックである。
仮眠
発売:2023年4月2日(日)
フォーマット:カセットテープ(DLコード付き)
価格:¥1,650(税込)
レーベル:COMPLEX
販売サイト:https://complex-revision.stores.jp/items/63f417c6622396404fae4f2e
収録曲
【side – A】
1. 花屋
2. おやすみ
【side – B】
3. 鈍行
4. 午前4時
屋敷
シンガーソングライター。憂いを帯びた歌声と、繊細なタッチのアコースティック・ギターを武器にして、都内のライブハウスを中心に活動中。シンプルだが味わい深いメロディと、日常生活への洞察に満ちた歌詞世界に定評がある。いつでも部屋で歌っているかのような融通無碍なスタイルは、彼がレナード・コーエンや高田渡の系譜を継いだシンガーの一人であることを物語っている。
2021年11月に1stフルアルバム『実家』を発表。
Twitter:https://twitter.com/akayashiki
You May Also Like
WRITER
-
1991年生まれ。大阪北摂出身、東京高円寺→世田谷線に引っ越しました。
OTHER POSTS
ANTENNAに在籍しつつミュージックマガジン、Mikikiなどにも寄稿。
過去執筆履歴はnoteにまとめております。
min.kochi@gmail.com