東京であぐねる一人の社会人による暮向の記録
何かを期待して上京したある若者。数年過ぎて、東京での生活は慣れたもんだし、仕事に追われる毎日にすら何も感じなくなっていた……はずなのに。オフィスで深夜まで労働してようやく終業。正面玄関はもう施錠されていて、夜勤の警備員に一瞥をくれながら通用口から締め出されるようにこそこそと退館。そして夜道を歩いている時にむくむくと沸き上がってくる思考。何のためにこんな時間まで働いているのだろう?そもそも何のためにこの仕事をしているのだろう?そもそもなぜ自分はこの街に出てきたんだっけ?……何度そもそもを重ねて自問しても答えは出てこない。そもそも「何か」がわからないまま出てきたのだから。
砂の壁の2nd EPを聴いてまず浮かんできたのはこんな情景だった。社会に揉まれてしばらく経ったくらいにふと自覚する、そこはかとない虚無感、くたくたになった精神、翳りゆく未来。それはオボキョウヘイ(Vo / Gt)が手掛ける歌詞に依拠する。前作『GUMBO』(2023年)では“楽園”に代表されるように生活と夢の中、過去と現在、空虚と充実が錯綜した逃避願望が見てとれた。都市に住まいながら、想像の世界を夢見るという点ではシティ・ポップ的とも言える作品だっただろう。それから一年が経った本作では、現実への満たされなさや後悔が際立って表出している。「東京の人混みのなかであすの光は見えるのか」(“Tokyo”)という一節を象徴として、“Tower”と“オレンジ”では「戻れない」という言葉が複数登場するし、“きてしまう夏”では「阿保たち」なんて穏やかなオボの声から想像もつかない毒を吐く。
一方アレンジ面では、レコーディング&ミックスエンジニア兼レーベルオーナーでもある猪爪東風(ayU tokiO)が今回はサウンドプロデューサーとしても参加し、前作以上にフルコミット。『GUMBO』で顕著だったフュージョン色はやや緩まり、一層洗練と落ち着きがうかがえるものになっている。特に“駆け抜ける”でのヤマザキマオ(Ba / Cho)によるオクターブの音を重ねた印象的なベースフレーズから始まり、青木聖陽(Key)によるJourneyやVan Halenばりのシンセサイザーが華やかに重なる。またその後シンセが大見勇人(Dr)の刻むビートとポリリズムになる箇所も含め、適度に張り詰めている緊張感と丁寧に構築された美しいアンサンブルにうっとりしてしまう。また“きてしまう夏”での透明感あるマオのコーラスや浮足立つような16ビートも見事だが、そんな演奏が鮮やかかつファンタジックであればあるほど、オボの靄がかった思考と物憂げな歌唱がより際立つという対照的な構図だ。
けれど決して絶望まではしていない。それはアルバムタイトルが『都市漂流』だけでもなければ続く言葉が「のように」でも「の中で」でもなく、目的を示す『都市漂流のために』であることから明らかだ。どうにか食らいついて、自分を見失わず、この場所で生活し続けていくためにアウトプットされた、ある一人の社会人によるこの一年の暮向の記録である。サニーデイ・サービスの『東京』でも、ceroの『My Lost City』でも、くるりの『東京』とも違う、東京を舞台にした新たな描き方の作品だ。
都市漂流のために
アーティスト:砂の壁
仕様:CD / デジタル
発売:2024年7月3日
価格:¥1,650(税込)
収録曲
1.Tower
2.駆け抜ける
3.きてしまう夏
4.Tokyo
5.オレンジ
砂の壁
2019年活動開始。 2020年4月より現行の4人体制となる。 研究職、システムエンジニア、コンサルタント、コピーライター とそれぞれの職業を持ちながら、音楽活動を行う。 フォークやロック等様々な音楽を濃縮し、キーボードとギター のダブルリード編成で表現。
Instagram:@sunanokabe
X(旧Twitter):@sunanokabe
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WRITER
- 峯 大貴
-
1991年生まれ。大阪北摂出身、東京高円寺→世田谷線に引っ越しました。
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ANTENNAに在籍しつつミュージックマガジン、Mikikiなどにも寄稿。
過去執筆履歴はnoteにまとめております。
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- 乾 和代
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奈良県出身。京都在住。この街で流れる音楽のことなどを書き留めたい。
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