これはただの弾き語りフォーク・アルバム第一集ではない
歌とアコースティックギターのみ。全編丸腰の弾き語りではあるが、これはただのフォーク・アルバムではない。歌謡曲にブルース、カントリーやブルーグラスから、プログレッシブ・ロックまで抱擁したごった煮に聴こえるところに、彼女の歌の異端っぷりが集約されている。
1998年生まれ、湘南在住のシンガーソングライター、井上園子。茅ケ崎にあるアメリカン・ルーツ・ミュージックの老舗ライブカフェ&バー〈STAGECOACH〉でアルバイトをする内に、自身でも音楽活動を開始したのが2022年。本作は一発録りによる1stアルバムとなるが、1曲目の“三、四分のうた”のイントロから、流暢な2フィンガーにまず驚く。そしてたっぷり45秒聴かせて、トーキング・ブルースに突入する大胆不敵さにも。さらには最後の最後、それまでのストーリーテリングから跳躍して「キャリア採用、馴染んでる……」と繰り返して終わる不可解な余韻も含めて、冒頭からあっけにとられてしまった。ギターのスタイルとしてはElizabeth Cottonを感じさせるが、実際“あの街この街”のギターフレーズは“Freight Train”を下敷きにしており、本作ではカットされているが、ライブでは時折そのまま原曲になだれ込んで一節歌うこともあるそう。
ソングライティングにおいて特徴的なのはドラスティックに場面が切り替わっていく、フックの効いた構成だ。“おいしい暮らし”ではパートごとにBPMを上下させ、うなるように語っていくその様は浪曲的とも言える。“きれいなおじさん”では2番でそれまでの倍速となり、ポンピングブレーキをするように再び元の速度に戻ってくる。シンプルなメロディとフレーズを繰り返すフォークソングの基本形式とは端から遊離しており、転調や可変的なテンポを用いながら展開させる点ではプログレやヘヴィ・メタル的と言っていい。実際、全9曲中6分を超えるものが4曲あり、“漫画のような”は実に9分半にも及ぶのも納得だ。実際に、親の影響からOzzy Osbourneをフェイバリットの一人に挙げているのも納得で、しっかり影響が表れている。
構成以外の部分においても所々でこぶしを効かせる歌いっぷりや、同じ構成の文節を並べつつ少し言い回しをずらすことでニュアンスを変えていく、技巧的な歌詞も目を見張る。しかしここまで述べてきた見立ても野暮だと言わんばかりに“きれいなおじさん”では「ロックかポップか知らねえが私は私をうたうのさ 演歌かフォークか知らねえがそんだけ聴きたきゃてめえがやれよ」と中指を立てている。ただ彼女はギターや曲作りにのめり込み、身の回りのことを真っすぐに歌にしているのもまた事実なのだ。
今回は弾き語りとなったが、湘南や横浜エリアを中心に行っているライブでは、時折バンド編成にもトライしている。カネコアヤノや折坂悠太のようにシンガーソングライターとして成熟するも、ギター、バンジョー、マンドリンなどを操るマルチな弦楽器奏者になるも、国内におけるブルーグラス・カントリーのオルタナティブな存在になるのも、あらゆる可能性が開けていることを感じる。活動を始めてたった2年、まさにここからほころんでいこうとしている蕾の時期をキャプチャした作品だ。
ほころび
アーティスト:井上園子
仕様:CD / デジタル
発売:2024年9月4日
価格:¥2,000(税込)
配信リンク:https://p-vine.lnk.to/7OHLgN
収録曲
1. 三、四分のうた
2. おいしい暮らし
3. あの街この街
4. 十を数えて
5. きれいなおじさん
6. ありゃしない
7. 漫画のような
8. カウボウイの口癖
9. 人ばかりではないか
井上園子
2022年よりアルバイト先のオーナーの一声をきっかけに音楽活動を開始、両親の影響で聴き馴染んでいた60〜70年代のフォーク、ロック、ブルース、カントリー、ブルーグラスといったスタイルの音楽をベースに、日常の一コマを独特な視点で“言葉”に置き換えた唯一無二の世界観を三畳一間から産み出すシンガー・ソングライター。父のギターを携え、茅ヶ崎、藤沢、横浜など神奈川県沿岸部を中心にライヴ活動を始める。東京都内や大阪、福井と徐々に活動の範囲を広げ、2024年4月には葉山芸術祭のステージにも出演を果たしている。現在、茅ヶ崎FMにて『井上園子のごあいさつ』(毎週金曜日20:00-20:30)のパーソナリティーも務めている。
Instagram:@whois_son
X(旧Twitter):@inouesonokodesu
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1991年生まれ。大阪北摂出身、東京高円寺→世田谷線に引っ越しました。
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