4月14日、俳優の杏が弾き語りで加川良の“教訓Ⅰ”をカバーした動画を公開した(歌詞はハンバートハンバートによる一部改変されたもの)。70年安保を前にして起こった運動の熱量に呼応する形で沸きあがったアングラフォーク・ブームを代表する「反戦歌」として当時賛辞を集め、時に非難の対象にもなってきたこの楽曲。1970年の第2回全日本フォークジャンボリーで加川が歌い始めてからちょうど半世紀となる2020年に、杏のカバーを通じて再び日本中を駆け巡るとは。各種メディアでも取り上げられ『新・情報7daysニュースキャスター』(TBSテレビ)では「故・加川良さんのご家族」が電話取材を受けていたが、この曲を「争いごとと共存していくにはどうすればいいのかということを歌った」、「思いやりのある愛の歌だと思う」と、簡潔な言葉で反戦歌ではなく「ラブソング」として見事に評していたのだ。
この「ご家族」こそ、息子であるgnkosai。奇しくもこの番組が放送された4月16日には彼が率いるバンド、gnkosaiBANDが久々のアルバム『吸いきれない』をリリースしたというのは、なんというめぐり合わせだろうか。
リトルキヨシトミニマム!gnk!やきわわなどで活動してきたgnkosai(以下ゲンキ:Dr / Post)を中心に2013年結成。<FUJI ROCK FESTIVAL>や<祝・春一番>など国内主要フェスにも出演を果たしながら、湘南・横浜界隈で活動を展開してきた。レゲエ、ブルース、サイケを主軸に、ブレイクビーツやダブもミックスされた音像。無国籍でミニマムなアンサンブルは今勢いに乗るKhruangbin(クルアンビン)にも通ずる。彼らはそこに加えてゲンキがポエトリーリーディングを乗せていくスタイルで、Linton Kwesi Johnson(リントン・クウェシ・ジョンソン)、Mutabaruka(ムタバルーカ)、Jean Binta Breeze(ジーン・ビンタ・ブリーズ)に代表されるダブ・ポエトリーのルーツもあるだろう。しかし彼らにとってのリーディングはあくまでバンド・サウンドの一要素であり、常に音と言葉とビートの三権分立が根底にあるという点が換骨奪胎な表現となっている。
本作は2018年にメンバーチェンジを経て、オカザキエミ(シンセベース / Cho)が参加した現在の4人での初のアルバム作品となる。インストゥルメンタルを含めた全10曲。ソロプロジェクトmoqmoqや金佑龍のコーラスサポートなどでも活躍しているオカザキの加入によりポエトリーに歌が拮抗していくという、バンドが新たな局面に突入したことが伺える。
前半はオカザキが歌唱をとり、後から物語の濃淡をクリアにしていくようにゲンキがリーディングしていく“春の精”。中華風のサウンドを下敷きにしながら他の曲がカットインしていくダブ・ミックスでどんどん混沌の渦に巻き込んでいく“POSSE”。ゲンキ単独のリーディング・パートからボサノヴァ・グルーヴに突入していきオカザキが随所でスキャットを入れていく“yajin”。サウンドだけではなくボーカリゼーションの対比においても様々なアプローチが実践されている。
その極めつけはオカザキが詞曲にもクレジットされている“春一番”だ。間奏での足立PANIC壮一郎(Gt / Cho)によるCarlos Santana(カルロス・サンタナ)ばりのギターソロも痛快なラテン・ロックだが、ゲンキのリーディングとオカザキの歌がシームレスに掛け合って、後半には別の詞が並立で発声されていく。「またいつか会いましょう」で締めくくられる詞やタイトルの通り、今年最後を迎える予定だった長年大阪でゴールデンウィークに開催されていた野外コンサート<春一番>に捧げられている。「会えなくなってしまった 消え 無くなってしまった」と遠いところに語り掛けるような箇所には第1回の1971年から出演し続けていた加川良の存在も感じさせる。ステージでも披露されることだったろうが、新型コロナ・ウイルスの影響により開催中止。それゆえに「いつか会いましょう」と歌うこの曲が<春一番>の未来に向けて一筋の希望を残しているような気がしてならない。
また冒頭を飾る“Journey”もこの状況下でより胸に響いてくる楽曲だ。結成以降に彼らが出演してきたイベントと会場の名前をゲンキがただひたすら「ワン・ツー」と読み上げていく。その合間にはこれまで活動を共にしてきたメンバーたちの名前も挟まれる。極めてシンプルなブルースの構造であり、その詞表現はもはやポエトリーでもない。各地のステージで「ワン・ツー」とマイク・チェックをしてきた、これまでの実績と旅路を辿るメモリースティックとなる楽曲だったはずだ。しかしライブ営業が出来ず自粛に追い込まれている現在。どうかこの状況を乗り越えてくれと思いを巡らせ、会場一つ一つにエールを送り、今を共に生きる応答確認としての「ワン・ツー」として響いてくる。この曲もgnkosaiBANDから今窮地に立たされている現場を思いやった、リアルな「ラブソング」なのだ。
この時流の中で放たれた『吸いきれない』は決して数奇ではない。むしろ運命的に今の時代に寄り添うこととなったライブ・ミュージックとしての希望の光を灯している。人が行き交う街はマスクなしでは呼吸すらできない。狭窄した心が蔓延るSNSの空気はもう沢山だ。gnkosaiBANDはあなたの胸をラブソングで満たしてくれる。命はひとつ、人生は1回。だから余計なものなど、もう吸いきれない。
gnkosaiBAND『吸いきれない』
収録曲:
1.Journey
2.春一番
3.EASYなBGM
4.春の精
5.POSSE
6.M3
7.Yajin
8.Nuts!
9.再考
10.Patrick Taylor
Recorded at スタジオ月桃荘
Recording&Mix&Masterd by 足立PANIC壮一郎
PANICtracks a.k.a 生きててよかった
発売:2020年4月16日(土)
価格:2,750円(税込み)
取り扱い: gnkosaiBAND WEB SHOP
gnkosaiBAND
gnkosai(Dr / Poet)
Vi-Ta(Key / Cho)
足立PANIC壮一郎(Gt /Cho)
オカザキエミ(Syn /Cho)
読み方は自由、表記はgnkosaiBAND。 2013年結成。横浜、湘南を中心に活動の幅を広げ、「りんご音楽祭」「祝 春一番」 「劇団 維新派 屋台村公演」「SPRING SCREAM(台湾)」 「FUJI ROCKFESTIVAL 2018」等、野外イベントへの出演に加え、DAM(PNA) / Blue-eyed Son(L.A) / HeyMoonShaker(U.K) / EL HARU KUROI(L.A)等、 海外アーティストのジャパンTOURにも積極的に参加。
これまでに『我笑軟化-なんか笑っちゃう』『尊尊我無-とうとがなし-』『Repeat』と3枚のアルバムを自主リリース。 レゲエ、ブルーズ、サイケ等、ルーツミュージックを基盤とした演奏にポエトリーリーディングが乗る、なんとも説明しづらいその音楽性は奇をてらわずとも唯一無二。聞けば解るさ。
公式Webサイト:http://gnkosai.com/gnkosaiband/
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1991年生まれ。大阪北摂出身、東京高円寺→世田谷線に引っ越しました。
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ANTENNAに在籍しつつミュージックマガジン、Mikikiなどにも寄稿。
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min.kochi@gmail.com