多彩な仲間と共に漂着した、退屈な日々を彩るフォーク・ロック
名体不離で名詮自性。まるで気球(KiQ)が浮遊(FuU)していくような、涼しげでのんびりとした時間が流れてくる音像だ。でも心持ちはどこか浮き足立っているようにも聴こえる。
そもそもKiQは2020年に余命百年を解散したやまのは(Vo / Gt)が、ソロプロジェクトとして始動。2021年、ゆうやけしはすのライブを記事で取り上げた際にも彼は対バンとして出演していたが、この時も表記はまだKiQ BANDだった。目的地を決めることなく、プカプカと再び歌い始めた旅路の中で、礒部智(Ba / 超常現象、Puné Loi、ayU tokiO)、照沼光星(Dr / jan and naomi、GODなど)、三ッ野大貴(Gt,Per,Syn / Magical Lizzy Band)という各所で活動しているメンバーが、次第にやまのはのバスケットに同乗してきたのだろう。その内に一蓮托生となり、BANDと名乗らずともKiQそのものが4人を表すバンドに漂着した。1stアルバムである本作はそんな行き当たりばったりだけど、とても充実した彼らの飛行経路を辿るような作品になっている。
やまのはの作る楽曲に、ゲストを交えたバンド全体で繊細な彩りを持たせたり、時折混沌を演出していくのが基軸。ハイトーンで声を張り上げることも多かった余命百年時代よりも音程がぐっと下がり、普段の会話に近いようなメロディは大きな変化と言えるだろう。そぼそぼとした彼の歌い口は、アシッドな質感が孕んで響いてくる。また歌われている内容もやまのはの生活圏が浮かび上がってくる素朴なものだ。阿佐ヶ谷TABASAや東高円寺U.F.O.CLUBを始め東京・杉並区特有の磁場の影響を多分に受けた、退屈な日々を彩るフォーク・ロックとして聴くこともできる。
その一方で、サイケデリックで弛緩したトーンも全体的に充満している。レゲエ調の“Thank you Darkness”では「Underground モーリン・タッカー ノーリターン」と歌っており、The Velvet Underground(ヴェルヴェット・アンダーグラウンド)への率直な憧れが感じられるのだ。また浮の米山ミサ、白と枝の二人が複数曲でコーラスとして参加。歌の柱を担う画面もあることから、Lou Reed(ルー・リード)と双璧を成す、Nico(ニコ)のような存在感という意識もあったのかもしれない。
とりわけ“あたちぱ”は耳から離れないほど強烈な印象を残す。緩急のあるファンキーなリズムにクラクラするし、繰り返される「あたちぱ」という言葉のなんとおどろおどろしいことか。この謎のワードは何を意味するだろう。「A touch of pain」?、それとも「A touch of paradise」? やばい時代に生きている痛みをじわじわと知覚しながら、今よりマシな楽園を踊りながら求めている。そんなやまのは自身はもちろん、現代の生活者を照射したパーティー・チューンとも言えるだろう。
なお、“あたちぱ”はイラストレーター/漫画家の本秀康が主宰する雷音レコードから7インチがリリースされている(同時発売はkiss the gambler “Fresh”)。アルバムのジャケットも彼が手掛けているが、雷音レコードからの新タイトル発売は約2年ぶりとのこと。大森靖子や前野健太、台風クラブなどのレコードも送り出してきた、良質なレーベルが再び稼働する契機となったという点でも意義のある作品だ。
FuU
アーティスト:KiQ
仕様:CD / デジタル
リリース:2022年5月18日(水)
レーベル:mimikaki DISK
収録曲
1. 三日月虫
2. あたちぱ
3. Stories feat.白と枝
4. ランチボックス
5. aze
6. なんでも吹く女
7. トレルモロ
8. バルーン・バルーン・バルーン
9. Baroque
10. 春 feat.浮
11. Thank You Darkness
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WRITER
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1991年生まれ。大阪北摂出身、東京高円寺→世田谷線に引っ越しました。
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