観音廟の真向かいで最先端のジャズを。音楽と台中の生活が肩を寄せ合う『浮現祭 Emerge Fest 2024』レポート(前編)
2019年から台湾・台中市で開催され、今年5回目を迎えた『浮現祭 Emerge Fest』。イベントの特徴や台湾の音楽フェスティバルの中での位置づけなどは、先に公開された主催者・老諾さんのインタビューに譲るとして、こちらでは2024年2月24日(土)~25日(日)に行なわれた現地レポートを2記事に渡ってお届けしよう。こちらは前編。
台中は宮古・石垣島よりも緯度が低いんだった
音楽フェスティバルを訪れたというだけではなく、台中市にある清水区という街を探訪してきたという感覚が強い。イベントのためにゼロから会場を建設するのではなく、〈鰲峰山運動公園〉を利用している点では『京都音楽博覧会』や松本の『りんご音楽祭』。会場を出ればすぐ街に出て食事や買い物もできる点では『Shimokitazawa SOUND CRUISING』や『TOKYO CALLING』を始めとする、ライブサーキット。バンドやDJだけでなく、アイドルグループも多数出演していたところは『やついフェス』やロッキング・オン主催のフェスと重ねることもできる。だが、この体験を振り返ってみるといずれとも似ていない、街の薫香みたいなものを存分に感じた音楽フェスティバルだった。
筆者は開催二日前に台湾桃園国際空港へと到着。首都である台北に一日滞在したのち台中へと移動した。距離にして約170km。大阪~名古屋間ほどの距離を南下して到着すると、台北では快適に過ごせた薄手のウィンドブレーカーを脱ぎたくなるほど暖かかった。滞在期間中は天気も良く、朝は14℃、日中は24℃ほどまで気温が上がる。まだ2月であっただけに、暑さには油断していた。痛々しいほど日焼けをしてしまい、このレポートを書いている3月現在も右腕には時計の跡がくっきり残っている。
イベント当日を迎え、会場に到着するとリストバンド交換のブースには長蛇の列が並んでおり、聞けば2日間ともチケットはソールドアウトしているそうだ。観客の年齢層は10代~30代と若い。公園内にある大きな自転車競技場の両脇にメインとなる〈浮現舞台 EMERGE STAGE〉と〈光景舞台 SCENE STAGE〉が設営されていたが、昨年からステージ数が増加し、レイアウトも変わっている。着実に動員人数が増えているようだ。
溫蒂漫步 Wendy Wanderで台湾インディーのメロウな洗礼を受ける
早速メインステージの〈浮現舞台〉に足を運んでみると、2018年結成の若き5人組、溫蒂漫步Wendy Wanderが1組目として登場したところだった。日本においても、2021年にはKaede(Negicco)の楽曲“((( escape )))”の作曲・アレンジを手掛け、今年4月には来日ツアーも決定している人気バンドだ。昨年末にリリースされた2ndアルバムの表題曲“Midnight Blue”からライブはスタート。煌びやかなシンセフレーズが特徴的で、ドリームポップを通過したアーバンなサウンドが心地いい。2曲目の“愛到宇宙爆開 Love Bomb”では小気味よい16ビートのダンスチューンに早くも手拍子と大合唱が沸き起こる。快晴の午前中のステージではあるが、江楊(ジャン・ヤン)(Ba / Vo)と曾妮(ゼン・ニー)(Gt / Vo)の男女ボーカルがスウィートでメロウな情感を醸していて、夜のライブハウスや〈Billboard Live〉のラグジュアリーな舞台でも映えそうだ。
そんなメロウの閾値を振り切ったのは、2020年発表バンドのステータスを押し上げたヒット曲“我想和你一起”。イントロダクション的な役割のインストゥルメンタル“Spring Spring”が始まった瞬間、会場のそこかしこから「フー!」と声が上がる。冒頭はしっとり、徐々に高揚感を高めていく歌唱、間奏からサビに入る時の卒倒しそうなタメ、下から突き上げるようにかけ上がるギター、ベース、シンセのユニゾンフレーズ。どこを取っても官能的なアンサンブルは、落日飛車 Sunset Rollercoasterの“My Jinji”をも少し思わせる、いつまでも聴いていたい名演だ。
その一方でグルーヴの波は比較的直線的でソウル、ファンクではなくポストパンクやニューウェーヴ由来のものを感じたのが、音源では気づかなかったライブならではの発見だった。朴訥な声色のジャン・ヤンが歌いながらベースを弾いているからリズムの打点がジャストなことが多いからかもしれないが、あくまでアイデンティティはシティポップではなくシンセを打ち出したロックにあるのではなかろうか。特にラストに披露した80’sテクノポップ調の楽曲“不夜城”の熱い演奏に、このバンドのカメレオン的な魅力を感じた。
心置きなくチルできる会場づくりと恐龍的皮 The Dinosaur's Skin
溫蒂漫步を終えて、次の目当てを観るためにシンガーソングライターからパンクバンドまで台湾のポップなインディーアーティストたちが多数出演する〈希望舞台 WISH STAGE〉に移動する。公園が会場とあって、休憩するスペースには申し分ないところがありがたい。ビニールシートや折り畳みイスを置いて自分たちの拠点を作り、のんびりしている光景がそこかしこで見られた。お目当てを観に行っているのか、がっつり荷物が置かれたまま誰もいないシートも散見されるので置き引きが心配になったが、治安の心配は少ないということだろう。そういえば、各ステージの観客エリアの端には雨風や日差しを避けられるテントが設営されていて、たくさんイスもあるので休みながらライブを観ることもできる。日本のフェスでは混雑緩和や通路確保の観点からスタンディングが基本だし、休む場所を探すのに苦労することも多いので、この会場づくりには主催側の優しさを感じた。
公園内をぶらり散歩している感覚で〈希望舞台WISH STAGE〉に到着。ステージの周りをぐるっと取り囲むように衣類や雑貨のマーケットが開かれていて買い物も楽しめるエリアである。こちらに登場したのが男女二人組ユニット恐龍的皮 The Dinosaur’s Skin。MAN WITH A MISSIONの如く、その名の通りティラノサウルスとトリケラトプスのマスクをかぶった覆面バンドだ。猫の被り物をしたサポートドラムと共に登場し、1曲目の“Jurassic Ride”から観客をひたすら煽っていく。当初は日本でも人気の海豚刑警 イルカポリスが出演予定だったが、体調不良によりこの二人(二頭?)の代打が発表されたのが開催10日前のこと。そんな経緯を微塵も感じさせないハッピーな盛り上がりである。
「ジュラシック・ポップ」を標榜する、ちょっぴりローファイなベットルーム・ポップ、チルウェイブを超アッパーにしたような楽曲たちは、二人のキャラクターとも相まってひたすらキャッチー。また英語のリリックであり、全世界を射程に入れていることが窺える。三角龍 Triceratops(Vo / Key)は観客に向けてポスターやステッカーを投げ込むわ、亀を模した巨大浮き輪を投げ込むわ、過剰なまでのサービス精神に溢れたパフォーマンスだった。暴龍 T-Rex(Vo / Gt)と掛け合うMCも軽妙でずっと笑いが起こっている状態である。
最も大きな盛り上がりを見せたのは“In My Dreams (You’re Not Extinct)”。マスクをかぶった仲間をさらに呼び来み、身体をぶるぶる振るわせるダンスで一体感を煽っていた。ラストの“All My Friends Are Dead”では手を横に振りながら、このタイトルを何度もサビで大合唱する恐竜ならではのブラック・ユーモアも炸裂。通底する脱力感もクセになりそうな、どこを取ってもポップなステージだ。台湾インディーの間口の広さを感じるユニットである。
観音廟を背にして観るOC experimentはジャジーすぎる
14時ごろになるとどこのステージも込み合ってくる。お客さんの中にはこの日出演を控えているヤバイTシャツ屋さんや、明日のヘッドライナーであるずっと真夜中でいいのに。(ZUTOMAYO)など、日本のアーティストのTシャツを着ている人もちらほら見受けられた。『浮現祭』には2019年の初年度から毎年日本のアーティストが出演しており、今年はこの二組の他にステミレイツSTMLT、Daisy Jaine、Maki、東京酒吐座、VivaOla、グソクムズ、ゆるめるモ!、DJシーザーなどなど、ジャンルも活動形態もバラバラな顔ぶれがパフォーマンスを行っていた。昨年9月には東京・渋谷でプレイベント『Emerge Fest : Japan 2023』が開催されていたし、協力に〈duo MUSIC EXCHANGE〉や『TOKYO CALLING』がクレジットされており、日本と台湾の音楽の懸け橋としての役割も意識しているフェスティバルである。
ここで食事休憩をとることにしたが、『浮現祭』にフードエリアは設けられていない。会場から5分ほど歩けば街中に出ることができ、大きな中山路の両脇には飲食店が立ち並んでいる。「音楽と地域との共生」をテーマとして掲げているフェスティバルとして、地元のお店で食事を楽しんでもらうことを推奨しており、Webサイトや会場内にもFOOD MAPが掲載されていた。「在地小吃(地元の大衆料理)」「特色店家(注目のお店)」「素食店家(ヴィーガン料理店)」にカテゴライズされた手厚いマップを眺めながら店を選ぶのは楽しいし、それらの店舗から会場のメインゲートまでUberEATSを頼んでいるお客さんもいて笑ってしまった。
筆者は二日間の間に牛肉麺店や、清水の名物という円柱型の中華おこわのような食べ物「米糕(ミーガオ)」のお店、ドリンクスタンドなどを利用したが、そこにはいわゆる非日常的な音楽フェスティバルと対極の、清水で暮らす人々の日常がある。旧正月(春節)である2月10日から2週間経ったこの時期ならでは、新年から通常の生活に戻っていく最中のまだ本調子ではない仕事始めののんびりムードが街に漂っていたのも心地よかった。
またもう一つ『浮現祭』における「音楽と地域との共生」を象徴していたのが、今年から新設された鰲峰山の麓に位置する〈清水紫雲巌 QINGSHUI STAGE〉の存在だ。二階建ての観音廟である〈清水紫雲巌〉はとても立派で、正殿内は参拝客も多く、いつものように礼拝が行われていたが、その真向かいにデコトラを模したステージが設営されていて、「ここでデカイ音を出していいの……?」と思わず心配をしてしまった。例えるならば浅草寺の本殿に対して、雷門どころか仲見世通りも宝蔵門も抜けた境内の位置に『TOKYO CALLING』の中の一ステージがあるような感覚だ。日本ではありえない光景だが、地元の人も特に気に留めていない様子で、なんならフェスティバルの観客にまで本殿内のトイレは解放されているし、廟の方でも音楽の演奏があったり、夕方には抽選会まで開かれていた。この信仰とアミューズメント、日常と非日常が同じ領域に存在し、かつ誰一人不快に感じていない状況が本当に素晴らしい。
このステージのみチケットなしで観ることができる、『FUJI ROCK FESTIVAL』における〈ROOKIE A GO-GO〉のような位置づけだったが、ここで観たパフォーマンスの中での注目はOC experiment。台湾南部・高雄を拠点とする2021年結成の4人組バンドだ。リーダーであるOC(Key / Vo)がひとたび鍵盤を鳴らし、1曲目の演奏が始まった途端ただモノではないことがわかる、流麗でモダンな4人のアンサンブル。台中の空に響き渡るLEE5のトランペットの音色が心地よく、演奏が進むごとに日が暮れていくのもたまらない。
OCのスマートながらも、首でリズムを取るちょっぴり粗野な立ち振る舞いもまた大器を感じるもので、フュージョン、ジャズ、ファンクを軽々と行き来していく。まだ正式音源すら発表していないようだが、間違いなくRobert Glasperに刺激を受けた台湾ジャズの最前線だ。30分の演奏が終わり、時間は18時半ごろ。ステージを降りるOC experimentを見届け振り返ると、辺りはすっかり暗く、提灯に明かりが灯ってライトアップされた〈清水紫雲巌〉はさらに荘厳さを増した顔つきになっていた。メインステージからは離れていたが、今自分は日本と違う土地で音楽を浴びているんだということを最も実感した瞬間だった。
経済効果だけが目的ではない、音楽フェスと街の心地よい繋がり方があった
ここまで書き連ねてきたこと以外にも、タイのオルタナティブ・ロックバンドTilly Birdsの人気はすさまじく、YouTubeでのMVの再生数がまもなく2億回に到達する勢いのミディアム・ポップチューン“คิด(แต่ไม่)ถึง(Same Page?)”の演奏が始まった時には、曲調にあまり似つかわしくないサークルモッシュが起こっていたこと。傷心欲絕 Wayne’s So Sadのボーカル 許正泰(シュー・チェンタイ)の朗々としたダークでゴシックな歌いっぷりにはThe CureのRobert Smithを重ね合わせていると、それをかき消すほどの大合唱が起こり、お客さんの熱量に驚いたこと。ヤバイTシャツ屋さんは「無線LAN 有線LANよりばり便利」のフレーズでも見事にコールアンドレスポンスが成立していたし、そもそも日本のオーディエンスよりも圧倒的にシンガロングをする頻度が高いのも発見だった。また会場では台湾のクラフトビールメーカー「臺虎精釀(TAIHU BREWING)」が『浮現祭』オリジナルパッケージのビールを販売していて、しかもなぜか330ml缶3本セットで100元という売られ方をしていて、日本のフェスとかなりお酒の売られ方が違うのもおもしろい(500mlロング缶は3本200元だった)。
メジャーとインディー、ジャンルなど、垣根もバランスもなく容赦なくごった煮になっているこのフェスティバルを存分に楽しんだ一日目だった。ただ確固たるものとして会場から感じとったのは「台中という地域を代表するロック・フェスティバル」を引き受ける志。台湾の中では台北、高雄に次ぐまだまだこれから発展していく街の生活に、フェスが浸透していく過程を見たような気がする。ともあれ台湾の音楽文化が自分の血液にドクドクと注入されるような感覚は心地よく、オーバードーズを覚悟、いや期待して、二日目を迎えるのであった。
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1991年生まれ。大阪北摂出身、東京高円寺→世田谷線に引っ越しました。
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ANTENNAに在籍しつつミュージックマガジン、Mikikiなどにも寄稿。
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