京都拠点のローカルな視点からインディペンデントな活動を行っているバンドマンやシンガーたちにスポットを当ててきたANTENNAの音楽記事。REVIEWでも主に関西のライブハウス・シーンで活動しているアーティストの新作を論じてきました。
そんな「今」を捉えてきたレビュー記事に新たな軸が加わります。題して『Greatest Albums in 関西』。ANTENNAが拠点を構える京都、ひいては関西から生まれた数ある名盤の中でも現在の音楽シーンにも影響を与え続けているアルバム作品を、2020年代に突入した現在の視点から取り上げていきます。
関西の音楽には全国的なムーヴメントに発展した音楽も数多あります。1960年代末の関西フォークから、70年代のソウル・ブルース、関西NO WAVE、ゼロ世代……『Greatest Albums in 関西』はこの地域の音楽文化史を作品を通して徐々に編んでいこうとする壮大なプロジェクトです。どうぞ長い目でお楽しみください。
70年代の大阪だから生まれた奇跡の名盤
70年代の浪花ブルース、ソウルの代表バンド、上田正樹とサウス・トゥ・サウスのライブスタイルは、第一部が本作で聴ける上田と有山淳司の2人によるアコースティック・ステージ、第二部が同年リリースの『この熱い魂を伝えたいんや』(1975年)に収められたようなOtis Redding(オーティス・レディング)やJames Brown(ジェームス・ブラウン)直系のパワフルなR&Bステージで構成されていた。
まったくここまで大阪で生きる人のアイデンティティをギトギトにして真空パックにした音楽作品は、この後にも先にもないだろう。幕開けに入る、客に理詰めする商売人のジリジリとした啖呵。曲中にありありと浮かんでくる、キタからミナミへと移ろう街並み。梅田から歩き出しては、北新地に目移りしつつ桜ノ宮、松屋町、船場。道頓堀をそぞろ歩いて、戎橋でおネェちゃんを引っかけながら、法善寺横丁へ飲みに消えていく。このお調子者だがどこかやさぐれた男のセンチメンタルったら。そしてなにより象徴的なジャケットで上田・有山が立つ今亡き<大阪名物くいだおれ>……。
しかし本作は決して<大阪ご当地ソング>という表現にはなっていない。今から見ればステレオタイプな大阪の景色だが、二人はただユーモアを交えながら素朴に自分たちを歌っただけなのだ。上田は“大阪へ出てきてから”で生粋の大阪人ではない立場から居場所のなさと希望のなさを歌っているし、三上寛が詞を提供した“俺の借金全部でなんぼや”みたいにツレは誰もが金にルーズだったんだろうし、有山の代表曲“梅田からナンバまで”もデートのウキウキを描いたナンバーだが、そもそも梅田~難波なんて約4kmもあるのだ。実情は地下鉄御堂筋線に乗れないほどに金がなく、歩くしかなかったという自虐も有山にはあったと思う。
だからここで描かれた大阪は<ご当地ソング>というより、当時アンダーグラウンドにいた自分の姿を率直に歌にした現在で言えばレペゼン精神。ステレオタイプというのも確かで、井筒和幸監督が『ガキ帝国』や『岸和田少年愚連隊』で描いたような当時の不良たちによる青春グラフィティ、という見方がしっくりくる。
とはいえ何より本作を名盤足らしめているのは上田の目指すリズム&ブルースと、有山が愛好するBlind Blake(ブラインド・ブレイク)らラグタイムのギター・プレイが見事に融合を果たしたサウンド面の功績だ。そこに普段の会話と地続きな大阪弁イントネーションによる節回しを乗せる手法には、外来の音楽を丁寧に咀嚼し取り入れるというよりも、「お前らから俺んとこ来い」とねじ伏せるような、がめついパワーが感じられる。
上田と有山は<くいだおれ>が閉店した2008年にリメイク作を発表。現在の上田のバンドR&B Bandにも有山は在籍し、ゴールデン・コンビとして定期的に共演をしている。単に大阪弁をリズム&ブルースに乗せたというだけではなく、1970年代の時代背景とその当時の大阪という場所が奇跡的に生み出した作品……であるにも関わらず、まるでよしもと新喜劇と同じように、現在まで音楽における<大阪らしさ>の象徴として鎮座し続けてしまっている部分もある(それは“悲しい色やね”に代表されるその後の上田正樹の功績ともいえるが)。ウルフルズだって、関ジャニ∞だって、言ってしまえば彼ら直系の子どもたち。関西名盤の金字塔でありながら、実は呪縛のような罪深い作品でもあるのだ。
ぼちぼちいこか
アーティスト:上田正樹と有山淳司
発売:1972年6月1日
収録曲
1. 大阪へ出て来てから
2. 可愛い女と呼ばれたい
3. あこがれの北新地
4. Come on おばはん
5. みんなの願いはただひとつ
6. 雨の降る夜に
7. 梅田からナンバまで
8. とったらあかん
9. 俺の借金全部でなんぼや
10. 俺の家には朝がない
11. 買い物にでも行きまへんか
12. なつかしの道頓堀
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WRITER
- 峯 大貴
-
1991年生まれ。大阪北摂出身、東京高円寺→世田谷線に引っ越しました。
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ANTENNAに在籍しつつミュージックマガジン、Mikikiなどにも寄稿。
過去執筆履歴はnoteにまとめております。
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奈良県出身。京都在住。この街で流れる音楽のことなどを書き留めたい。
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