シンガーソングライターという自覚の芽生え – ぎがもえかインタビュー
1997年生まれのシンガーソングライター、ぎがもえか。東京を中心にライブ活動を行い、筆者も下北沢のmona recordsや440(four forty)で何度かステージを目にしていた。また2019年リリースのミニアルバム『メイクアップ』は彼女のガットギター弾き語りを主体としつつ、mogsanやいーはとーゔのメンバーらの演奏にも支えられて完成した、歌の存在を知らしめる作品だった。特に日々の囁きに耳をそばだて、人々の営みを愛でるような歌詞はシンプル言葉選びだが耳に残る不思議な情緒を醸している。陽だまりのように暖かくて、適切な距離から芯を見透かす情景描写の魅力は楽曲の一節にも集約されている気がする、「期待はしない 観察するだけ」(“観察”)と。
本インタビューは『メイクアップ』以来の音源作品となる配信シングル2作品『庭の隅 / レモン』、『敵わない / 水』のリリースタイミングで実施。ふんわりとした雰囲気は歌の世界そのままではあるが、その発言の端々にシンガーソングライターとしての自覚が熱量を持って今まさに芽生えようとしている瞬間をすくい上げたような会話となった。本稿の主人公ぎがもえか。これが若き歌い手として期待がかかる彼女から放たれる言葉を捉え、観察する最初のテキストとなる。
「江國香織もこんな私を主人公にしたくなるでしょう」(“make up”)
ピアノとボーカルスクールが居場所だった
プロフィールを見ると3歳からピアノをやっていたそうですね。
はい、高校卒業の年までずっと教室に通っていました。でも本当にただ好きな曲の楽譜を見ながら演奏して、たまに発表会で披露するくらいのもので。
どんな曲を弾いていたのですか?
クラシックですね。ショパンの曲ばっかり選んじゃって、「違うのも弾こうよ」ってよく先生に言われていました(笑)。それか自分よりちょっとお姉さんが弾いている曲を聴いて、「次、私もあの曲やる!」って感じ。
家族もみなさん音楽が好きだったんですか?
音楽は自分が鳴らしていましたね……(笑)。ピアノはお姉ちゃんも習っていたけど先にやめちゃったし、お父さんはクラシック好きでしたが、影響を受けたってほどではないです。でもこんなに長く習い事をさせてもらって親にはすごく感謝しています。
じゃあ本当に幼少期は自分の意志でピアノに打ち込んでいたんですね。
とにかくピアノが好き過ぎた子どもでした。シンガーソングライターという存在を知ったのも中3か高1になってからで。もちろんテレビの歌番組に出るようなバンドやアイドル、歌手は知っていましたけど、自分で曲を書いて自分で歌う人がいるんだと認識したのは星野源さんが最初だったと思います。
星野源さんはどこから興味を持ったんですか?
最初はドラマに出ていたから役者さんだと思っていたんです。その後お姉ちゃんにSAKEROCKの存在を教えてもらって「顔似てない?」と思っていたら実は同じ人だった。「えー!色んなことが出来て、この人すごいかも……!」と興味を持ちました。ちょうど“夢の外へ”とか“知らない”(共に2012年)がリリースされた頃だったので、そのMVも見たりして、どんどん好きになっていった。
なるほど。それが自分で歌もやってみようというのに繋がる?
はい。それで高校ではボーカルスクールにも行くようになって。通うというほどでもなく、行きたいときに行くという感じでしたが……(笑)。そこで知り合った人たちのライブを観に行って、色んなシンガーソングライターを目の当たりにして、その真似から入っていきました。
自分のやりたいことに向かうための行動力がすごくありますよね。
高校がめっちゃ嫌いだったんですよね。だからピアノを弾いたり、ボーカルスクールに行ったり、なるべく高校に行かない方法を考えていました。自分の親もボーカルスクールの先生も「学校嫌だったら行かなくていいんじゃない?」って言ってくれたのもすごくありがたかった。
自分の居場所を高校ではない別のところに求めていた感覚?
そうですね。学校の友達はみんな穏やかで、特にいじめもなかったんですけど先生が合わなくて。家に帰ってとにかくピアノを弾きながら、「学校の先生はえらいけど、私は超きれいな曲知ってるし!」って思ってました。嫌な子どもですねぇ(笑)。だから音楽で何か表現をしたいという気持ちはなくって、曲がただ美しくて、ピアノをこう弾いたらきれいな音がする!みたいな自分が感動したり、熱中するためにやっていました。
ピアノとガットギターの不思議な関係性
では自分で実際に曲を書いて歌うようになったのは?
19歳だったので2016年ごろ。ギターも始めてから徐々に曲を作るようになりました。今回収録している“レモン”はその頃に書いた本当に初期の曲です。
最初から詞の世界が確立されていますよね。当時未成年なのにテーマがレモンサワーで「20年以上生きれば入れる世界」なんて歌っているのがすごく粋。
ね、よく書けましたよね(笑)。曲作りもおもしろくてしょうがなかったです。ピアノには言葉がないから、メロディと詞が結びついて一つになるのが不思議な感覚。
なぜこれまで慣れ親しんだピアノではなく、ギターで曲作りをしようとしたんですか?
それはやっぱり星野源がかっこよかったんですよ。初めてライブを見た時に、曲を作って、大きなステージでギターを持って披露して、それでこんなにうわ~っと感動できるんだって感動して。ピアノは完全に自分のために弾いているけど、私もこういうことがやりたい!と思って、ギターに持ち替えた感じです。
ピアノは自分のための楽器だから、人に感動を与えるための楽器として新たに選んだのがギターだったと。使っているのはずっとガットギターですよね?
そうです。アコギも持ってみたんですけど重くて、ガットギターは単純に軽くて弾きやすかった(笑)。だから今でもピアノで弾き語りは出来ないんですよね、ほんと幼稚園で習うレベルの曲くらいしか。
すごく不思議ですね。ある種ピアノとギターで切り替えているように思えたのですが、ピアノ経験がシンガーソングライターぎがもえかの音楽に与えている影響はあると思います?
もうピアノの影響100%だと思ってます。ギターのコードとかも未だにわかってなくて、今でもピアノで聴いていた響きのよさをギターで探しながら「見つけた!」ってやっています。
音を捉える感覚は全てピアノだけど、曲を作ったり歌ったりアウトプットは全部ギターなんですね。不思議。
自分でもよくわからないんですけど、そうなんですよねぇ……。コードの進行や展開もギターはよくわかんないし、ハーモニーを考えるのもピアノの鍵盤に指二本を動かしているイメージです。
そこがギター然としていない音の響きや心地よいメロディを生み出せる独自の強みなのかも。どういう音楽が作りたいというイメージはありました?
最初はどういう音楽がしたいとか、どういうことが歌いたいとかははっきりしてなくって、ただ自分が曲を作るのがおもしろいってだけでしかなかった。でも聴いてくれた人から「肩の力が抜けたわぁ~」と言ってくれることが多くて、自分の音楽はそこなのかもしれないって何となく思ってます。
やっぱり私は高校に行きたくなくって、ずっとピアノを弾くことにすがっていたんです。だから私の歌も誰かにとってのすがれるもの、聴いている間は安心するものになってくれたらいいなと思いますね。
なるほど。その意味で憧れていたり、理想的だと思うシンガーはいますか?
ライブを観て空気で圧倒されたのは、去年、町田市の『布博』というイベントでご一緒したmei eharaさんですね。感情をすごく込めるような歌い方じゃないのに、ずっと目が離せないくらい、放っている空気がすごくって。お話しもさせていただいたんですがすごく自然体で、それが音楽にも表れているのがほんとうに素敵だなと思いました。
音楽にもmeiさんご自身の人柄が表れていてホッとしちゃうけど、思わず引き込まれてしまうような歌。
そうなんですよ。本当に音楽って人柄だと思います。私は音楽を作るのも好きですけど、洗濯物を干すことも、間食しちゃうことも好きで。普段、私は喫茶店で珈琲を淹れていて、その仕事もとても好き。そこに区別はなくって、甘いものを食べていい気分で過ごしている時のような曲を作ることに、ずっと向き合っていきたいです。
読書から生まれるユニークな歌詞
自分がぎがさんの存在を知ったのは1stミニアルバム『メイクアップ』(2019年)をタワレコ渋谷のパイドパイパーハウスで買ったことがきっかけでした。今から振り返って、これはどういう作品と捉えていますか?
音楽のことを何も知らないなと思いましたね。バンドサウンドで自分の作品を作ってみたらどうなるんだろうという興味があったんですけど、プロデュースしてくれた山内健司さん(mogsan)がいなかったら出来なかった。
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mogsanやいーはとーゔ、大内岳さん(AKOGARE)がしっかりぎがさんの歌を支えている印象があります。その「音楽のことを何も知らないな」というのは具体的にはどういう部分で感じた?
ここはこうしたいと思っても全然説明が出来ないんですよね。本当に周りのみなさんの技術と器の大きさで精いっぱい酌み取ってもらって成り立った。だからもっと音楽を聴いたり勉強しなきゃと学びました。
自分が『メイクアップ』を聴いて惹かれたのは歌詞なんですよね。“make up”では「江國香織もこんな私を主人公にしたくなるでしょう」「星野源もこんな私をリズムに乗せてくれるでしょう」という固有名詞の使い方がユニーク。どういう風に曲作りをしていますか?
本を読まない日がないくらい読書が好きなんです。だから本を読んで、わ~って感動したことを受けて作ることが多いですね。でも内容を歌にしているわけではなくて、頭に残ったことを一旦置いておいて、日常を過ごしている内に、記憶と目の前のことが結びついてくるような感覚。
確かにぎがさんの歌詞は文章好きの香りがします。具体的に一曲あげて、ソングライティングのプロセスを教えてもらえますか?
“敵わない”を書いたときも、とある小説を読んでいて。いっぱい女性が出てくるんですけど読んでいて「すごいことするなぁ!敵わないわ~」って気持ちが残っていて作りました。
なるほど。自分はこの曲の「青空で吸う煙草は毒じゃない」の一節で浮かんでくる情景が好き。
ありがとうございます。この部分は小説で実際に出てくるシーンなんですけどね(笑)。でもそれで言えば普段から言葉をノートに集めておいて、そこから作ることも多いかもしれない。“庭の隅”は「寝食の墜落」って言葉がポンと出てきて残しておいたんです。ここから曲になっていきました。
これも不思議な言葉ですね。ぎがさんが歌詞や詩で影響を受けた人、素敵だと思う人はいますか?
パッと思いつくのはタイのイラストレーター、タムくん(Wisut Ponnimit)の詩が大好き。Instagramであがるイラストもいつもパッと見て「あら、かわいい」っていつも思ってるんですけど、一緒に書いている言葉もすごくいいんです。昔、「人生は長い夢」って言葉を見て、雷に打たれたような気持ちになりました。人生は長い夢なんだから、好きなことしていいし、思いっきり頑張って失敗してもいい。そう解釈したらすごく気持ちが楽になるなって。
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ジャルジャル福徳さんが私のヒーロー
今回3月に“庭の隅”と“レモン”、4月に“敵わない”と“水”を配信リリースされました。『メイクアップ』以来、作品は久々になりましたね。
『メイクアップ』を出してから、活動をサポートしてくれる人が出来たんですけど、私に全然知識がないから、やり方を全部任せちゃってて。「将来、星野源みたいになりたいなら、ここを目指しましょう」とかの提案に、初めはうんうんと受け入れていたんですけど、だんだんきつくなってきちゃって。
いわゆる売れるための活動に抵抗があった。
そうですねぇ……。やっぱり自分はピアノを夢中で弾いていた感覚が根っこにずっとあるので、例えばこの人みたいな曲を作ったら売れるとか、そういう何かの秤に音楽が乗せられてしまうのが無理だったんです。だからサポートを解消してもらったんですが、すごく落ち込んでしまって。
その後に今のLD&Kの方が声をかけてくれて。最初はすごく警戒していたんですけど、半年以上ずっとライブに来てくれて、応援し続けてくれたんです。話せば話すほど、いい人だなと思えたし、自分のやりたいことを伝えたらすごく話を聞いてくれたので、もう一度信じてみようとお願いしたのが去年の話です。今回のリリースも「そろそろレコーディングしてみない?」とスタッフさんに提案してもらって作りました。
では、この4曲はどういう狙いで選びましたか?2曲ずつで演奏陣が違うのでカラーの違いははっきりしていますね。
特に今回のために作った曲はなくて、以前からライブでやっていて楽しかった曲というくらいです。“敵わない”と“水”は以前からライブでサポートしてもらっているきむりん(きむらさとし〔たけとんぼ〕 / Dr)と神永明博さん(mogsan / Ba)、菊地芳将くん(いーはとーゔ / Gt)の編成でレコーディングしました。“庭の隅”と“レモン”はちょっと変えて引き算の考え方でシンプルな演奏にしたかった。だから、きむりんと木谷直人くん(Autis / Ba)に手伝ってもらいました。木谷くんのベースは歌っぽいから、リードギターがいない編成でも絶対映えると思ったんですよね。
“敵わない”のMVにはジャルジャルの福徳秀介さんが出演していて驚きました。その経緯を聞かせてください。
“敵わない”のバンドアレンジを考えるときにヒーロー映画のエンドロールをイメージしていて。「涼しく笑って逃げるの」という最後の歌詞から、駆け抜けるような感じ。今回のMVにあたって、じゃあ私にとってのヒーローって誰だろうと考えて真っ先に浮かんだのがジャルジャルさんでした。私にもアイドルやアーティストに一時期ハマっていたという経験はあるけど、小学生から今までずっと好きで、自分の人生と共にあった!と言えるのはジャルジャルさんくらい。福徳さんは小説も執筆されていて、M-1やキングオブコントで涙を流していた姿も印象的で。福徳さんのお人柄とかあらゆることが、この曲にピタッと来たんです。
すごい思い入れですね。でもどういう形でオファーをしたのですか?
ダメ元で私がメールしました。ファンクラブのサイトに問い合わせ先があるのを見つけて、とてもジャルジャルさんが好きなこと、私が音楽をやってること、福徳さんにMVに出てほしいこと、でも曲を一度聴いてくれるだけでもいいのでお願いしますってことを送りました。そしたら私のスタッフさんに出演してくれるという返事が来て、泣きました。
実際に会えただけではなく、自分の作品に憧れの人が力を貸してくれたというのはまた格別ですよね。
そうなんですよ、MVの監督をしてくれた仲原達彦さんは「“福徳さんのCM”みたいにならないようにしたい」という私の意見を汲んでくださって、ちゃんと歌と福徳さんの存在のバランスがいい形に仕上げてもらいました。あと、撮影の時に福徳さんとお話もさせてもらって。「しんどい時とか、いつもジャルジャルさんのお笑いを見て元気をもらってました」と伝えたら、福徳さんが「これからぎがさんも、そういう立場になっていくんじゃないですか?」と言ってくれたんです。もう訳がわからないくらい、うれしかった。
夢を叶えて自覚を持って言える「私はもっと強くなりたい」
LD&Kや福徳さんなど周りの協力も得て、再び一歩踏み出した本作ですが、どんな経験になりましたか?
夢を叶えるってことが私でもできるんだなと思いました。でも一方で今回本当にたくさんの人が自分のために動いてくれて、その環境にいるということは責任を持たないといけないなと思いましたね。福徳さんも決してファンサービスで出てくれたわけじゃないから、シンガーソングライターとしてまずは自信と、そして自覚を持たないといけない。
その自覚によって、これから自分がどう変わると思います?
今まで自分の気持ちばっかり考えて、音楽をしていたんですよね。でもちゃんと自分の音楽を求めてもらえるようになっていきたいし、その期待にちゃんと応えていきたい。自分が星野源さんの音楽に感動したようなことを、今度は自分が誰かに対して起こしていかないといけないなって。もちろん歌い始めたきっかけもそうだったんですけど、夢じゃなくって、もっと現実的にそういう人になりたいです。
色んな人の想いを引き受ける覚悟が出来た感覚ですかね?
そうですね。私、ネガティブな人とかマイナスな言葉を吸収しやすくて、人間関係で悩むことも多かった。吸い取った結果、私も落ち込んじゃうから、そういう人たちから逃げてきたのがこれまでで。このコロナ禍も落ち込むことが多かったけど、関わる人を変えたり距離を置いたりして、自分はすごく健康に過ごせました。でもそれを続けていたら、自分にとってすごくわがままな世界が出来ちゃって、弱い存在になっていく気もしていて。
その気づきは大きいですね。高校とは別の居場所を求めたり、サポート関係を断ち切ったり、もちろんその時の最善の自分を保つ行動だったけど、今後は自信と自覚を持って向き合うことも恐れないと。
ほんとそうですね。そういう経験もいい形で表現にして、聴いてもらえる人に気分が楽になってもらえるような音楽が出来ればいいなと思います。だから私はもっと強くなりたい。
写真:服部健太郎
ぎがもえか リリース記念ライブ
日時 | 2021年6月12日(土) |
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会場 |
東京都渋谷区代官山町20-20 モンシェリー代官山B2 |
出演 | ぎがもえか(弾き語り / バンドセット) |
料金 | 前売¥2,500(+1ドリンク) |
予約 | 電話:03-5456-8880(15〜22時) |
配信URL |
ぎがもえか
3歳からピアノに触れ、音楽と過ごす。19歳よりガットギターに持ち替え、都内を中心に活動を開始する。洗い立てのシーツのように透明感のある歌声と、一滴ずつハンドドリップするような温かいサウンドで、ライブ感の溢れる音楽を生む。 本を読まない日はないという自身のライフスタイルならではの歌詞世界も、魅力の一つ。 手紙社が主催するテキスタイルと手芸の祭典「布博」など、様々なイベントへの出演と同時に、自身がリスペクトするアーティストを招いてのコラボ演奏を定期収録している。
Twitter:https://twitter.com/moekagigastaff
Instagram:https://www.instagram.com/moekagigastaff
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WRITER
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1991年生まれ。大阪北摂出身、東京高円寺→世田谷線に引っ越しました。
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ANTENNAに在籍しつつミュージックマガジン、Mikikiなどにも寄稿。
過去執筆履歴はnoteにまとめております。
min.kochi@gmail.com