痛くて優しい夢のような日々の轍
北海道出身のシンガー・ソングライターである古宮夏希(Vo / Gt)の歌で描かれていることの多くは、何かが起きたり、感情が揺れ動いた瞬間ではなく、全てが過ぎ去って一人になったときにふと沸き上がった、自制しようもない思考だ。宙に浮かばせておくには忍びないから歌にしたというような、正直さと甲斐甲斐しさがある。一晩寝たら、忘れられるというのに。また厄介なのがうまくいっている最中でも、このあと雲行きが怪しくなる時のことを予見してしまうことだ。そんなときくらい手放しで楽しんでいればいいのに。
この古宮の誠実でちょっと不器用な心情が表れた、フォーキーで字余り気味な歌は以前活動していたバンド古宮夏希&コークスが燃えている!(2008~2014年)の頃から貫かれているスタイルだ。そして東京を拠点に2014年から活動しているミチノヒにおいては、平井正也BAND、Makisi、ド真ん中ズンにも在籍する鈴木亜沙美(Dr / Cho)と、壊れかけのテープレコーダーズ、Have a Nice Day!のメンバーでもあり4月にはソロアルバムのリリースも控えている遊佐春菜(Key / Cho)という盟友二人と共に、彼女の歌の特性を肯定していくことを命題にしたバンドだと筆者は捉えている。この心の奥深くに沈殿している厄介な感情が手に取るようにわかるのだ。わかってしまうから、この3人の音楽はとても優しく響いてくる。
彼女たちの3年半ぶり3作目のアルバム『夢の日々』には、「ぼく」が「きみ」との心の距離について蛇行しながら思考した日々の轍みたいな楽曲たちが収められている。ときに愛おしく思ったり、ときに寂しがったり、振り回されたり、決別したり、でも酔っぱらってはまた懐かしんだり……。前作『but to do』(2018年)では〈何をどう言い間違っていたって 繋がっていることを信じているんだ〉(“窓の外の光と闇”)となけなしの希望と熱量を勢いで貫き通す場面もあった。しかし本作では揺らぐ自分の心の動きそのものにも、〈同じところを 行ったり来たりしているだけだ〉(M3“同じところ”)と冷静な眼差しを向けている。また〈すべては いつだって ここにあるだけ〉(M2“ロックンロール”)と掌中の現実を見据えながら、ただぼんやりとひとりで日常を漂泊しているようなトーンが通底している。
サウンドにおいては遊佐のシンセによるベースフレーズが引っ張るM3“同じところ”や、リズム&ブルース風味のM9“夜の中を歩く”などの変化球もあるが、あくまで古宮の歌をしみじみと味わえる3人だけのアンサンブルだ。最小限で構成された美しさが際立つ音像においてはエンジニアの中村宗一郎(PEACE MUSIC)による尽力も大きいだろう。また7曲目“高鳴り”は古宮のリーディングによるアコースティックギター弾き語りの小曲。これまで大半の楽曲が3分台に収まっていた中、4分台の楽曲が3曲あり、加えて全13曲という(ミチノヒにとっては)ボリューミーな大作となった。そこをこの曲がA / B面と分ける役割を果たすことで、余韻は残るが歯切れよいポップ・アルバムであることをたらしめている。
そして3人のコーラスワークが美しいM12“夢”と、タイトル曲M13“夢の日々”が連なって終わりを迎える。本作での「ぼく」が何度も夢を見ようとするのは、同時に現実では叶わないとどこかでわかっているからだ。わかっているのに、やっぱり思考は巡るから歌にせざるを得ないのだ。そんな日々を肯定してくれるミチノヒの音楽はたまらなく痛くて、いつも優しい。
Apple Musicはこちら
夢の日々
発売:2022年1月19日(水)
フォーマット:CD
価格:¥2,300(税抜)
収録曲
1. 秘密
2. ロックンロール
3. 同じところ
4. 天気雨
5. 好きだった きみのこと
6. この夜に
7. 高鳴り
8. 春とアルコール
9. 夜の中を歩く
10. 353
11. 夕闇
12. 夢
13. 夢の日々
ミチノヒ are
古宮夏希 Vocal,Electric Guitar,Acoustic Guitar,Chorus
鈴木亜沙美 Drums,Percussion,Chorus
遊佐春菜 Keyboard,Electric Piano,Chorus
All songs written by 古宮夏希
Arranged by ミチノヒ
Recorded June-July,2021 at PEACE MUSIC
Recording,Mixing,Mastering engineer 中村宗一郎(PEACE MUSIC)
Photographer 二宮ユーキ
Design 古宮夏希&ヒライユミコ(nelco)
ミチノヒ
2014年東京にて結成。古宮夏希(Vo / Gt)、鈴木亜沙美(Dr)、遊佐春菜(Key)から成る女性3ピースロックバンド。
文学的な歌詞をブルージーに歌うボーカル、エレキベースレスの楽器編成から生まれる独特な楽曲アレンジで、独自のフォークロックスタイルを提案し続けている。
2016年10月、1stアルバム『この情けなさを最後に』を発表。
2018年6月、なりすレコードより7インチシングル『青い空/夕暮れ』を発表。
2018年7月、2ndアルバム『but to do』を発表。ジャケット画は、奈良美智による描き下ろし作品。
2021年1月、3ndアルバム『夢の日々』を発表。
自主企画『ミチノヒのひ』を定期的に開催中。
You May Also Like
WRITER
- 峯 大貴
-
1991年生まれ。大阪北摂出身、東京高円寺→世田谷線に引っ越しました。
OTHER POSTS
ANTENNAに在籍しつつミュージックマガジン、Mikikiなどにも寄稿。
過去執筆履歴はnoteにまとめております。
min.kochi@gmail.com
RECENT POST
EDITOR
- 乾 和代
-
奈良県出身。京都在住。この街で流れる音楽のことなどを書き留めたい。
OTHER POSTS