
曖昧さを受け入れながら考え続けることのすゝめ
kiss the gamblerやむらかみなぎさのバンドセットでサポートベースを務める時の、指板を物憂げに見つめながら表情一つ変えずに粛々と演奏する佇まいと、歌に寄り添いつつも背後に潜む翳りを引き出すようなベースライン。ここ数年、ライブハウスで出会った櫻木勇人はベースを持っている時の方が多いのだが、彼は元より2020年に『雨上がりに差すひかりのように』というアルバムもリリースしている素晴らしいシンガーソングライターである。か細い声ではありながらも、自分の心地よい生活と心持ちを描いた楽曲は堂々としていて、どっしりとしたバンドサウンドと要所で表れるかなふぁん(kiss the gambler)の屈託のないコーラスと相まって健やかなフォーク・アルバムだった。
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そこから約5年ぶり2作目のアルバムとなるこの『余白』は、一変して櫻木のギター弾き語りを主体として全ての演奏を一人で行っているパーソナルな趣の作品だ。冒頭の“山”から不意にピロピロとリコーダーが聴こえてきて、続いてトライアングルのような金属音。どちらも必然性を持っているというより、その場にあったから鳴らしてみたかのような肩肘張らないゆとりをもたらしている。“おにぎり”ではシンセサイザーのような音が通底して流れていたり、“陽のあたる部屋”で散発的に鳴る音はマリンバか。また“正直”と“アイス”では唯一のゲストとしてむらかみなぎさがコーラスに参加しているが、これもなんだか「はっさくくん(櫻木の通称)家に遊びに来たら、宅録してたから一緒に歌った」という空気なのだ。いずれの曲にも偶発性と曖昧さが担保されていて、頑ななまでにささやかであろうとしているとまで言える。
「それでも山へ行くのかい そこに山があるから 答えにはなっていないよ でも もういいよ」“山”
「何が良くて何が悪いか 正直もうわからなくって 僕は僕でしかないからさ もうじきすごいことになるでしょう」“正直”
「四拍の中に余白を想う 猶予の中に余裕を願う」“余白”
この「曖昧なままでいること」は歌詞においても通底している態度だ。疑問を抱き考えあぐねるが、性急に結論付けず、あるがままの状態のままを見つめ、首を傾げている。だって社会で生活しているとそういうことばっかじゃないですか、と言わんばかりに。
最後は世界で一番低いとされる中国の山について、1分ほどただただ歌で説明する“静山”で終わる。アートワークのイラストも山だったし、1曲目の“山”と呼応する形で山の曲で締めくくりたかったのだろうか。そもそもなぜそんなに山を?……おっと、なんて野暮なことを口にしてしまったのだ。本作を言うなれば、根拠のない曖昧さを受け入れながら、理解を深めることに向き合いながら、今の櫻木の感情や思考から導き出された暫定的最適解。でも「ネガティブ・ケイパビリティ」みたいなビジネスや自己啓発的な概念とも無縁。そんな過渡にある状態を、アルバムというその時点から不可逆なフォーマットで表現しているユーモアに終始にやにやしてしまうのだ。だから私はこのアルバムにおける山のモチーフは何を表しているか、想像を巡らせ続ける。答えは出ないし、言い切りもしない。ただ『余白』というタイトルはとても腑に落ちている。
余白

アーティスト:櫻木勇人
仕様:CD
発売:2025年9月27日
購入リンク:https://kissthegmblr.thebase.in/items/119851574
収録曲
1. 山
2. フェンス
3. おにぎり
4. 正直
5. フィルム
6. アイス
7. 余白
8. ことば
9. 陽のあたる部屋
10. 静山
櫻木勇人

シンガーソングライター。 幼少期に母の影響でピアノを始める。70年代-80年代の歌謡曲を聴きながら育つ。兄の影響でイギリスのロックに傾倒しバンドを始める。 昔懐かしい親しみやすいメロディと現代の東京をなんとか生き抜いて綴った素朴な歌詞が魅力。
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WRITER

- 峯 大貴副編集長
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1991年生まれ。大阪北摂出身、東京高円寺→世田谷線に引っ越しました。
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