
出演者発表!今年の顔ぶれから見る、2010年以降の春一番の変化-『春一番 BE-IN LOVE-ROCK』開催前対談 Part.2
2025年5月の開催を持って、半世紀以上の歴史に幕を下ろした大阪の野外コンサート『春一番』。ANTENNAではライブレポートを制作しましたが、本稿は昨年の開催前に公式Webサイトで公開された、『春一番』主催者である福岡風太(2024年死去)の息子・福岡嵐と有志スタッフも務めていたANTENNA副編集長・峯大貴による対談です。すでに終わりを迎えた『春一番』ですが、当時の思いを語ったこの対談は今後も閲覧できる状態にしておくことを目的として、福岡嵐の同意を得て、ここに転載いたします。(全2回)
『春一番』主催者・福岡風太(2024年6月死去)の息子であり、昨年は風太に代わって主催と司会を務めた福岡嵐と、2013年から参加している有志スタッフによる、『春一番』にまつわる対談企画。2月に公開したPart.1の好評を受け、Part.2を公開します。
5月の『春一番 BE-IN LOVE-ROCK』開催に向け、2月より募集を開始した有志スタッフにはたくさんの応募がありました。新たなスタッフも加わり、各所へのチラシ配布や出演者・関係者用のパスの作成など準備に追われる日々を過ごしています。この日はちょうど第三弾の出演者が決まり、ほぼ全組出揃ったタイミング。その顔ぶれを見ながら話していくと、話題は2010年以降の『春一番』の変化から、フィナーレとなる今年の見どころまで話が及びました。
この2010年というのは福岡風太と共に長年『春一番』を作ってきたプロデューサーのあべのぼる(阿部登)が亡くなった年。『春一番』の存在を最近知った方にこそ、またここから出会っていただける方にこそ、読んでいただけると嬉しいです。
今、第三弾出演者まで発表したけど、これでほぼ出揃ったね。
ハンバート ハンバート、ぐぶつ、アチャコさんが決定。これで福岡風太がやってきたことの集大成であり、今やるべき『春一番』といえる顔ぶれが揃った。ここ数か月、本当にいろんな選択肢を考えたけど、もうこれしかないって思ってる。
結果、今年の初出演はタッチマッターズとのろしレコードの二組か。
でもそれぞれリトルキヨシくんと、松井文がいるグループであり、あくまで『春一番』に関わってきたこの二人が今どんな活動をしているかでオファーをしたから、初出演という感覚はないかな。前回の対談でも話した通り、風太との関わりが見えるという部分は全組共通している。
最後だけあって、久しぶりに出演される方もたくさんいる。
山下洋輔さんや坂田明さんは風太との関わりというより、あべさんがマネージャーをやっていたつながりで1973年に山下洋輔トリオで出演したのが最初だけど、90年代以降も度々出てもらっていた。笑福亭福笑さんも最初は1973年で、風太とは昔からの仲間。センチメンタル・シティ・ロマンスは風太がロードマネージャーをしていたバンドだし、高田漣くんは言わずもがな高田渡さんを引き継いでヒルトップ・ストリングス・バンドとして出てくれる。ついでに言えば、2年前に金森幸介さんが出たのは21年ぶりだったし、去年にはシバさんも戻ってきてくれた。ご無沙汰していた人にお声がけすることをちょっとずつ進めていたのよ。
『春一番』自体の終わりに向かって、風太さんと袂を分かつことになった重要な方たちを呼び戻す狙いがあったんだね。
なにも揉めたわけじゃない(笑)。でもこれだけたくさんの人が長年に渡って関わってきた中で、それぞれ『春一番』に理想を持っているし、どこかで風太と考え方がずれた人も中にはいたと思う。でももうそれ以上は触れないよ。今回出てくれた人はみんな『春一番』を愛してくれて快諾してくれたんだし、それで十分。
出会いと別れはそりゃたくさんあるよね。事実として風太さんは、センチのマネジメントに注力するために1979年に一度『春一番』を終わらせて名古屋に移住する。その後1986年にバンドを離れてキャリアリセットして、『春一番』復活の機運が高まり、1995年に再開するという流れやし。やめてまた次の何かが始まるという繰り返し。
そういう見方もできるかも。今回のセンチメンタル・シティ・ロマンスは2021年に亡くなった中野督夫さんの代わりに、息子の中野雄日くんが入った特別な編成でやってくれる。ここは僕から細井豊さんに相談して決まったんだけど、この前観に行った雄日くんのライブではめちゃめちゃアンビエントをやっていて、普段は全然違う音楽をやっている。だからセンチとしてどんなことになるのかすごく楽しみ。
笑福亭福笑師匠は過去に落語家バンド・ヒロポンズハイでも出演しているけど、今回の出演は2014年以来。落語での出演ってどうなるのか楽しみやなぁ。
福笑さんは、風太が去年入院することになった時、聞きつけてすぐ病院に駆けつけてくれたんだよ。古い付き合いだし、最後は呼びたいと思った。
そもそも『春一番』って2011年の40周年記念の5日間開催をピークに、徐々に日数が減ったじゃない?おのずと演者も絞ることになったと思うけど、風太さんはどう考えていたんだろう。
60代に入って体力的にもきつくなってきたというのと、やっぱりあべさんが2010年に亡くなったことが大きいと思う。だから翌2011年まで踏ん張って、2012年から4日間になり、2016年から今の3日間開催に落ち着く。
ずっと風太さんとあべさんでやってきて、実務面をグリーンズの鏡孝彦さんが支える体制だったけど、あべさんがいなくなった。そのことが風太さんにどんな影響を及ぼしたと思う?
風太と二人三脚で作ってきたけど、あべさんがちゃんと関わり始めたのは1973年の3回目から。やっぱり最初に『春一番』を始めたのは風太であり、自分のもとに返ってきたような感覚があったんだと思う。そこで「ロック・フォーク・ブルースの野外コンサート」という原点に回帰しようとした。
確かに1990年代後半から2000年代にかけて出演者の顔ぶれを今見ると、本当に混沌としているね。
大阪にいたあべさんが面白いと思った人をどんどん連れてきたんだよ。風太はまだ東京に住んでいて、大阪に戻ってくるのは2009年のこと。それまでは両方の地域から、お互い持ち寄ったアイデアを全部詰め込んでいたからカオスになっていた。でもあべさんが亡くなったのをきっかけに、もっとシンプルな方向に立ち返っていく。「日本でたくさん行われている「ロック・フェスティバル」とは違うし、これまでのように「なんでもあり」じゃない。『春一番』という野外コンサートってなんなんだ?」って一人でずっと考えていた。
自分が有志スタッフに初めて参加したのは2013年からだけど、江州音頭の桜川唯丸一座や、河内音頭の山中一平師匠でみんな踊り狂っていたり、清水ひさおさんが綱渡りするわ、維新派のヂャンヂャン☆オペラまであって、「なんだこのイベントは!」って衝撃だった。今、諸芸の部分を一手に担っているのはナオユキさんか。
原点回帰を目指しつつ、まだカオスを引きずっていた時期かもね(笑)。ナオユキさんは漫談だけど、風太はあの芸をブルースと捉えていたんだよ。あと今、音頭は「むちゃくちゃでっせ むちゃでっせ」に集約されているね。
「アチャコ音頭」ね(笑)
江州音頭や河内音頭を期待しているお客さんは今でもたくさんいると思うし、あの盛り上がりは本当にすごかった。でも『春一番』のイズムを感じられるのはアチャコさんだと風太は見ていたんだと思う。
あと、あべさんが亡くなってから2015年くらいまでの過渡期には、去年亡くなったヒデマロさん(奥村宗久)がサポートしていたよね。ずっと事務所で風太さんと喋っていた記憶がある。
風太が手伝いをお願いしたわけじゃないと思うけど、ずっと事務所にいた。話し相手になってくれていたし、歌屋BOOTEEやRomel Amadoさんのような関西のブルース界隈から選抜したり、自分も演者として歌ったり(笑)。色々とあべさんの代わりをこの時期担っていたのは確かにヒデマロさんだった。
こう話を聴いていると2010年以降の『春一番』は、徐々に終わりに向かいながら変化してきたとも言えるね。そして最後の今年はどんなフィナーレを迎えるのでしょう。
出演者はほぼ決まったけど、まだタイムテーブルに悩んでいる。頭とトリはすでに決めたんだけど、それ以外をどう構成しようかと……。ずっとラインナップをにらめっこしていると、それぞれの日でやっぱりカラーも違うことが見えてくるし。
そのカラーって言葉にできる?
1日目は、中川五郎さんやペケさん(いとうたかお)はじめ、70年代から出ている人たちというラインと、風太もリスペクトしていた〈ムジカジャポニカ〉や『RAINBOW HILL』と『春一番』のつながりが見える日だね。この場所を仕切っている伊藤せい子さんがいる夕凪がいて、ナオユキさんがいて、金佑龍くん(PAHUMA)、gnkosaiBAND、そしてハンバート ハンバート。
2日目はあべさん色が強めかな。AZUMIさん、光玄さん、ヤスムロコウイチさん、良元優作さん、DEEPCOUNT。なによりパートナーのNIMAさん。鉄平(アフターアワーズ)も小さい頃からあべさんと仲良かったし、のろしレコードはAZUMIさんから大きな影響を受けているでしょ。この縦のつながりも『春一番』ならではだと思う。
最終日は『春一番』全体のフィナーレにしなきゃいけないから。風太の人生を一望していく感じかな。有志スタッフから始まった阪井誠一郎さんのROBOWがいて、デビュー翌年の1997年からずっと出続けている小谷美紗子さん、70年代から80年代前半までを共に過ごしたセンチメンタル・シティ・ロマンス、そして風太の始まりから一緒だった大塚まさじさん、高田渡さんを超えて高田漣くん。また山下洋輔、坂田明、渋谷毅という日本を代表するジャズの大御所3組もいる。壮大だね。本当に3日間通して全組必要不可欠な人たちだからこそ、どの順で出てもらうかは本当に悩む。
この話を聞くと『春一番』をより深く楽しめる気がする。
今回は各日のトップにある仕掛けを考えているから、なるべく最初から観てほしいよ。ここまで話していて思っていたけど、今回この記事企画があったからこうやって色々伝えられる。でも『春一番』って本当にお客さん任せだったよね。一日を通した作品として見てほしいからタイムテーブルを発表しないとか。11時に開場と同時に開演だから、早めに来て並ばないと1番目が観られないとか。映像や音源も90年代以降は発表してないし、とにかく会場に来て体感して、各々の楽しみ方を見つけなさいで、ここまで来た。
風太さんは「自分の頭で考えろ」っていつも言っていたし、常に能動的な関わりを求めていた。有志スタッフたちで運営していることなんて、その最たるものだし。
そうそう。ちょうど今、風太が書いてきた文章や、対談とかインタビューをまとめて出版する話が進んでいて、色々読み返しているんだけど『BE-IN LOVE-ROCK』をやる時に書いたものがあって。その最後の部分にすごく『春一番』の真髄が詰まっているなと思った。
「音を出すモノと受け入れるものがあるというのがダメなのです。共に音を出し、共に音を受け入れるというのがホンマだと思うのです。コンサートを聞きに行くのではなくて、コンサートに参加するのです。1970年4月25日」。
なるほど。これを読むと任せっきりじゃなくて、最初にちゃんとメッセージを発信していたんだね。
確かに。僕ももっと発信するようにするわ。とはいえ開催まで2か月を切りましたよ。今年集まってくれたスタッフにまだあんまりコミットできてなくて申し訳ない。ここから駆け抜けていくよ!
(2025年3月2日 東京・町田市周辺のとあるカフェにて)
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WRITER

- 副編集長
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1991年生まれ。大阪北摂出身、東京高円寺→世田谷線に引っ越しました。
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ANTENNAに在籍しつつミュージックマガジン、Mikikiなどにも寄稿。
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