多様な可能性のごった煮状態という意味での“GUMBO”
タイトルからしてガンボ・ミュージックを取り入れた作品かと思いきや、その要素が垣間見えるのは“西遊記”くらい。青木聖陽(Key)によるパーカッシブなニューオーリンズ・ピアノが冴えわたる、随一に軽快な楽曲である。一方オボキョウヘイ(Vo / Gt)の描き出す詞に着目してみると、
「いつまでも九龍のなかでいられたら」“僕だけの海”
「怒れる人にも気を留めずに ふたりの楽園まで」“楽園”
「嘘で生きてゆくか かたまりで生きてくか」“西遊記”
生活と夢の中、過去と現在、空虚と充実が錯綜していて途方に暮れている。相反する概念が入り乱れたまま、彼の目に映る世界はごった煮状態、つまり『GUMBO』。ということなのかもしれない。
2019年に神戸の同じ大学出身のメンバーで結成された4人組バンド砂の壁。大見勇人(Dr)は同大学出身であるPanorama Panama Townのサポートも現在務めている。このバンドとしては2020年4月にヤマザキマオ(Ba / Cho)が加入して初の正式流通音源だ。
オボと青木、二人のソングライターによるカラフルなポップソングが6曲収録(作詞は全てオボ)。冒頭のオボ作“僕だけの海”は清涼感のあるピアノ主体のAORサウンド。終始サラッとしたメロディだが「消えてゆく影を追ってあなた」の箇所で急に漂うメロウな哀愁に胸が掴まれる。続く青木作の“laugh”は一変してシンセとギターカッティングが光るフュージョンの趣。中盤のマオのベースソロも白眉だが、大見のビートだけになったところから一人ずつ加わり、全員揃った最高潮で終わるアウトロには思わず「Whooo!」と声を上げてしまった。4人のプレイヤビリティが発揮された本作屈指のハイライトである。
前述の“西遊記”も含めて曲ごとに表情はまるで異なるが、オボの歌にマオの真っすぐなコーラスが入ると魔法がかかったかのように、全体としてのまとまりを帯びてくる。内省的な歌の世界に風穴をあける役割とでも言おうか。単にボーカルに寄り添う訳ではなく、違う世界にいるかのように相反した二声の関係性は、最大の武器である。
その点でいえばラストの“あいすきゃんでぃ”だけはコーラスもなく、一見オボ主体のシンプルなフォーク・ソングという印象だ。しかし後半にはディレイを駆使したエフェクトや、ささやかに仕込まれたノイズ、プツプツ途切れるピアノなど、感情のヒダが刺激される仕掛けが施されており、油断ならない。この辺りのアイデアに関しては発売元のレーベルである《COMPLEX》のオーナーであり、レコーディング、ミックスエンジニア、サウンドプロデューサーとして参加している猪爪東風(ayU tokiO)の尽力も大いにあるだろう。
極めて整理が行き届いた作曲・編曲と、洗練された柔らかい聴き心地はいわゆる「ごった煮」とは程遠い。しかし今後どんなバンドになっていくか本作から読み取ろうとしても、まるで砂塵に包まれているかのように想像がつかないのだ。今できるアプローチを散りばめて、あえて糢糊であることを選び取ったポップ・ミュージック。砂の壁が孕んでいるこれからの可能性こそが、まだごった煮状態なのだ。
GUMBO
アーティスト:砂の壁
仕様:CD / デジタル
発売:2023年5月17日
価格:¥1,650(税込)
収録曲
1. 僕だけの海
2. laugh
3. 楽園
4. 街灯と風
5. 西遊記
6. あいすきゃんでぃ
販売:https://complex-revision.stores.jp/items/6421aec54c088e002d54f1ec
砂の壁
2019年活動開始。2020年4月より現行の4人体制となる。
研究職、システムエンジニア、コンサルタント、コピーライターとそれぞれの職業を持ちながら、音楽活動を行う。フォークやロック等様々な音楽を濃縮し、キーボードとギターのダブルリード編成で表現。
Twitter:https://twitter.com/sunanokabe
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1991年生まれ。大阪北摂出身、東京高円寺→世田谷線に引っ越しました。
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ANTENNAに在籍しつつミュージックマガジン、Mikikiなどにも寄稿。
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