沖ちづるの音楽にかける熱意に再び火が灯るまで
8月4日に足を運んだのは、〈下北沢Half Moon Hall〉で開催されたTocagoの初作品『Wonder』のリリースパーティー。君島大空と昨年12月に高円寺〈U-ha〉でツーマンライブをしていたことから筆者はその名を知り、十日後、十か五、籐かご、灯火後……なんて想像を掻き立てる含みを持ったバンド名だろうと気になっていた。その実態は沖ちづる（Vo / Gt）が組んだ新たな４人組だ。
EPの完成を迎えた感慨を噛みしめるようなこの日のワンマンライブは80分ほど続き、収録曲以外にも気高さに溢れたレパートリーを数多く披露。いずれもたおやかなグルーヴと、思わず吸い込まれそうになる沖の歌と眼光が神秘的で、湧き上がってくる感情をこの４人で音楽として表現できることの喜びがソールドアウトの会場を満たしていた。
沖は10代からシンガーソングライターとして活動してきたが、一時は音楽から離れることを考えていたそうだ。まだ自身がやっていないこととしてバンドへの移行を決意し、ayU tokiO、Puné Loi、KiQなどに参加する礒部智（Ba）らと結成したのが2020年のこと。以降、楽曲制作と継続的に活動を共にするメンバー集めに奔走。ペダルスティール奏者でもあるいーはとーゔの森飛鳥（Gt）、次いで礒部智の実弟であるSouth Penguin、Guibaの礒部拓見（Dr）が加わり、2022年末に現在の４人が揃った。本作はようやくたどり着いた1st EPである。
ボーカルを含め、クリックなしの一発録音でレコーディングされた全５曲。誰がアンサンブルを先導するわけでもなく、感情に身を委ねるようなエモーションも周到に排されている。ただ互いの呼吸を感じとりながら、必要最小限の音で弛緩と緊張の間を行き来する、演奏という名の意志疎通。中でも“関係”の後半でフワっと立ち昇る森の澄み切ったギターソロから、沖の歌が低い音程で帰ってくるときのあまりに繊細なバトンタッチよ。「思いやり」なんて当たり前な言葉すら脳裏をよぎるほど、相互理解の過程が刻まれている。
弾き語りで活動してきた沖の出自を活かしながらも、バンドだからできる試みを第一義に置いている初作品、という意味合いではソロとして既にキャリアがあったAdrianne Lenkerを中心に幸せな合流を果たしたBig Thiefの初作『Masterpiece』（2016年）を想起させるものがある。また本作のマスタリングはCassandra JenkinsやKevin Morbyなどの作品を手掛けてきたD. James Goodwinが手掛けており、現在のアメリカーナやブルックリン周辺のインディーロック、フォークの空気感が狙いにあったのだろう。
ソングライティングにおいてもそれらへの意識がうかがえ、リリックは沖のソロ時代よりも生活感が薄れ、やや抽象性を帯びている。全てに共通するのは社会や自身も常に変わりゆく中でも、自分なりの正しさや答えらしきものを探し求める誇り高き姿勢だ。冒頭の“Wonder”では「答えが自分の心に有るものなら 私はあなたを救って他は殺せるわ」と歌う。またサイケデリックの香りが立ち込める“虫”では「私だけの世界に花は咲いている」と繰り返し、沖なりの反戦のメッセージが込められている。不穏に揺らぎながら心の機微を描き出す特徴的な声も相まって、生々しい息遣いに胸が掴まれた。
全編通して16分足らず。４人の演奏が心地よく溶け合って一つになり、ラストは沖一人の弾き語り“形”で締めくくられる本作は、まだこのバンドの序章に過ぎない。言わば沖の音楽にかける熱意に再び火が灯るまでのロードムービーだ。つまりここからが灯火後。日本語のうたの新しい時代を切り拓く可能性を十分に感じたデビュー作である。
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Wonder
アーティスト：Tocago
仕様：デジタル
発売：2023年8月9日
収録曲
1.Wonder
2.Ending
3.虫
4.関係
5.形
Tocago
森飛鳥（Gt / いーはとーゔ）
沖ちづる（Vo / Gt）
礒部智（Ba / ayU tokiO、Puné Loi、KiQ)
礒部拓見（Dr / South Penguin、Guiba）
東京都で活動するインディーロックバンド。 2020年に結成し、2022年よりライブ活動を行う。USインディーロックやルーツミュージックなどさまざまな音楽性を踏襲し、陽気さと内省的な視点を持ち合わせた唯一無二のバンド。
X（旧Twitter）：https://twitter.com/Tocagomusic
Instagram：https://www.instagram.com/tocagomusic
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1991年生まれ。大阪北摂出身、東京高円寺→世田谷線に引っ越しました。
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奈良県出身。京都在住。この街で流れる音楽のことなどを書き留めたい。
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