KANの遺伝子も感じるニューポップスターによるソウルバラード
畠山拓郎の存在を初めて知ったのは2021年発表の初音源“ラブソングがうたえない”だった。前のめりなピアノに、煌びやかなアコースティックギターとシンセの音色、メロディの後ろから追いかけてくるコーラス隊。槇原敬之や大江千里などシンガーソングライターたちが彩った90年代J-POPの香りが立ち込めてきて、つい懐かしい気分になった(タイトルからは槇原の“優しい歌が歌えない”を思い起こす)。しかしプロフィールを見ると「1998年北海道大沼町生まれ」。当時を経験していない世代である。
今年2023年には両A面シングル『オールドタイマー / スモールワーゲン』で初フィジカルリリースも果たした、東京を中心に活動しているシンガーソングライターの新星。彼の最新曲“September”もまたじっくり感傷に浸ってしまうソウルバラードで素晴らしい。
メロディパターン2つのみのシンプルな構成と、抑制の効いたアンサンブルが織りなす演出自体は決して目新しいものではない。しかし聴き進めて行くうちに、心にしとしと切なさが降り積もっていく心地が段々とたまらなくなってくる。加えて畠山の声だ。鼻にかかった声色は独特だが、巧みなファルセットとクリアな発声によって、愛嬌と不甲斐なさを醸している。
また離れてしまった恋人を思いながら、ただラジオから流れる音楽を聴いている歌詞描写も見事だ。特にラストの「伝わらないくらいが丁度よかったのよ やっとわかったのよ」に含まれた、心のすれ違い、押し寄せる後悔、ちょっぴり自棄も含んだいじけ……感情の余韻がいつまでも続く名フレーズである。
この楽曲のバンドアレンジとレコーディングに参加しているのはアポンタイムの4人だ。彼らは今年、幸木野花の“ラムネの夏”、“あなたの見える街まで”のレコーディングを支えていたり、中心人物の「日本のStephen Bishop(筆者による呼称)」こと三輪卓也はイハラカンタロウの“アーケードには今朝の秋”にギターで参加するなど、ティン・パン・アレイ的に日本のグッドミュージックを支える存在になりつつあるので、こちらにも注目したい。
さて、大切な人が家を出ていくことから物語が始まる、優しくて切なくてユーモラスで生活感のあるラブソング“September”。そのルーツにはKANの“カレーライス”(2006年)を感じた。結末が両極端なのでいささかこじつけっぽくはあるのだが、先月KANの訃報がアナウンスされた際に、畠山がSNSでKANからの影響についてコメントしていた投稿が流れてきた。そこから辿って出会ったこの曲に漂うポップフリークの遺伝子に、ほんの少し救われた気分になった今一番愛おしい楽曲なのである。
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September
アーティスト:畠山拓郎
仕様:デジタル
発売:2023年10月18日
配信リンク:https://friendship.lnk.to/September_TH
収録曲
1.September
畠山拓郎
1998年2月10日北海道大沼町生まれ。
幼い頃から親しみのあった歌謡・ポップスをテーマに2018年から音楽活動を開始。
ふくよかな歌声から織りなす、懐かしさと新しさを兼ね備えた楽曲が持ち味。
自身の“キュンとする気持ち”や“ときめき”を大切に、一度聴いたら離れられないメロディを作り上げる。
2021年2月、デジタルシングル“ラブソングがうたえない”の配信が各ストリーミングサイトで開始。2023年5月には自身初となる両A面シングル『オールドタイマー/スモールワーゲン』をフィジカル発売。2023年10月2ndシングル“September”リリース。
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WRITER
- 峯 大貴
-
1991年生まれ。大阪北摂出身、東京高円寺→世田谷線に引っ越しました。
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ANTENNAに在籍しつつミュージックマガジン、Mikikiなどにも寄稿。
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- 乾 和代
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奈良県出身。京都在住。この街で流れる音楽のことなどを書き留めたい。
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