
むらかみなぎさ―アサーティブな表現を目指すシンガーソングライター
ギター弾き語りを主体として関東を拠点に活動している、シンガーソングライターむらかみなぎさがにわかに騒がしい。2025年2月に安部勇磨(never young beach)プロデュースの“裏庭”、“理由はない”を含むEP『理由はない』の発表を皮切りに、新たなバンド編成での新曲“花片”のリリース、明智マヤ(THEティバ)とのCD付き書籍『柔らかい縁』を刊行。自主企画イベントの全国ツアーに、初の個展『てのなか』開催とまるで生き急いでいるかのようだ。そんなむらかみのこれまでの活動と生み出す音楽に宿る視点について、ここ数年活動をつぶさに追ってきた筆者が紐解いた。
「生きた心地」を求めて、尊重すべき個を歌う
むらかみなぎさはいつも、日々の息苦しさをそっとゆるめるように歌っている。それは癒しや逃避といったものとは真逆。社会問題や福祉、他者との関わり方、そして自らの身体と心に向き合い、学びながら、時に自分の弱さを許し、時に律していく。つまり誰もが当たり前に享受すべき「生きた心地」を当たり前に求めていく、尊重すべき市井に生きる個人の歌ばかりだ。
手始めに“裏庭”を聴いてみるといい。軽快なフォークロック・サウンドに乗せ「ここは裏庭誰ものぞかない 話す言葉は誰にも届けない」と精神的不可侵の権利について触れられる。また“明日になったら”は決して強くはない自身の精神面の不調をそっと自己開示し、“双葉”には6年間保育士として働き、現在もベビーシッターをしているキャリアから子どもの成長を愛情たっぷりに見守る視点が息づく。徹底的に平素な言葉で綴られているし、聴く側の感情を迎え入れる余白も残されている。その上で彼女の興味関心にあるケア的な視点が歌詞に色濃く滲んでいるのが面白い。
凛々しさ、勇ましさがほとばしる“育て!”
1997年生まれで、2018年から都内のライブハウスや喫茶店でのギター弾き語りライブから活動をスタートしたむらかみの存在を筆者が知ったのは2020年ごろ。今も彼女のマネージャーを務める方から所沢の〈音楽喫茶MOJO〉でのライブ録音作品『単独公演会「愛しいね」』をおすすめされたのがきっかけだった。イルカや太田裕美に通じるフォークやニューミュージックの雰囲気を醸しながらも、今にも天井を貫いてしまいそうなくらい張りのある声はこの頃から冴えわたっている。しかしまだスタイル模索中といった様子で「歌の上手い新星シンガーソングライター」というほどの認識だったことを正直に告白しておきたい。
そんな評価が一変したのは2022年発表の弾き語りアルバム『ホームメイド』だ。特に現在に至るまでライブでは欠かせない代表曲の一つ“育て!”を初めて聴いた時の衝撃は忘れられない。イントロのややレイドバックしたビートとコード感にはRickie Lee Jonesの“Chuck E’s in Love(恋するチャック)”を思わせるが、ギターストロークはやけに威勢がいい。メインフレーズである「育て 育て 育てよ!」で声を飛び跳ねさせるが、これはAメロの末尾部分だ。そこからサビに突入してなおアクセルベタ踏みでさらに朗々と歌い上げる無双状態ったら。何の成長を促しているのかは明言されない。しかし一時的に勇気や力を与える鼓舞や応援ではなく、ある段階になるまでの過程に帯同する教育というバックボーンを携えてこそ、選び取れる「育て!」という言葉の凛々しさよ。それをラストでも再び勇ましく繰り返していく。なんて強くて優しい歌い手なのだと、魅力の開花を察知したのだった。
その歌の力はTHEラブ人間、グソクムズ、安部勇磨、リ・ファンデなどの作品を支えるコーラスワークの多さからもうかがい知れるだろう。加えて1曲の中でなるべく展開を最小限にしているという構成も、より歌が真っすぐ飛び込んでくるような印象に一役買っている。基本的にヴァースとごく短いコーラスのみ。“双葉”のようにブリッジを持つ曲は極めて異例だ。最新曲“花片”もコード進行は2パターンのみ。樋口拓美(本日休演)のドラムと櫻木勇人(tabby tubby)のベースも、むらかみの歌でさえ終始翳りをまといながらも淡々としており、星もしもし が操るオムニコードの音色が怪しげにサイケデリアを描いていく。むらかみ流ミニマリズムの極北と言える仕上がりである。
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他者と連帯しながら作品や場所を生み出す、ハンドメイド・マインド
現在のむらかみの音楽活動のベースとなっているのが、所沢〈音楽喫茶MOJO〉や東京・三軒茶屋〈GRAPEFRUIT MOON〉を中心に2023年12月以降定期的に開催されている自主企画『裏庭』である。毎回一組ゲストを迎えた弾き語りツーマンイベントで、これまでの共演者は三輪二郎、ぎがもえか、宗藤竜太、浮、石指拓郎、牧野容也、工藤祐次郎、岡林風穂、いちやなぎ with平松稜大と名うてのシンガーソングライターたち。
このイベントに足を運ぶと、むらかみの精神的裏庭に特別招待された心地になる。ドリンクだけではなくフードも充実したお店を会場にしており、しっかりご飯も食べられる。また入口では毎月発行しているお手製の紙メディア『道草通信』が配布され、開演までは彼女の言葉で綴られた近況やおすすめの作品や本の紹介に触れて過ごす。物販にはCDだけでなく、UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)に売り上げが寄付されるオリジナル「FREE PALESTINE」缶バッチも販売されていたり、持参した本も10冊以上置かれ、演奏中でも自由に読みふけっていい。直近の開催で並んでいたのは『思いがけず利他』(中島岳志 著)、『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』(帚木蓬生 著)といった自分の意思や思考に補助線を引くような本や、『中学生から知りたいパレスチナのこと』(岡真理、小山哲、藤原辰史 著)、『パレスチナ、イスラエル、そして日本のわたしたちー〈民族浄化〉の原因はどこにあるのか』(早尾貴紀 著)といった現在進行形の世界情勢を伝える本、永瀬清子の詩集や伊藤紺の歌集『気がする朝』など。まるで今のむらかみの頭の中を覗きみるようなラインナップである。一たび開くと大量の付箋と下線が引かれていて、あとで本人に聞くと「これやらないと頭に入っていかないんです」とのこと。まるで彼女がビビッと来た部分ごとその本を味わっている心地になった。
この曲を作ってライブを行うだけではなく、主体的に共演相手や他者を巻き込みながら、自分の表現を開示する場や機会からハンドメイドする姿勢も、筆者がむらかみを高く評価しているところだ。2025年7月には新たな自主企画として、『裏庭』より開けた公共の場所という意味を込めた『公園』を下北沢〈THREE〉で開催。THEティバ、Ålborg、風呂敷ら、彼女が信頼を寄せるバンドを呼び、自身もバンド編成で臨む。今後『裏庭』と双璧を成す活動拠点となりそうだ。一方その『裏庭』も開催10回を期に全国4か所を回るツアーにスケールアップして10月までに開催される。
また制作面では盟友kiss the gamblerとは昨年コラボカセット『楽しいふたり』を発表。録音・デザインまで二人だけで完結させ、互いの家を行き来しながら遊んでいたら出来てしまったと言わんばかりのプライベートな装いの作品だ。そして今年9月にはTHEティバの明智マヤと共同制作によるCD付き書籍『柔らかい縁』を刊行(村上凪紗 名義)。音楽はもちろんケアや利他、偏見や差別にまつわる疑問や関心をシェアしながら、個々の創作とは異なる共作のプロセスによって何が生まれるか試みたワークショップ的作品だ。「もうやめてほしい あなたの態度が私たちを弱い存在にする」で始まる“全ての夜と朝に”を筆頭に、今までになく直接的なメッセージを発信している点で今後のディスコグラフィの中でもターニングポイントになりうるだろう。
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「あなたのために」と歌わない
8月10日、西荻窪の〈Café de Canela〉で開かれた初の個展『てのなか』のクロージングライブに足を運んだ。これも初の試みだそう。店内にはむらかみが描き溜めていたアクリル画が大小所狭しと並ぶ。彼女の絵は決して技巧的ではないが、まるで自分の中に渦巻く思考をなだめるかのように柔らかくて繊細なもの。童話の挿絵的ともいえる作品の数々を眺めながら、むらかみの歌を聴いていた。描かれた動物のキャラクターはハローキティのように、口はなくつぶらな目と鼻だけのシンプルな顔だ。なのに喜びでも悲しみ一辺倒でもない、なんとも複雑な表情をしている。そう彼女に伝えると「そうなんですよね。曲と一緒なんです。めっちゃ明るいものがかけなくて、つい暗くなっちゃう」と応えてくれた。そういえば彼女の曲を明るい / 暗いという印象で聴いたことがなかった。その理由を考えるに、自分の弱さや欠点をマイナスとせず、どうにかうまくのりこなしながら生きる強さやひたむきさがほとばしっているからだ。むらかみなぎさの歌は強さと弱さが常に背中合わせになっている。
最近のライブで披露している現時点で最も新しい歌のタイトルが“雑記”ということをこの日知った。相手の権利に配慮しながら、率直かつ建設的な自己表現も尊重するコミュニケーションスキルである「アサーション」への意識を感じ取れる楽曲だ。
あなたのためにと歌わない
あなたのためにと甘えない
小花柄の壁 指でなぞる
落ち着く場所へ行く
落ち着く場所へ行く
“雑記”
初めて聴いた時「今までの曲の中でも、普段なぎささんが喋っているのと同じような感じがしていいね」と言ったところ、自身も同じ感覚をこの曲に感じていたそうでひと際満足そうな表情を浮かべていた。未だにまとまりきらずにとっ散らかっている自分から出た表現が、また彼女の自己理解の一助となっていく。むらかみなぎさの音楽はアサーティブな生き方を目指し、自分と社会から目を逸らさず対峙している。
むらかみなぎさ自主企画「第十回 裏庭」TOUR
東京編
| 日時 | 2025年9月25日(木) |
|---|---|
| 会場 | 三軒茶屋 GRAPEFRUIT MOON |
| 出演 | むらかみなぎさ / 内村イタル(ゆうらん船) |
| 料金 | ¥3,000(+1ドリンク) |
| 予約 |
京都編
| 日時 | 2025年10月23日(木) |
|---|---|
| 会場 | |
| 出演 | むらかみなぎさ / 真舟とわ / Nanamiki |
| 料金 | ¥3,000(+1ドリンク) |
| 予約 |
名古屋編
| 日時 | 2025年10月24日(金) |
|---|---|
| 会場 | 鶴舞 KDハポン |
| 出演 | むらかみなぎさ / EriNagami / てんしんくん / ピーターフォーク |
| 料金 | ¥3,000(+1ドリンク) |
| 予約 |
大阪編
| 日時 | 2025年10月25日(土) |
|---|---|
| 会場 | |
| 出演 | むらかみなぎさ / 佐野千明 |
| 料金 | ¥2,500(+1ドリンク) |
| 予約 |
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- 副編集長
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1991年生まれ。大阪北摂出身、東京高円寺→世田谷線に引っ越しました。
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ANTENNAに在籍しつつミュージックマガジン、Mikikiなどにも寄稿。
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