今年に入りジャック・ホワイトが久々にザ・ラカンターズを始動させ、約11年ぶりのアルバム『Help Us Stranger』は全米1位を獲得。時同じくしてザ・ブラック・キーズも5年ぶりに『Let’s Rock』をリリース。この時、久々の制作に際してダン・オーバックは「何も意図せずやってみたかった」と発言している。カントリー、ブルースの血が流れているのは言わずもがなであるこの世界的バンド2組のシンプルでヴィンテージな仕上がりには、ロックの復権などといった野心的要素は感じられない。時代の流れを放り投げ、ただ自身の帰る場所に戻ってしこたまに好きな音楽を楽しんでいる無邪気さがある。
2010年より京都を中心に活動している4人組バンドTHE HillAndon『意図はない』に溢れるルーツに対する率直さと無邪気さは、同時期にリリースされたこの2作とも規模感は違えど通じているだろう。ライヴでは揃いのオーバーオールで登場し、カントリーとブルースへの憧れと愛を惜しげもなく表した、いなたいサウンドがムワっと放たれる。本作は3作目となるアルバムだが、横地祐知(Dr)加入後の現体制では初音源。並びに初全国流通作品となる。
彼らのサウンドに多大な影響を与えているのはバンド名にも冠しているヒル・カントリー・ブルース。ミシシッピ州北部でローカルに根付いてきたが、90年代半ばにジョン・スペンサーやイギー・ポップらのフックアップもありカントリーやブルース、ソウルファン以外からも注目が集まったシーンだ。本作に収録されている日本語へと訳されたカントリー・カバー2曲からしてリスペクトに溢れている。M6“Poor Black Mattie”はヒル・カントリーの代表的ブルースマン、R.L.バーンサイドの楽曲。1つのギター・フレーズを反復しながら展開させていくという特徴的なスタイルをもっちゃりとした雰囲気を醸しつつガレージ・ロックのサウンドに落とし込んでいる。ジョニー・ラッセルのM3“Catfish John”はグレイトフル・デッドやアリソン・クラウス、ニッティ・グリティ・ダート・バンドなど数々のアーティストが演奏してきたブルーグラスのスタンダード・ナンバーだ。それを彼らは日本のロック・バンドのサウンドとして雄大なコーラス部分の合間にワンドロップ・ビートを挟み、緩急のついた仕上がりにしている点が面白い。
そして本作の最後を飾るオリジナル曲M7“Delta Moon”もデルタ・ブルースやロックンロールの起源となった場所、ミシシッピ・デルタに想いを馳せたスロー・バラード。楠木達郎(Gt)による乾ききったリゾネーター・ギターのスライド奏法と、前後に入る虫の音の風情がミシシッピと日本を鮮やかに接合させている。
また彼らには70年代から根付く関西ブルースの遺伝子も色濃く感じるのだ。冒頭M1“君がいただけなのさ”はアコギのフレーズからのっそりと幕を開ける。そこだけで漂ってくる、ゆるく濃厚な空気には、上田正樹と有山淳司の『ぼちぼちいこか』(1975年)の“大阪へ出て来てから”の幕開け部分を彷彿とした。そして何といっても彼らの音楽を象徴づけるのは三木康次郎(Vo)の声だろう。そのしゃがれたダミ声にはやはり木村充揮(憂歌団)を思い起こさせるが、有馬和樹(おとぎ話)のような屈託のない人懐っこさものぞかせる。一方でオーティス・レディングやO.V.ライトのようなソウル・フィーリングも持ち合わせシャウトで魅せることもできる歌の存在感こそが、ルーツ・ミュージックに正直なサウンドであれど、しっかり現代に更新された新鮮さがあるのだ。
表題曲M2“意図はない”は「音楽が好きであることに意図はない」と率直な愛を歌ったミディアム・ナンバー。言い替えれば「音楽があり続けるなら、あとはどんなことも<厭わない>」とのダブルミーニングを込めた熱い思いも感じられる。ドでかいバンド・ドリームを達成したいというような意図はない。とはいえ関西のブルースを先頭切って今に引き継ごうという意図もない。こんな飄々としたいい塩梅を醸す本作は、一方でルーツ・ミュージックに対して中毒的にのめり込んでしまったことに対して堂々を胸を張った言い訳のようにも聴こえてくる。意図せぬままにブルースの悪魔に魂売って、カントリーの魔力に依存症。
THE HillAndon
2010年京都で結成。 アメリカンルーツミュージックを敬愛し、ヒルカントリー、デルタブルースを基調としている。
2017年メンバーチェンジにより横地祐知(Dr)が加入し現在の形となる。現在までに踊ってばかりの国、おとぎ話、QUNCHO、リクオ、マダムギター長見順&岡地曙裕、ギターパンダ山川のりを、WCカラス、濱口裕自、フジタユウスケ、高木まひことシェキナベイベーズ等、名だたるミュージシャンとの共演を実現。
2018年より高木まひこ(高木まひことシェキナベイベーズ)と三木康次郎による共同企画“Night Rider’s Club”を開催し、2019年5月ゲストとしてウルフルケイスケとの共演を果たす。また同年6月、京都磔磔にておとぎ話との2マンライブを開催し、さらに活動を広げる。
現在に至るまでに、『Way Down South Drive』『Sweet Confusion』の2枚のフルアルバムを発売しており、おとぎ話との2マンライブより3rdアルバムとなる『意図はない』を発売開始する。
公式サイト:THE HillAndon official website
WRITER
- 峯 大貴
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1991年生まれ。大阪北摂出身、東京高円寺→世田谷線に引っ越しました。
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ANTENNAに在籍しつつミュージックマガジン、Mikikiなどにも寄稿。
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