自分の心の居場所はどこにある?
シンガー・ソングライター kiss the gamblerの音楽は、自身に立ち昇った感情をただ歌にするのではなく、その心持ちに至ったメカニズムを探す過程を歌っている。簡単に結論を出すわけでも、きれいな物語に帰結させるわけでもない。それでも過去の経験を振り返りながら、今言えることをなんとかつかみとろうとするさまに、度々心を鷲掴みにされてきた。その豊かな感受性で自分の心の奥底に入り込んでいくような詞作の手つきはWaxahatchee(ワクサハッチー)、Lucy Dacus(ルーシー・ダッカス)、Katy Kirby(ケイティ・カービィ)や、柴田聡子などとも共振している。
5月に発表された4thシングル“台風のあとで”に続き、岩出拓十郎(本日休演)のプロデュースで制作された本楽曲。ベルリン旅行で目にした古い建物から家庭内暴力を受ける子どもを想起したことや、ユダヤ人であるヴィクトール・フランクルが強制収容所からなんとか生き抜いた経験を記した著書『夜と霧』からインスピレーションを受けたというが、それらの体験を自分の学生時代の心情と重ね合わせながら、苦しみや悲しみの発露に考えを巡らせているのだ。答えは出ないが、せめて“恋人がいなくても生きて行けるように 心の居場所は決めておかなくちゃ”と歌の中で思い定めている。またサビではこの記憶や音を忘れてはいけない、ということも。
しかしこの曲の魅力はそんな寂寞とした感情を込めた詞をkiss the gamblerこと、かなふぁんによるあっけらかんとした歌唱と、岩出を始めとする仲間たちとの演奏によって、あくまでユーモラスに表現しているところにある。“Ob-La-Di, Ob-La-Da”を思わせる朗らかなスカのリズムに、反復するメロディライン、キラキラのギターアルペジオ、ほんのりサイケがかったシンセの音色など、迷いながらもワイワイと楽しみながら前に進んでいこうとする極めて率直なポップ・ソングなのだ。また「空が暗くなるから 夜の散歩に連れて行ってよ」の一節には、自分を奮い立たせるために忌野清志郎の優しさと強かさを借りるような意識も感じられる。
そうして、もうひとつだけ確かなことに気づく。心の居場所は、歌の中にあるじゃないかと。
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ベルリンの森
発売:2022年7月23日
フォーマット:デジタル
レーベル:ミロクレコーズ / City Bike Records
クレジット
作詞・作曲:かなふぁん
編曲:岩出拓十郎
編集:河村勇之介
Produced by 岩出拓十郎
Mixed by 河村勇之介、カタヤマミチヒロ
Mastered by カタヤマミチヒロ
あきさんぽ(Cho)
岩出拓十郎(E.Gt / Cho | 本日休演)
amaen(Cho)
かなふぁん(Vo / Key)
河村勇之介(Key / Cho | THE ROMANS)
櫻木勇人(Ba)
樋口拓美(Dr | 本日休演)
屋敷(A.Gt / Cho)
kiss the gambler
幼い日々の淡い記憶とセンシティヴな世界観を脳裏に秘めたオルタナフォーク系シンガーソングライター。声変わり前の少年のようなイノセントで中性的な歌声に、幅広い解釈が可能な斬新でキャッチーなリリックと、軽快でメランコリックなメロディ、オルタナティヴなポップセンスが加わる。矢野顕子や松任谷由実のような、人生に焼きつくような言葉との定評がある。2018年より、三鷹、下北沢、大久保を拠点にピアノ弾き語りやバンドセットでのライブ活動を行っている。2021年夏に1stアルバム『黙想』をCDとカセットで発表。
2022年4月に、本秀康主宰の雷音レコードから『Fresh』の7inchと『黙想』のLPをリリース。2022年7月に、JET SETと共同で『ジンジャー』の7inchをリリースした。2022年8月6には、『台風のあとで』の7inchが雷音レコードからリリースされる予定だ。
2022年5月からは岐阜のシンガーソングライター「岡林風穂」と弾き語りでJAPAN TOURを開催中。
Webサイト:https://kissthegambler.net/
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WRITER
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1991年生まれ。大阪北摂出身、東京高円寺→世田谷線に引っ越しました。
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ANTENNAに在籍しつつミュージックマガジン、Mikikiなどにも寄稿。
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