〈Penguinmarket Records〉作品ガイド
インストゥルメンタル・バンドを中心に確固たる信念を持って作品を届けてきたインディペンデント・レーベル《Penguinmarket Records》。2005年の設立以降リリースされたタイトルの中から、レーベルの足跡を辿る上での重要作を編集部が10作品厳選し、ディスクガイドを作成した。
現在《Penguinmarket Records》を取り仕切っている鈴木哲也のインタビューはこちら。
保護中: 「Music has no borders」を掲げ、京都から世界へ-Penguinmarket Records 鈴木哲也インタビュー
《Penguinmarket Records》からの最新作となるkottのインタビューはこちら。
『Munchen』 oaqk
発売日:2009年8月26日
レーベル:Penguinmarket Records
現在《Penguinmarket》を取り仕切る鈴木哲也もドラムとして在籍する、2002年活動開始のインストゥルメンタル・バンド。自主制作のEPや、MONOが主宰する《human highway records》のコンピレーション作品『The Mixing of Landscape』などの参加を経てたどり着いた、1stアルバムが本作である。
ギター2本による美しいハーモニーや、時には相対する不協和音やノイズが折り重なっていく。10分を超える楽曲も3つあり、ドラムとベースも伴って音景のグラデーションをじっくり描き出すアンサンブルはハードコア、エモはもちろんだが、プログレやサッドコアとして聴くこともできるだろう。しかし不思議と複雑な印象は皆無。セッションを基本に作り上げられたということで、4人が呼吸を合わせるまでの一部始終やそれぞれの心象の移ろいがストレートに落とし込まれた、ピュアなカオスが広がっている。特にM8“6 Years”での大胆なストリングスとのコラボレーション。じわじわと込み上げてきた感情が一気にスプラッシュするラスト2分の白眉なことよ!(峯 大貴)
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『サクラメント・カントス』 wooderd chiarie
発売日:2010年2月17日
レーベル:Penguinmarket Records
2001年結成、インストバンドが多い本レーベルでは珍しく上邨辰馬(Vo / Gt)による冷ややかで叙情的にゆらぐ歌とメロディを核とした、ギターロックバンドである。本作は1stアルバム『シンボリック・エレファント』(2008年)と対となる「女性性」や「供養」をテーマした2ndアルバム。
上邨、小和瀬健士(Gt)の二人のソングライターを擁し、上邨は古代エジプトで霊魂を表すM4“バー”、ギリシア神話に登場する吟遊詩人であるM3“オルフォイス”など独自の言葉選びが特徴的だ。また神秘的で壮大なハイトーンを駆使したメロディには『深海』前後のMr.Childrenからの影響も思わせる。一方でM7“asa→hiru”を筆頭とするストレートにポップな小和瀬の楽曲が好対照。複雑に入り組んだコンセプトや表現ではあるが決して飲み込みづらくはないというバランスの良さを感じる。
ホリエアツシ(ストレイテナー)が絶賛を寄せるなど、下北沢のインディーロックシーンを中心に評価を集めていた彼らだが2013年に活動休止を発表。現在久保寺豊(Ba)は〈下北沢ERA〉の店長を務めている。また2022年には小和瀬、久保田、岡部将宗(Dr)らによる、新たなインストバンドquad.が始動した。(峯 大貴)
『World Penguin's Carnival 2010』 Various Artists
発売日:2010年10月13日
レーベル:Penguinmarket Records
レーベル開設5周年を記念したコンピレーション・アルバム。当時の所属バンドsgt.、旅団、wooderd chiarie、Clean Of Core、oaqk、L.E.D.に加えて、この後リリースすることとなるMAS、middle 9、egoistic 4 leaves。そして東京で活動していたnenem、ロンドンのバンドScreaming Tea Party、パリを拠点にしていたツジコノリコの全12組が参加している。
注目すべきは一部を除いて、新曲・新録を提供している気合いの入りようであり、MAS“Tsurukame Skipper”やoaqk“LELIURIA”など、現在でも本作でのみ聴くことできる曲が多数収録されている。またアニバーサリーを祝した作品とあってカラッと明るい楽曲が多いのも特徴だ。ツジコの“あけて、あけて (akete, akete)”はMASのリーダーTyme.(ヤマダタツヤ)とのコラボ曲。極太のビートが効いたトラックにキュートな歌声が揺蕩うひと際ポップな仕上がりで、翌年には共同名義のアルバム『GYU』(2011年)に結実していく。
当時の本レーベル周辺の人脈が一望できるようなラインナップであり、《Penguinmarket》入門盤としておすすめしたい華やかな作品だ。(峯 大貴)
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『えんけい / En kei』 MAS
発売日:2010年11月10日
レーベル:Penguinmarket Records
作曲家、サウンドデザイナー、プロデューサーであるヤマダタツヤ(Gt / ヴィブラフォン / プログラミング)を中心に1999年結成。当初は打ち込みが中心だったが、作品を追うごとにエレクトロニカやダブ、ジャズが複雑に絡み合ったバンドサウンドを展開。本作は現状の最新作となっている3枚目のアルバムだ。
サックス奏者、評論家である大谷能生(Sax)とsgt.のメンバー成井幹子(VVn / ヴィブラフォン)などが加わった5人編成で制作。またレコーディングエンジニアには後に折坂悠太、さとうもか、大石晴子の作品なども手掛ける中村公輔が参加している。膨大な音のかけら一つ一つを細かくエディット、そして計算高くマッピングしていく緻密さの極北。なのに数分聴けば脳にジワーンと効いてくる肉体的でダイナミックな作品だ。中でも中盤、サックスとトランペットが厳かに唸りを上げる“Kanata – Inside”から性急なビートミュージックに移行していく“Katana – Outside”の流れよ。パッションが破裂する瞬間を捉えた、他では得難い音楽体験である。
ヤマダは湘南のパーティ『焚火dub』の主宰や、ソロ名義Tyme.として活動中。2019年にはソロ1stアルバム『NO ONE LIKE YOU AND ME』を発表している。(峯 大貴)
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『Lingua Franca』 旅団
発売日:2011年1月19日
レーベル:Penguinmarket Records
2003年結成、民族打楽器とドラム、ベース、ツインギター、エレクトリックバイオリン、ディジュリドゥ、シンセサイザーを擁する総勢9名のサイケデリックジャムバンド、旅団の初スタジオ収録作品。「共通の母語を持たない者同士の意思疎通に使用される言語」という意味を持つ『Lingua Franca』。旅団という名だけあり、本作では1つのジャンルに固執するのではなく、さまざま国を旅するがごとく、サイケデリック、ハードコア、ヘヴィメタル、アフロビート、ハウス、ラテンなどの音楽ジャンルを次々と横断し、我がものとしている。
またメンバーが13人から9人にはなったが、前作『Terra Incognita』(2008年)まで迎えていたゲストは不在。だがそれまでの作品にあった多彩で勢いのあるサウンドは変わらず、よりタイトでソリッドなダンスミュージックに仕上がっている。個人的には前作でも収録された楽曲ビートを全面に押し出すことで、7拍子でも踊れる音楽としてリアレンジされた “子午線の湾”が絶品だ。(マーガレット安井)
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『BIRTHDAY』 sgt.
発売日:2011年8月17日
レーベル:Penguinmarket Records
それはまるで耳だけで体感する長編映画。エモーショナルかつドラマチックな音像で楽曲のタイトルに込められた物語をつくりだしているのが明石興司(Ba)、成井幹子(vl)、大野均(Dr)、田岡浩典(Gt)の4人から成るインストゥルメンタルバンドsgt.だ。結成は1999年だが、2003年よりこのメンバーで活動。《Penguinmarket》自体、彼らの2005年作『perception of causality』のリリースをきっかけに設立されたまさにレーベルの顔的存在である。本作は2枚目のフルアルバム。
物語の幕開けを飾る‟古ぼけた絵本”では前作『capital of gravity』(2009年)と同様に成井のヴァイオリンを主軸に進んでいくのだが、2曲目の‟cosgoda”からは主人公が新しい登場人物に出会うかのように中村圭作(kowloon, stim, ホテルニュートーキョー, toe)のピアノが加わる。そこからの景色の変化は目まぐるしく、“アラベスク”では吉田隆一(blacksheep)のバリトンサックスの異国情緒感じるリズミカルなメロディと大谷能生(MAS)の縦横無尽に響き渡るアルトサックスのプレイが大きく物語を動かしていく。映画でいう名シーンをあげるのであれば、第二次世界大戦を意味する“Zweiter Weltkrieg”だろう。uhnellysのkimによるラップがストレートに心を揺さぶる。ボーカルが入った楽曲はこれが初というsgt.。新しい試みに貪欲に挑戦しながら、彼らが得意とする映像的表現を突き詰めた、最高傑作といえる1枚だ。(乾 和代)
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『aluva』 egoistic 4 leaves
発売日:2012年3月14日
レーベル:Penguinmarket Records
2002年に結成、名古屋を拠点に活動する6人組インストゥルメンタル・バンド、egoistic 4 leaves。佐藤タイジ、ドレスコーズ、中村佳穂、fox capture planなどを支えるメンバーも在籍する同バンドの魅力を一言でいうと「難解なはずなのに踊れる」という点だ。その特徴がいかんなく発揮された1stフルアルバムである。
この作品には11拍子の“arupmet ”や15拍子である“utaknot ”など、ほぼ全ての曲において変拍子のオンパレードであり、さらにポリリズムも組み合わさりエモーショナルなジャズミュージックを形成していく。だがこれだけ入り組みながらも、リスナーは気にすることなく踊れてしまうのが本作の素晴らしさ。その理由は伴奏するサウンドが複雑な動きを一切せず、ビートと同じ動きをする、またはアンビエントでクールなサウンドを鳴らすということに徹しているからだ。すなわちegoistic 4 leavesにおける主役はビートであり、その傍に旋律がある。
本作から8年後に2ndフルアルバム『debris』(2020年)を地元名古屋のレーベル《THANKS GIVING》からリリースするが、そこではより変拍子、ポリリズムに磨きをかけながら、Robert Glasper以降の現代ジャズシーンとの共鳴をはかった作品となっている。(マーガレット安井)
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『in the universe』 L.E.D.
発売日:2012年10月17日
レーベル:Penguinmarket Records
Ba / Syn / Proの佐藤元彦(omni sight、Jackson Vibeなど)、Drのオータコージ(曽我部恵一バンド、ザ・ベーソンズ、sticoなど)、Sax / Fluの加藤雄一郎(Natsumen、Calmなど)を中心に2000年結成。様々なフィールドで活躍するミュージシャンが集まった7人組「シネマティック・インストバンド」L.E.D.。
本作は渋谷〈O-nest〉で行われた自主企画の模様を収録したライブアルバム。それまでの代表曲が揃った入門編というべき全8曲で、ミックス・マスタリングを益子樹(ROVO、DUB SQUAD)が手掛けている。オープニングを飾る“aqua”からツインドラムによる分厚いグルーヴに、キーボード、サックス、ギター、パーカッション、スティールパンが折り重なり、フロアがジワジワと高揚していく様子がダイナミックに刻まれているのが見事だ。エレクトロニカやダブ、ジャズ・ファンクにアンビエントまで取り込んでいくダンス・ミュージックはROVOやDC/PRGとの同時代性も感じるが、スペイシーにトリップしていく感覚と何よりバンド名からはE.L.O.を受け継ぐ気概を感じる。
次作『in motion』は《Bayon production》の第1弾作品として2013年に発表。以降L.E.D.としての活動は断続的ではあるものの、メンバーそれぞれが八面六臂に活躍中。(峯 大貴)
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『In My Sanctuary』 OVUM
発売日:2017年12月6日
レーベル:Penguinmarket Records
2006年結成、インストゥルメンタル・ロックバンドによる3rdフルアルバム。当初はMONOやLITEに通じる轟音のエモやマスロックを基調としていたが、2014年のヨーロッパツアーを境に自身の音楽性を「メタル・オリエンテッド・インストゥルメンタル・ロック」と再定義。2016年に発表されたEP『Nostalgia』からメタル、プログレッシヴ・ロックに大きく傾倒していった。
本作にはEP表題曲のリアレンジも収録されており、その路線を極限まで推し進めた仕上がり。鋭いギターリフとツイン・ペダルを多用したビートが押し寄せてくる。とりわけ印象的なのは大胆な弦楽四重奏とのコラボレーションで、特に約12分に及ぶ“The Light Illuminates My Heart”の風光明媚なオーケストレーションは随一のハイライト。いずれの音をとっても強靭だが暴力的とは対極。美しさ、純潔さが際立つ誰も立ち入ることが出来ない、まさしく「Sanctuary(聖域)」に到達した作品だ。
本作の発表後、Norikazu Chiba(Gt)とYu Tokuda(Dr)は2020年に新バンドAMALAを結成。さらには2011年にOVUMを脱退したShunsuke Onoyama(Ba)が昨年加入し、精力的に活動を行っている。(峯 大貴)
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『kott』 kott
発売日:2023年06月21日
レーベル:Penguinmarket Records
粉川心(Dr)、岡田康孝(contrabass)、髙橋賢一(P)によるkyoto experimental piano trio、それがkottだ。それぞれ即興音楽に興じる音楽家として京都で活躍していた彼らだが、2021年に元jizueのドラマー粉川の呼びかけによりバンドを結成。そんな彼らの名を冠した1stアルバムだ。今回はサポートアクトはなく、ギターなどの楽器は岡田が担当。シンプルに3人だけで即興的な音楽をどこまでアルバムという枠組みに落とし込むことができるのかに挑戦した、実験的なアルバムだといえる。
歪んだギターをきっかけに渦巻くようなセッションがはじまる“渦/ reflection”、ドラムのリムショットによる残響が印象的な“白煙の地下室/ cave”、コントラバスの朗々としたメロディの上を縦横無尽にピアノとドラムが駆け回る“光/ reject”など、収録曲にはそれぞれ日本語と英語で曲名がつけられている。それは曲が出来上がったあとに名づけられたものだという。オイルアートのように、3人の個がぶつかり合うことでつくり出される音像は、時に融解しつつもはっきりとそこに楽曲という物語を浮かび上がらせるのだ。
それ以上に、耳を澄まして聞いてほしいのが、このアルバムに込められた空気。コントラバスの弦が揺れるような音、ドラムのハイハットの硬質で細やかな響き、指のタッチが見えるかのようなピアノの音色、このアルバムには音が生まれる瞬間の空気の震えまでもが収められている。(乾 和代)
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《Penguinmarket Records》の過去作品がSpotifyで一挙配信されたことを記念した、公式プレイリスト第一弾も公開開始!
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WRITER
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1991年生まれ。大阪北摂出身、東京高円寺→世田谷線に引っ越しました。
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ANTENNAに在籍しつつミュージックマガジン、Mikikiなどにも寄稿。
過去執筆履歴はnoteにまとめております。
min.kochi@gmail.com