INTERVIEW

甲府のカルチャーを耕す根城『文化沼』

JR甲府駅から舞鶴通りを南に10分ほど歩いたところに位置するカルチャーショップ&スペース『文化沼』。ライブも展示もトークも物販もスナックもやるこの可変的なスポットが生まれた背景や運営方針について、店長と発起人が語る。

ART 2026.03.26 Written By 峯 大貴

甲府を訪れたら足を運びたいと、長らく機会をうかがっていたのが『文化沼』だった。U-zhaanやあだち麗三郎がライブをしているという情報をSNSで見かけたことがきっかけだが、ライブのみならず様々なイベントや展示、販売をやっていて、まるで何の店かつかみきれない。その実態はWebや映像制作の事業を展開しているVISUAL AND ECHO JAPAN(VEJ)の甲府オフィスが運営しているカルチャーショップ&スペース。そう言われてもわからず、またネットで調べていく内に気づくのだ「すでにもう沼にハマっている……」。

 

でも、そもそも文化ってそんな規定されない曖昧さの中で育まれていくものなのだろう。店長の清水柊子さんと、言い出しっぺの宮沢喬さん(通称ミッチェ)との会話から、特定の印象や役割によらないバランスを保ちながら、山梨の文化を探求し続ける『文化沼』のあり方がうかがえた。

 

写真:umihayato

文化沼

住所:山梨県甲府市中央1-7-14パリスビル2F

営業日 : 木・金・土曜日

営業時間:11:00〜18:00

Webサイト:https://bunkanuma.jp/

Instagram:@bunkanuma

ローカルコミュニティを作りたい

──

あ、これって元Yogee New WavesのUeno Koseiさんとのコラボグッズですよね。

ミッチェ

そうそう。去年の6月に『HIGHLAND,BIG AMBIENCE』という展示をここでやった時に作ったグッズです。Uenoくんはずっと知り合いで。Yogee New Wavesが所属しているレーベル《Bayon production》のアーティストページには僕も載っているんですよ。

──

本当だ。VJとWebクリエイターの「mitchel」として掲載されている(参照

ミッチェ

レーベル代表の北澤学さんとは20年来の友人で、旅団のPV制作に携わったり、D.A.NのVJとして参加したり、所属アーティストの多くのウェブサイトを作らせてもらったり、色々関わっています。

──

そもそもWebや映像制作の会社である「VISUAL AND ECHO JAPAN(VEJ)」が運営している場所なのに、色んなアーティストとつながっている理由が気になっていましたが、そういうことか……。

ミッチェ

僕の周りの音楽方面では《Bayon production》との関係性が一つ。あとは2010年に七尾旅人さんと共同で「DIY STARS」という配信システムを立ち上げたことがきっかけで、U-zhaanさんやROVO、レイハラカミさんとも仲良くさせていただきました。

宮沢喬(VEJ プロデューサー / VJ)、清水柊子(VEJディレクター / 文化沼 店長)
──

そもそもミッチェさんは、ずっと甲府を拠点にお仕事やVJの活動をされていたんですか?

ミッチェ

いや、2016年に東京から移住して、山梨県北杜市に住んでいます。縁と言えばおばあちゃんが小淵沢という長野県との県境の場所に住んでいたくらい。子育てをきっかけに東京とは違うところで暮らしたいなと思っていて、甲府オフィスという形でこのビルの3階で支社を立ち上げました。

──

そこに2017年~2022年まで山梨県北杜市で開催されていた音楽フェスティバル『ハイライフ八ヶ岳』のポスターもありますね。

ミッチェ

自分が加わったのは2018年の2回目からですが、ブッキングに始まって全体のデザインやプロデュースにも関わるようになりました。コロナ禍に入ってから実施が厳しくなって、ここ数年はやれていないですが。

──

最後のハイライフが開催された翌年の、2023年6月に〈文化沼〉がオープンしますが、その影響もあるのでしょうか?

ミッチェ

直接的にはそれほど関係はないけども……自分が考えていたこととして、ハイライフは県内では大きいフェスでしたが、来場者としては多い年でも2,000人ほど。しかも県外から来るお客さんがほとんどだったんです。色んな人に山梨に来てもらうというのも狙いだったので、それ自体はとてもよかった。でも自分自身が新参者の移住者であり、山梨の魅力や人脈を活かすどころか、そもそもまだあんまり知らないことに違和感を感じていて。だからもっと小さくていいから、ちゃんとローカルなコミュニティを築いて、そこから生まれるものの先に大きなフェスやイベントが出来る状態になった方が誠実だなと思っていました。

 

あとこの2階はずっと空きだったんですけど、ビルのオーナーさんから借り手が見つかりそうって言われたから「いや、うちが借りたいです!」って急いで契約しました。どう使えばいいかわからなくて、一年ほど放置しちゃったんですが(笑)

──

ミッチェさんの山梨でのコミュニティを作りたいという考えと、オフィスの下の階が埋まりそうというタイミングが一致したんですね。

ミッチェ

それともう一つこの場所をやりたかった理由としては、VEJはあくまで制作会社です。コロナ禍で仕事がとても増えたんですけど、中でも多かったのはECサイトの立ち上げでした。ただ、作った後にうまく運用できないなどの声をよく聞くようになって。

 

自分たちとしてはお金をいただいているから完結はしているんですけど、仲間から頼られて作ったものの、その後の責任が持てないのはどうかなと思っていて。でも商品の売り方となると素人だから、リアルなお店をやってみて、運営の仕方を体感したかったんです。商品を仕入れて、棚を作り、在庫管理したり、マーケットやイベントに出店してみて、今もその大変さに直面しているところですけど……。

 

ここまでお伝えした自分の考えと、甲府出身の柊子の地元を盛り上げたいという想いが融合したのが、この場所のコンセプトの大枠です。

小さい街だがおすすめし合える仲間はいる

──

柊子さんは甲府オフィスが出来て間もなくVEJに入社されたと伺いましたが、〈文化沼〉に至るご自身の想いを教えてください。

柊子

学生時代によく甲府の中心街で遊んでいた頃から比べると、随分変貌してしまった印象が長らくありました。でもUターンした頃の2016年くらいから私と同世代や少し上の世代の方が、チラホラとお店を始めていくんです。発酵酒場の〈かえるのより道〉さん、ワインバーの〈OASIS〉さん、ゲストハウスをやっている〈NAP bed and lounge〉さん、コーヒーショップの〈AKITO COFFEE〉とか……。VEJも甲府にオフィスができて、〈五味醤油〉さんみたいな150年以上続いているお味噌屋さんも代替わりして、味噌をカルチャーとして広める新しい取り組みも行っている。

 

この街の底上げをしたいという気持ちを共有できる人が、数は少ないですが現れてきた。でも飲食店が多いので、この流れに私たちも別のアプローチで乗れないか考え始めたんです。

──

昨日、諸国調味料探訪のヨウコさんの取材で、五味醤油6代目の五味仁(ひとし)さんをご紹介いただきました。ここでも登場するんだ。

柊子

キーパーソンに出会ってますね、さすが(笑)。甲府の街のことについて話すことが一番多いのは、発酵兄妹(五味仁、五味洋子)。行政と一緒にまちづくりを行っていく「甲府まちなかエリアプラットフォーム」にも、ひとちゃんと私とミッチェさんは参加しています。

文化沼の斜め向かいには甲府市役所が位置する
──

みなさんが共有している気持ちは、「甲府をもっと盛り上げないと」という危機感なのでしょうか?

ミッチェ

確かに甲府市って県庁所在地の中でも鳥取市と並んで人口が少なくて、空き家率も高いという課題はあるんですけど、あんまり悲観はしてなくて。この人たちがいるなら今よりもっと楽しくできるんじゃないかという気持ちかも。

柊子

みんな仲良しで飲み仲間だし、「せっかく甲府来たなら色々知ってほしい。ここに来たなら近くの〈Yauch〉さんも行ってみてほしい」みたいに、お互いのお店を紹介し合いたいんです。

──

この場所を〈文化沼〉と名付けたのはどんな意図ですか?

柊子

やることが定まっていないので、色んな捉え方ができる意味で「文化」はまず入れたかった。それと2022年くらいから徐々に「沼る」という言葉をよく聞くようになったので、この場所が生まれた時代背景を屋号にするのはいいなと思ったんです。もちろんこの場所や扱っているものに沼ってほしいという意味も込めて。

──

大枠としては「カルチャーショップ&スペース」として期間ごとの展示と、アパレルを中心としたグッズ販売が核であり、スポット的にイベントや出店もしていくようなレギュレーションですね。

ミッチェ

そうですね。雑貨屋にしては商品数が少ないし、そんなに幅広く仕入れたいとも思っていない。自分の好きなアーティストの作品を扱ったり、一緒に作ったりしながら、何を伝えたいかを重視しています。本業は制作業なので、この場所だけでマネタイズすることはあんまり考えていなくて。

 

だって路面店でもないし、何をやっているかもわかりにくいし、「文化沼」というロゴも読みとれない。それでも足を踏み入れてくれた人に楽しんでもらいたいという思いもあります。当初はビルのオーナーから「わかりにくい」って随分怒られましたが(笑)

柊子

実際にドアの前まで来て「恐いから帰ろう」と引き換えされたこともある……。

──

でも入ってしまえば開放的で居心地がいいし、柊子さんがママになって開催されるナイトイベント「スナック沼」の日はお子さま連れの方も集まるそうですね。

柊子

そうなんです。カルチャーに興味のある若い人だけ来てくれる場所なのかなと思っていたけど、60~70代の方やお子さま連れ、今まであまりアートに触れたことがなかったという方なども来てくれます。

不変なのは山梨を伝えるきっかけであること

──

そんなお客さんからの反応を受けて、変わった部分はありますか?

ミッチェ

そもそも何をやるかを決めずに始めたので、今でも常に変わっているというか……。

柊子

什器も展示やイベントごとに全部レイアウトを動かしていますしね。めっちゃ面倒なんですけど、固定しちゃうとカルチャースペースって言い切れない。ライブもやりたい、トークもやりたい、展示もやりたい、物も売りたい。何かに絞ることはできないなと思った段階で、変わり続けるしかないんです。

訪問した2026年2月に開催されていた展示は人生で沼った音楽を紹介する企画『ドロ沼音楽』

──

なるほど。では逆に〈文化沼〉で扱うものに共通しているものはあるのでしょうか?

柊子

色んなアーティストやクリエイターの方とコラボしながら企画をしていく中で、表現の中に山梨をテーマに取り入れてほしいとお願いしています。

──

おぉ、なかなか難しいお題ですね。

柊子

だからおせっかいではあるんですけど、私たちと話しながらまずは一緒に色んなスポットを巡った上で、創作活動に入ってもらっています。

ミッチェ

そこからどういうものを作るかはもちろんお任せなんですけど、実際出来上がったものを見ると、しっかり山梨がインスピレーションにあることが受け取れるので、素晴らしいんですよね。冒頭にも話したUeno Koseiくんは展示のために、10日間くらい滞在して、自分より詳しくなったんじゃないかってくらい色んなお店に行って、たくさん人に会っていた。

──

それはアーティストにとってもお客さんにとっても〈文化沼〉でしか味わえない体験になりそうですね。

ミッチェ

茨城県の『結いのおと』ってフェスは、絹織物が有名な街で、音楽を楽しみながらちゃんと現地の文化を感じられるところが素晴らしいじゃないですか。だから自分たちもただ東京から呼んでライブをしてもらうだけじゃなくて、甲府をやる意味合いをアーティストにも感じてもらいたいんですよね。

柊子

実際、お客さんもイベントや展示に山梨の文脈があった方が、足を運ぶきっかけになりやすい。それでアーティストさんを知って、普段の活動を追いかけたり、色んな文化に触れるきっかけになっている気がします。

──

今までで一番反響が大きかったのはどんな企画でしたか?

柊子

2024年2月にやった、イラストレーター・デザイナー小幡彩貴さんの個展『鐘が鳴ると何かを思い出す』ですね。甲府の出身で私の高校の先輩なんです。地元での初個展ということで、たくさんいらっしゃいましたね。

ミッチェ

企画から開催まで半年くらいかけたプロジェクトでした。山梨では防災チャイムが流れるんですけど、各地域で時間も曲も違うんですよ。朝に鐘が鳴ったり、夕方に“夕焼小焼”が流れたり。それを調べながら、エリアごとにチャイムが流れる時間の景色を描いていただくという内容になりました。

柊子

山梨の人だったら、自分の地域のチャイムが鳴ったら、自然と当時の情景や時間間隔が思い出せるんですよね

ミッチェ

あまりに日常だから聞き流してきた音なんだけど、絶対に覚えてる(笑)。このポスターは“甲府市の歌”のチャイムが流れている夕方5時ごろに、高校生が帰宅している風景。

柊子

今後は〈文化沼〉でやった企画を、県外の別の場所に持っていけたらいいなとも思っています。それで山梨を知ってもらうきっかけになれば。

ミッチェ

山梨を入れ込みながら一つの企画や商品を作るってすごく時間がかかるから、せっかく出来上がったものは色んな場所に持っていって、長く扱っていきたい。

結局、なんの店かわからないまま……

──

今日の取材は「〈文化沼〉って結局何の店なんですか?」を解明する気持ちで臨んだんですけど、ここまでお二人の話を聴いて、むしろ何をやっているか特定の印象が付かないようにバランスを保ち続けているように思えました。

柊子

確かに。次は何をやるべきか考えるサイクルが止まらないようなシステムになってます。

ミッチェ

常に大変であることを維持しようとしている。実際『スナック沼』をやる日はすごくお客さんが来るし、収益的にもすごく助かる。でもこれを頻繁にやる場所にはしない。

柊子

スナ沼をやるのも大変なんですけどね。

──

この場所の取り組みが発展した先にどんなことをやりたいですか?

柊子

〈文化沼〉はプロジェクトだと思っていて、このお店はあくまで箱。『ハイライフ八ヶ岳』が起点の一つになっているということもあるので、〈文化沼〉発で甲府の街で飲食やカルチャーも混ざったイベントがやりたいですね。何年後にやれるんでしょ。その時はお誘いします(笑)

──

ぜひ我々がブッキングする〈ANTENNAステージ〉を作らせてほしいです!でもこの野望もまた変わるのか……?

柊子

その都度やっていることは変わっても、山梨に対して何ができるかという部分は変わらないので、まちなかイベントの実現はブレずに行きたいです。

「写真はみんなで撮ってほしい!」と3階のVEJオフィスから文化沼スタッフみなさんに降りてきていただいた 

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ライター・編集者の中村めぐみによる連載『月刊アジア音楽レポート』。今月は、韓国大衆音楽賞の結果、香港…