INTERVIEW

「Music has no borders」を掲げ、京都から世界へ-Penguinmarket Records 鈴木哲也インタビュー

MUSIC 2023.07.26 Written By 峯 大貴

先日インタビューを掲載した新バンドkottの存在を教えてくれたのは、所属するレーベル《Penguinmarket Records》を運営している鈴木哲也だった。それも彼が実行委員として長らく関わっている茨城県の街なか音楽祭『結いのおと』を今年取材したことから出た話だが、ANTENNAとしては2017年に鈴木が主催しているバンドマンたちによる座談会イベント『働きながら音楽活動をする』について取材・レポートしてからの関わりである。

 

こう書くだけで多岐に渡る鈴木の活動だが、レーベルそのものは彼発信のプロジェクトではない。2016年に前任者から引き継いだ二代目である。カタログを見るとsgt.、旅団、wooderd chiarie、Clean Of Core、L.E.D.、OVUM、そして鈴木自身がドラムを務めるoaqkとインストゥルメンタル・バンドの作品が並び、国内のみならず海外でも豊富なライブ実績を持つものも多い。手掛ける音楽に独自の色と信念を持ったインディペンデント・レーベルだ。

 

そんな中で今回リリースされたkottのアルバムは鈴木が取り仕切るようになって2作目。また2020年から拠点を京都に移して初作品とのこと。また今は特にレーベルにリソースを割いていきたいと意気込んでいる。レーベルとして新たな体制と環境を整え、ドライブをかけようとしている現在の《Penguinmarket》の姿について話を訊いた。

「終わらせるのはあまりに惜しい」と所属バンドのメンバーからオーナーへ

──

レーベルの発足の経緯については2010年のOTOTOYの特集記事に詳しいですが、鈴木さんご自身がこのレーベルに関わるようになったきっかけから教えていただけますでしょうか?

鈴木

《Penguinmarket Records》自体は2005年にインストゥルメンタル・バンドsgt.の作品を出すために立ち上げたレーベルとして始まったので、長らくベースの明石興司さんが代表でした。私はsgt.の音楽が大好きでしたし、自分がやっているoaqkとは東京で活動している同じインストバンドとして世代も界隈も近くて。だから最初はライブでoaqkとsgt.が共演したことから付き合いが始まっています。

 

それだけでなく、もう1つご縁がありまして、oaqkは私の前職HMVジャパン(現:ローソンエンタテインメント)の会社内で組んだ全員バイヤーのバンドでした。だから普段からいろんなレーベルやアーティストと関わっていましたが、《Penguinmarket》も初めての作品(sgt.のミニアルバム『perception of causality』)を出す時に明石さんが挨拶に来てくれて、店舗でも展開しました。だからバイヤーとレーベルという関係でもあったんです。

──

oaqkとしては2009年に1stアルバム『Munchen』を《Penguinmarket》からリリースされていますね。

鈴木

はい。どこのレーベルからリリースするのがいいだろうと考えた時に、《Penguinmarket》は9割くらいがインストの作品だったので、自分たちと同じような趣向の魅力的なバンドが集まっているようなイメージでした。そこに自分たちも仲間に入れてもらえたらシーン全体を盛り上げられるんじゃないかと思って、明石さんと当時A&Rとして携わっていた北澤学さん※にお願いしに行きました。

※現在はYogee New Waves、never young beach、D.A.N.、ZOMBIE-CHANGなどが所属するBayon production代表。

──

この2000年代後半から2010年ごろにかけて、sgt.を筆頭に旅団、wooderd chiarie、L.E.D、Clean Of Coreなどの作品を発表しています。この時期、インストシーンはどんな状況だったのでしょうか?

鈴木

まさに自分たちが一番精力的に活動していた時期にあたりますが、渋谷の〈O-nest〉や〈下北沢ERA〉、〈八王子RIPS〉あたりでインストやオルタナ、マスロックの勢いはすごかったですね。ライブハウスシーンだけではなく大衆的な評価も得るようなバンドも出てきていたと思います。

──

téやmudy on the 昨晩、ハイスイノナサが《残響レコード》から頭角を示したり、toe、LITEなど海外でも評価を得るインストバンドが現れた時期でした。

鈴木

確かに海外志向が強いバンドは多かったです。中でもMONOは世界中をガンガンツアーしていたし、海外のバンドを招聘して日本でよくライブイベントも開催していました。oaqkは彼らが主催する《human highway records》のコンピレーション作品(2005年リリース『The Mixing of Landscape』)に参加させていただいたり、イベントにも呼んでもらったりと、私にとっても世界との距離が近くなった経験です。MONOはインストバンドとしての目指す理想を示してくれていました。

鈴木哲也(Penguinmarket Records)
──

そんなoaqkの一メンバーだった鈴木さんが、レーベルを引き継ぐことになるのはどんな経緯ですか?

鈴木

まず明石さんとほぼ二人体制でやっていた北澤さんが独立し、2013年に《Bayon production》を立ち上げます。そして明石さんも2015年頃に「レーベルをひと段落させようと思っている」という話を私が聞きまして。レーベルを終わらせるのは惜しいので、せめて自分に引き継がせてほしいとお願いしました。

──

その決断までに至る「惜しい」という気持ちについて、もう少し聴かせていただけますか?

鈴木

やっぱりoaqkの初アルバムを出してもらった恩義と愛着はあります。あと一番記憶に残っているのが2010年のレーベル5周年で行った『World Penguin’s Carnival 7DAYS CIRCUIT!!!!!!!』というイベントで。普通の周年イベントではなく当時所属していた7バンドが1日ずつ主催となって、東京・大阪・名古屋の7か所で計7日間ライブを開催したんです。その時、こんなレーベルにおんぶにだっこではなく、それぞれ自立した活動を行っているバンドが集まっていることでレーベルがけん引されている状態ができている。なおかつそれがレーベルとして他にないカラーになっていてすごく感動したんですよね。だからあまりに惜しいし、まだ何かできるんじゃないかなと思いました。

Penguinmarketはファミリー。時代や環境に合わせたアーティストとの向き合い方

──

明石さんの時代から、意識的にやり方や姿勢を踏襲しているところはありますか?

鈴木

自分たちの音楽に信念を持っている人、かつ日本に限らず海外でも活動していきたいと思っている人と一緒にやりたいという姿勢は変わりません。インストが多いですが、特に国内では決して市場が大きいジャンルとは言えません。継続的に活動ができるかは本人たちの自発性や主体性にかかっていますし、海外も含めて活動の場を求めて行く姿勢が重要だと思います。

 

あとは送られてきたデモ音源だけで判断するのではなく、人と人とのつながりを大事にしている点も、明石さんと北澤さんの時代と一緒です。自身のバンドも含めて各地をツアーをする中で出会った、ライブが素晴らしいのはもちろん、人柄や考え方も共感できるアーティストをお手伝いさせてもらうところですね。

──

逆に鈴木さんが引き継いでから変わったところはありますか?

鈴木

sgt.もそうですが、いろんな事情で活動停止するバンドが増えたり、年々リリース数は減ることになりました。そこに加えてここ数年はコロナの影響もあり、一旦リリースが止まっていたので、ここからは新しいアーティストと現在所属しているアーティストで、カラーが混ざっていくと思います。

──

鈴木さんが取り仕切るようになってからのリリースはこれまで2作品。2017年のOVUM『In My Sanctuary』、そして今年2023年のkott『kott』と、《Penguinmarket》からは初めてリリースするアーティストですね。

鈴木

OVUMは2006年結成でoaqkとは付き合いも長い。海外での活動も精力的な志あるバンドで、彼らが新たにレーベルを探していたタイミングと、自分がレーベルとして動き出す体制が整った時期が合致したので手掛けることになりました。

 

kottもドラムの粉川(心)はjizueに在籍していた時代から知っていて、同じインストバンドとして《Penguinmarket》所属のバンドとの共演も多かったです。また自分が関わっている地元茨城県の音楽祭『結いのおと』の前身『結い市』にも出演していただきました。jizueを脱退し、ソロ活動を経て、新たなバンドとしてアルバムを出すということなので、今回一緒にやることになったという経緯です。

──

kott以降のリリース予定は決まっているのでしょうか?

鈴木

確定ではありませんが何組かリリースに向けて話をしているアーティストはいますね。あとは何らかの事情で活動が止まっていたり、以前からレーベルと関係性があるバンドともコミュニケーションは定期的にとっていますので、また近いうちに何かできるかもしれないとは思っています。

 

これは明石さんも常に言っていたんですけど《Penguinmarket》のレーベルとアーティストはファミリーのような関係性で居続けたい。だから一度入ってくれたら、活動がなくても連絡はとるし、再開したり新たにバンドを始めたら相談に乗るし、活動を継続するために難しい問題が発生したら、解決のために一緒に考える。そんな家族みたいな場所を目指しています。

──

生活環境の変化など様々な要因でバンドが休止しても、また音楽がやりたくなったら変わらず活動をサポートしてくれる場所があるというのは心強いですね。kottのインタビューで粉川さんが「鈴木さんはアーティストファーストを超えて、アートファーストで考えている人」と評していました。アーティストの制作をサポートする際にはどういうことを意識されていますか?

鈴木

自分が言い出した言葉ではないのですが、アーティストを手厚くフォローするだけではなく、表現したいものに対してとことん向き合う姿勢をアートファーストと呼べるのかなと思いました。そういう姿勢を保ったまま、どう売り出すかについては常に試行錯誤しています。HMVのバイヤーだったころの知見も踏まえて、今の市場から期待できる売り上げ予測を立て、アーティストにも正直に伝える。でも伝えたいのは「あなたのやりたいことはかなり難しいですよ」ということではなく「それでもこの表現をするんだ」と覚悟を決めてもらいたいということと、どうすればその中で最大の波及を生み出せるか一緒に考えさせてくれということですね。

 

だから今回kottにはリリースに当たってCD販売やデジタル配信、著作権などどういう流れと仕組みで収益が得られて、またプロモーションなどで費用をかけるのかを全部説明しました。その上で、自分たちのやり方を貫き通すために、どういう売り出し方をするのか。その結果、今回CDの販売は《Penguinmarket》の通販とライブ会場のみ。その代わりとにかく全国を回ってライブ会場で売る。しっかり覚悟を決めてくれた気がします。

新たなインディペンデント・レーベルのあり方を実践する

──

2020年に書かれたnoteを拝見しますと、鈴木さんは《Penguinmarket》以外にも『結い市』『結いのおと』を運営している「結いプロジェクト」メンバー、「茨城移住計画」の立ち上げ、「一般社団法人ローカルコワークアソシエーション」の理事、「リトウ部」部長などなど、本当にたくさんのプロジェクトに関わっています。これらは全て現在も継続中ですか?

鈴木

自分の興味関心で行なっている活動テーマとして「音楽」と「地方」と「コミュニティ」という3軸がありまして、それぞれの活動は全て続いています。でも一部のプロジェクトは自分の役割を整理したり、一緒に活動してきた仲間に任せたりしながら、今はこの《Penguinmarket》に割くリソースを増やそうと思っています。

──

レーベルの比重を増やそうと思ったのはなぜでしょうか?

鈴木

自分が関わったプロジェクトの多くは2016~7年頃に立ち上がったり、活動が広がったりしたものが多くて、それぞれいろんな成果がありました。でもコロナが流行り出した前後くらいにふと立ち止まって考えると、もう少し絞らないと自分のかけられる時間が少なくなり、それぞれがこれ以上発展していかないと思いました。改めて一番やりたいものと言われたらやっぱり音楽なんです。明石さんから引き継いだこのレーベルで行うアーティストの活動支援、そしてプレイヤーとしてoaqkの活動も続けていきたい。

──

ちなみにoaqkは現在どのような状態でしょうか?

鈴木

特に休止などは宣言していませんが、今はメンバーそれぞれ生活拠点が違うので、集まるのが難しく。特にコロナになってからはライブもできていないので、これからまた動かしたいと思っています。

──

現在鈴木さんのお住まいは京都だそうですね。『結いのおと』や「茨城移住計画」を始め、地元茨城県での活動も精力的なので少し意外に感じましたが、いつ頃引っ越されたのでしょうか?

鈴木

2020年9月からです。それ以前もイベントで京都にはよく来ていましたし、間借りして滞在できる環境にはしていました。それまでは居住地にしていた横浜、地元の茨城、石垣島の計4つ拠点で活動していて、メインの横浜以外は短期滞在という形です。でも今勤めている会社が基本的にテレワークになったことがきっかけで、関東の拠点は茨城だけにして、移住地を一度関東以外。かつ拠点がある京都で新たな環境でチャレンジしてみたくなりました。

──

京都に来たことで、鈴木さんの生活や活動にはどんな変化がありましたか?

鈴木

前提として京都の生活がすごく自分に合っていて、人も街も興味深く、良い日々が過ごせている状況にあります。それと共に住み始めてから、レーベルの活動も京都を軸にしていくことの意義を感じるようになりました。《Penguinmarket》の音楽を発信する上で、日本の中でも特徴のある京都という場所は世界から注目を得やすい。ここで活動していくことが重要な接点を持てるチャンスになるのではないかと思っています。

 

伝統のあるライブ会場はもちろん、歴史的な建造物でもイベントをしてみたいですし、あとはレーベルで人が集まれる場所も運営したい。世界中の音楽好きが京都に来た時にこれる、DJや楽器が演奏できる人は自由に音楽を鳴らせて、いろんなつながりが生まれるような。そしたらそれぞれ自分の国に戻ってからも声を掛け合えたら、お互いの活動に相乗効果をもたらせそうです。そんなカジュアルに世界と繋がれる場所を作りたいんですよね。

 

だから《bud music》さんや《Second Royal Records》さんのような、ずっとこの土地で活動されてきた「京都発」のレーベルであると《Penguinmarket》は言えませんが、京都拠点だからこそできることを自分でも考えながら活動していきたいと思っています。

──

それらさまざまな取り組みを通して、鈴木さんが《Penguinmarket》で果たしたいミッションはなんだと捉えていますか?

鈴木

レーベルのステートメントとして「Music has no borders」を掲げているんですけど、音楽を通じて人とのつながりを増やしたい、人々が幸せになる機会を作っていきたいというのが大元にはあります。具体的にはインストを中心とするアーティストたちの日本や世界に向けた活動の支援と、働きながらや環境に関わらず、何歳からでも諦めずに音楽活動ができるための支援ですね。またリスナーに向けては、ライブハウスやクラブには行きづらい方々や、そもそも音楽が鳴っている場所との接点がない方に届けることもやっていきたい。より生活に近い形で体験できる場所を提供することで、音楽に触れる機会を増やす活動もやっていきます。

──

地域活性化のソリューションとして音楽イベントを取り入れたり、環境や年齢に関わらず音楽活動を続けられる支援など、鈴木さんの取り組みは常に音楽の役割や価値観を広げようとしているように感じました。

鈴木

私がバンドを始めたり、HMVに入社したころの音楽業界は、20代の内にどこかしらのレコード会社と契約しないと作品を作ることも発信することも難しかったし、しばらく売れなくて契約が切れたら音楽を諦めるしかない。なのに別の職業を探すにもキャリアの遅れを取り戻すのが大変という空気がまだ少しありました。でも段々とそんな状況が変わってきている気はしていて、チャレンジできる期間は長くなっていると思います。やりたい人にはやれる土壌があるというのが、人間にとって一番幸せなことだと思うので、それをサポートできる人になりたいし、そんなレーベルでありたいです。

──

今や音楽の配信もプロモーションもアーティスト自身で出来てしまう中で、それまでのレーベルの存在意義が変質している。その中で鈴木さんの志や音楽以外での経験も反映できる《Penguinmarket》は新たなインディペンデント・レーベルのあり方を実践しているとも言えますね。

鈴木

昔は音楽業界固有の知識や知見がないと食い込みにくかったと思うのですが、今だと他業界で活用されている知見やノウハウ、例えばSNSやIT、マーケティングの手法を音楽活動にフィードバックすれば、今までにない形でうまくいくことも大いにあるかと思います。異業種の人も参画しやすいし、むしろアドバンテージが出せる時代になったと思うので、私も他のプロジェクトで得たいろんな経験を踏まえて、新しい音楽の広め方にはチャレンジしていきたいですね。

《Penguinmarket Records》の過去作品がSpotifyで一挙配信されたことを記念した、公式プレイリスト第一弾も公開開始!

《Penguinmarket Records》の主要な10枚からレーベルの足跡を辿る作品ガイドはこちら。

〈Penguinmarket Records〉作品ガイド

 

《Penguinmarket Records》からの最新作となるkottのインタビューはこちら。

自由な即興と枠組みの楽曲。三者三様の即興アーティストが矛盾を昇華させるバンドkottをはじめた理由とは

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